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第三章

3-22 滅びゆく世界

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「ここが目的地でーす!」
 ブレイカーによって連れてこられた世界は随分と鬱屈とした世界だった。僕たちが降り立った場所は森の中だったが、自生している植物には生気が感じられず枯れ木ばかりだ。その木々の枝は禍々しく、そして周囲に向かって鋭く突き出されておりまるで刃物のようだ。地面を見ても痩せた赤褐色や灰色の土ばかりで、そこに命の息吹はまるで感じられないような、まさしく死の森と呼ばれるような無機質で、しかし不気味な場所であった。
「オーちゃんは毒とか病気の対策って大丈夫ー?」
 聞き慣れない呼び名に反応が遅れる。彼女の視線からどうやら僕の事をオーちゃんと呼んでいるようだ。
「ああ、大丈夫ですよ。自分の耐性を上げるスキルや魔法は常にかけるようにしてありますし、治療も問題なく出来るはずです」
 もちろん毒と言っても様々な種類があるし治療法や対策も毒によってまるで違うはずだ。しかし幸いな事に天聖者のスキルは症状が毒だと判断されるものなら全てただ単一の『毒』として扱うようで、たとえどんな種類の毒だとしても治せてしまうのだ。
(都合のいい造られた世界か……)
 改めてこの転生世界の杜撰さと歪さを理解する。本当に転生者が気持ちよくなるための世界なのだ。
「……?」
 会話が途切れたことに疑問を感じて思考を中断しブレイカーの方を見てみると、彼女は頬を大きく膨らませて僕を睨んでいた。
(怒ってる?)
 今にも地団駄を踏みそうなその姿勢を取る彼女はどう見ても僕に対して不満があるようだった。毒の対策をしていただけで何をそんなに怒っているのだろうか? 
「け! い! ご!」
「……ああ!」
 どうやら僕の考えは的外れだったようで、僕が彼女に対してまた敬語を使ってしまった事に怒っていたようだ。
「すいま……いや、ゴメン。慣れてないんだよ。天聖軍にいた時にしっかり教育されたからね……」
 ペコペコと必死に謝るが彼女の怒りはなかなか治まらないようだ。どうして敬語がそこまで気にくわないのだろうか? 僕が失礼な言葉遣いなら理解できるがその逆なのだ。
「この世界はね! 毒や病気で溢れかえってるの! だからちゃんとボクと仲良くしてくれなかったら治してあげられないんだからね!」
「いや、毒の対策はできて……なんでもない」
 毒は効かないと再度伝えようとしたが、再び大きく膨れる彼女の頬を見て抵抗するのを諦める。
「わかったよ。それじゃ仲良くなる第一歩にこの世界のことと、ここに来た目的を教えてくれないか」
 僕の白旗に彼女はニッコリと笑うが、目の周りの黒を際立たせたメイクのせいで怪しさと禍々しさが混ざる。彼女
「ここはねー、私のせいでもうすぐ滅ぶ世界なの。ここの転生者は私のパパとママの二人でー、今からその二人にもういい加減に死んでってお願いしに行くのー」
「……?」
 僕の少し前を慣れた足取りで歩き始めた彼女が発したのは非常に不穏な言葉だった。それに言葉の内容もよくわからない。
「……滅ぶ? 滅ぼすじゃなくて?」
 転生世界を滅ぼすのはいつもの事だし珍しくもなんともないが、滅ぶというのはどういうことだ?
「滅んじゃうのー。この世界はね、毒とか病気とかそういうので溢れているの。ボクのパパとママはその毒や病気を治すためのお医者さんをやろうとしてるの。でももうすぐ人間はみんな死んじゃうんだー」
「?????」
 話が全くつながらない。一つ一つの言葉の意味はなんとか理解できるのだが、それらがきちんと繋がって物語にならないのだ。まあとにかくこの世界は病で滅びかけていることだけはわかる。
「この世界はねー、すごくすごく昔にボクが滅ぼしたの。それよりもっと昔にボクが全部救ったの」
 やはり僕には話の概要が全くつかめないが、彼女はそんなことお構いなしとでもいうようにスタスタと歩いていく。森の中だがけもの道といったものすら見えず、まるで何のあてもなく適当に進んでいるようにしか見えない。目の前を塞ぐ木々の枝は隙あらば僕の身体を切り裂こうと腕を広げて待っているし、ところどころに紫や緑の煙や霧が立ち込めては視界を極端に狭くする。しかし彼女はその全てを無視してズンズンと大きな歩幅で歩いていく。僕と同じように彼女にも毒耐性や物理耐性が備わっているのだろうか?
「……おっと」
 進行方向のちょうど僕たちの首から頭ぐらいの高さの所に、細く鋭い枝がまるで刀や槍の様にたくさん突き出されていた。さすがにいくらダメージがないとはいえこれを顔面で受けながら無理に押しとおることには抵抗感を覚え、その枝の下をくぐるように姿勢を低くする。しかし僕の前を歩くブレイカーはそういった様子を一切見せず、歩くスピードもそのままその凶器の山に顔から突っ込んでいった。
「お……おい!」
 彼女の顔に枝がどんどんと突き刺さり、それは頭を貫通して後頭部から出てくる。串刺しになった彼女に身体は自動的に反応し、なんとか彼女を死なせまいと自動的に回復スキルが発動した。
「え……? あれ……?」
 次の怒った光景に僕は自分の目を疑う。なぜなら彼女はまるで幽霊や透明人間の様にその枝を通過していったのだ。もちろん彼女は透明ではないので僕からは彼女が顔から枝に突っ込み、首から上を串刺しにされながらもそれを全く気にせずにそのまま無理やり通過したようにしか見えなかった。しかし彼女を貫いた枝を見てもそこには血の一滴もついておらず、どこかで折られたり斬られた形跡もない。
「ま……まってよ!」
 僕の衝撃の体験にも一切気付かず、そのまま歩いていこうとする彼女を呼び止める。こちらを振り向いた彼女の顔はもちろん穴だらけにもなっておらず、メイクも一切乱れていなかった。ブレイカーはなぜ呼び止められたのか理解していないようで、不思議な顔をして僕の方まで戻ってくる。
「どしたのー? なにかあった?」
 至近距離で彼女の顔を見つめるが、やはり傷一つなかった。さっきのは一体なんだったんだ?
「ブレイカー……、君は……その……、スライムか何かなのかい?」
 さっきの光景の謎が全く解けなかったので、僕は思わず馬鹿な事を言いだしてしまう。
「えー! なにそれー? 仲良くなるのはいいけどさすがにそれは失礼じゃなーい? それともジョークか何かなのー?」
 幸い彼女の気を悪くすることはなかったようだ。しかし正直に言って彼女がスライムや幽霊の類でもなければさっきの現象の説明がつかない気がする。
「いや……、さっき君がこの枝に顔から突っ込んだ時に、まるでそれをすり抜けていくように見えたから……」
 自分の目にした光景を素直にそのまま伝える。彼女は最初きょとんとした顔で僕を見ていたが、僕の疑問が理解できたのか、合点がいったという顔と仕草をしたあと、さっきすり抜けた枝の山の隣にたつと、そこに彼女自身の右手を思い切り叩きつけた。
 彼女の防御力が高いのなら枝はそのまま折れただろう。しかしさっきと同じように彼女の腕はその凶器の束を綺麗にすり抜け、枝には血もついておらず彼女にも傷一つない。
「ボクはねー、無敵で不死身なの!」
 ブレイカーはまたニッコリと笑った。

 
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