上 下
40 / 107
第二章

2-9 対峙

しおりを挟む
「しかしこれは絶景だな」
 眼下に整列する天聖者の大軍を見て思わず声が出る。無味乾燥とした広大なこの荒野が、まるでその部分だけ雪で覆われたかのように真っ白に輝いている。
「相手は魔族としか聞いていないが、これほどの天聖軍が必要だなんてよっぽどの相手なんだろうな」
 ただの五十万の軍勢なら歴史上集められたことなど何度でもあるだろう。しかしあれは一人一人が人知をはるかに超えた天聖者で構成されているのだ。その戦力となれば一体どれぐらいのものだろうか。きっと星の一つや二つ消し去ってしまえてもおかしくないぐらいではないか?
「随分と密集した布陣ですね。こういった広く開けた土地に陣を敷く場合は、軍も広がるように配置されるのが普通ですが」
 ハカセの言はもっともだ。人間は真正面の敵にしか対応できない為、極力囲まれたりする事がないように布陣する。
「しかしこれは天聖軍と魔族の戦いだ、人間の常識とは遥かにかけ離れた相手に、『普通』などはないのかもしれない」
 テレパシーの先でハカセもそれに同意する。これほどの規模の戦い、何が起こったとしても不思議ではないのだ。
「まあ相手がどこの誰だろうと、女神様のためになるなら俺は喜んで戦うけどよ!」
 ゴエモンが大きく意気込んだその時、

「褒めてつかわす」

 突然後ろから我々の忠誠を尽くすべき相手の声がした。

「女神様!」
 突然の絶対者の出現に全員が慌てて傅くかしずく。金の後光に白一色のお召し物がなんとも美しく神々しい。女神様を知らぬ無知な者でもこの御姿を見るだけで平伏さずにはいられないだろう。
「久しいな、オールよ」
 まさか私の名を呼んでいただけるとは! 感激に心が震える。
「学院での生活はどうか」
「はっ! 頼もしい仲間と共に日夜研鑽に努めております」
 女神様のお顔が少しだけ曇ったように見えた。まさか何か至らないところでもあったのだろうか?
「ならばよい。オールの学友ら、名を教えよ」
 ハカセ達は自分の名前を名乗るだけでガチガチに緊張していたが、なんとか臣下の挨拶を終える事ができた。
 女神様の前では失礼かと考えテレパシーを切ることを伝え、繋がりを断つ。そうでなくとも女神様の御前にいるということで慌てた三人の、支離滅裂な意識がずっと伝わってきて大変だったのだ。
「此度の参軍ご苦労である」
「女神様のために!」
 テレパシーを切ったところだというのに四人の声は見事に重なった。
「魔族は日毎その力を増しておる。我らはその力を挫かねばならぬ、人の為にな」
「存じ上げております」
 女神様の御加護を頂くことのできる人間のなんと幸せなことか! 恥ずかしながら私もいざこの鎧を着てこの戦いに参加するまで全く無知で愚かであった。言ってしまえば毎日人間が息をして生きていられるのも全て女神様のおかげであるのだ。
「よい、そろそろ来るぞ」
 まるで女神様の声が合図であったかのように、天聖軍が布陣した正面の方向、距離としては遥か彼方の地平線だが、シミのような黒い点がいくつも現れ始めた。それは次々に数と大きさを増したかと思うと、中から魔物どもが列をなして這い出てきたではないか。どうやらアレは魔族側の導きの門のような役割をしているようだ。
 私は慌てて三人とテレパシーを繋ぎ直す。

 魔物は途切れる事なく延々と、全てのシミから沸き続けている。それはまるで紙に垂らしたインクのように、地面と空をゆっくりと埋め尽くしていく。
「おいおい、どれだけ出てくんだよ」
「さすがにアレは数えてられないですね。こちらの十倍以上はいるんじゃないですか?」
 なるほど、流石にこれだけ数の差があってはどんな布陣を取ったとしても囲まれるに違いない。それなら全部を一つに固めて表面積を小さくするのが理にかなっているというわけだ。
「あ、アレを見て!」
 トドメとでも言わんばかりに、桁違いに巨大な人形の化け物が出てくる。それを最後に黒のゲートは閉じていった。ここからでもわかるその巨大さは、一体どれくらいのものなのか目測することもできない。
 お互いに睨み合っている……と表現するにはあまりにも数が違いすぎるが、しばらくの間はどちらも相手の出方を伺っているようだった。
 しかしその静寂も長くは続かず、魔物達はゆっくりと前進を始める。そしてそれに呼応するように天聖軍が
 彼らの数が増えたわけではない、飛行できる者達が上空に飛び上がって拡散したのだ。そして空から驚くべき威力の魔法を次々と炸裂させている。中には強烈な光を放つビームのようなものを撃ち込んでいる者たちもおり、それを受けた魔物は溶けるように消え、黒く染まった地面にその軌跡を描いていた。
「ここまで凄まじいとは……」
 それも当然か。天聖軍は一人一人が世界を救ったチート主人公ばかりなのだ。魔物の数がこちらの何十倍いたとしても、彼らにはなんの問題にもならないのだ。『戦いは数』の真逆を行くのが天聖というものなのだ。
 万を超える矢の嵐が物理法則を無視して遥か彼方の敵をまとめて貫く。空からは氷の雨や雷が絶える事なく降り注ぎ、召喚された獣やロボットが突撃している。
 魔物達は絶え間なくこちらに向かって進軍を続けているが、前にいるものから順にどんどん消えていくので少しもこちらに近づけていなかった。
 このまま同じ攻撃を続けているだけで魔物達は綺麗さっぱり消え去るだろう。気がかりなのは出現位置から一歩も動いていないうの巨大な人型の魔物だが、この暴力の嵐に耐えられるほどでは無いに違いない。ひょっとしたら怯えて足がすくんでいるのかもしれない。
「こりゃ俺らは勿論、学院生徒達の出番なんて一つもありゃしねえな」
 ゴエモンが笑いながら呟いた時、急に天聖軍の攻撃がピタッと止んだ。
「ど、どうしたってんだ!?」
 魔物達は相変わらずのスピードでどんどん近づいてきているのに、彼らはその攻撃の手を止めて、それをじっと睨みつけているだけだ。
「ハカセ! どうなってる?」
 ハカセ以外にあの距離の敵を調べることはできないので、詳細を確認してくれるように頼むがなかなか返事が返ってこない。
「ハカセ!」
 思わず怒鳴ってしまった私に返ってきたのは、苦々しいハカセの声だった
「……人です……」
「何だって!?」

「今敵方の最前線にいるのは人間です」










しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】殿下! それは恋ではありません、悪役令嬢の呪いです。

Rohdea
恋愛
───婚約破棄されて追放される運命の悪役令嬢に転生ですって!? そんなのどんな手を使っても回避させて貰うわよ! 侯爵令嬢のディアナは、10歳になったばかりのある日、 自分が前世で大好きだった小説の世界の悪役令嬢に転生した事を思い出す。 (殿下が私に冷たいのはそういう事だったのね) だけど、このままではヒロインに大好きな婚約者である王子を奪われて、婚約破棄される運命…… いいえ! そんな未来は御免よ! 絶対に回避! (こうなったら殿下には私を好きになって貰うわ!) しかし、なかなか思う通りにいかないディアナが思いついて取った行動は、 自分磨きをする事でも何でもなく、 自分に冷たい婚約者の王子が自分に夢中になるように“呪う”事だった……! そして時は経ち、小説の物語のスタートはもう直前に。 呪われた王子と呪った張本人である悪役令嬢の二人の関係はちょっと困った事になっていた……?

地味すぎる私は妹に婚約者を取られましたが、穏やかに過ごせるのでむしろ好都合でした

茜カナコ
恋愛
地味な令嬢が婚約破棄されたけれど、自分に合う男性と恋に落ちて幸せになる話。

【読み切り版】婚約破棄された先で助けたお爺さんが、実はエルフの国の王子様で死ぬほど溺愛される

卯月 三日
恋愛
公爵家に生まれたアンフェリカは、政略結婚で王太子との婚約者となる。しかし、アンフェリカの持っているスキルは、「種(たね)の保護」という訳の分からないものだった。 それに不満を持っていた王太子は、彼女に婚約破棄を告げる。 王太子に捨てられた主人公は、辺境に飛ばされ、傷心のまま一人街をさまよっていた。そこで出会ったのは、一人の老人。 老人を励ました主人公だったが、実はその老人は人間の世界にやってきたエルフの国の王子だった。彼は、彼女の心の美しさに感動し恋に落ちる。 そして、エルフの国に二人で向かったのだが、彼女の持つスキルの真の力に気付き、エルフの国が救われることになる物語。 読み切り作品です。 いくつかあげている中から、反応のよかったものを連載します! どうか、感想、評価をよろしくお願いします!

君は優しいからと言われ浮気を正当化しておきながら今更復縁なんて認めません

ユウ
恋愛
十年以上婚約している男爵家の子息、カーサは婚約者であるグレーテルを蔑ろにしていた。 事あるごとに幼馴染との約束を優先してはこういうのだ。 「君は優しいから許してくれるだろ?」 都合のいい言葉だった。 百姓貴族であり、包丁侍女と呼ばれるグレーテル。 侍女の中では下っ端でかまど番を任されていた。 地位は高くないが侯爵家の厨房を任され真面目だけが取り柄だった。 しかし婚約者は容姿も地位もぱっとしないことで不満に思い。 対する彼の幼馴染は伯爵令嬢で美しく無邪気だったことから正反対だった。 甘え上手で絵にかいたようなお姫様。 そんな彼女を優先するあまり蔑ろにされ、社交界でも冷遇される中。 「グレーテル、君は優しいからこの恋を許してくれるだろ?」 浮気を正当した。 既に愛想をつかしていたグレーテルは 「解りました」 婚約者の願い通り消えることにした。 グレーテルには前世の記憶があった。 そのおかげで耐えることができたので包丁一本で侯爵家を去り、行きついた先は。 訳ありの辺境伯爵家だった。 使用人は一日で解雇されるほどの恐ろしい邸だった。 しかしその邸に仕える従者と出会う。 前世の夫だった。 運命の再会に喜ぶも傷物令嬢故に身を引こうとするのだが… その同時期。 元婚約者はグレーテルを追い出したことで侯爵家から責められ追い詰められてしまう。 侯爵家に縁を切られ家族からも責められる中、グレーテルが辺境伯爵家にいることを知り、連れ戻そうとする。 「君は優しいから許してくれるだろ?」 あの時と同じような言葉で連れ戻そうとするも。 「ふざけるな!」 前世の夫がブチ切れた。 元婚約者と元夫の仁義なき戦いが始まるのだった。

コブ付き女サヨナラと婚約破棄された占い聖女ですが、唐突に現れた一途王子に溺愛されて結果オーライです!

松ノ木るな
恋愛
 ある城下町で、聖女リィナは占い師を生業としながら、捨て子だった娘ルゥと穏やかに暮らしていた。  ある時、傲慢な国の第ニ王子に、聖女の物珍しさから妻になれと召し上げられ、その半年後、子持ちを理由に婚約破棄、王宮から追放される。  追放? いや、解放だ。やったー! といった頃。  自室で見知らぬ男がルゥと積み木遊びをしている……。  変質者!? 泥棒!? でもよく見ると、その男、とっても上質な衣裳に身を包む、とってもステキな青年だったのです。そんな男性が口をひらけば「結婚しよう!」?? ……私はあなたが分かりません!

離婚のきっかけ

黒神真司
恋愛
わたしはこれで別れました…

「異世界で始める乙女の魔法革命」

 (笑)
恋愛
高校生の桜子(さくらこ)は、ある日、不思議な古書に触れたことで、魔法が存在する異世界エルフィア王国に召喚される。そこで彼女は美しい王子レオンと出会い、元の世界に戻る方法を探すために彼と行動を共にすることになる。 魔法学院に入学した桜子は、個性豊かな仲間たちと友情を育みながら、魔法の世界での生活に奮闘する。やがて彼女は、自分の中に秘められた特別な力の存在に気づき始める。しかし、その力を狙う闇の勢力が動き出し、桜子は自分の運命と向き合わざるを得なくなる。 仲間たちとの絆やレオンとの関係を深めながら、桜子は困難に立ち向かっていく。異世界での冒険と成長を通じて、彼女が選ぶ未来とは――。

ものは言いよう

鵜海喨
エッセイ・ノンフィクション
SS

処理中です...