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第一章

1-2 転生案内所

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 どれほどの時間がたっただろうか。数分ほどでしかないような気もするし、数時間であるような気もする。何しろここには時間がわかるような物は一つとして存在しないし、何故だか僕自身の体もこの状況に疲労を感じたり飽きたりすることが全くないのだ。
(やはり僕は夢の中にいるのだろうな)
 自分の中でひとまずの結論を出したのと同時に、あの大きな赤い扉がゆっくりと開き出した。そしてそこから五人の男女が出てきて裁判長席の両脇に並ぶように立っていく。その中には先程の男もいて、こちらを見てはまたニコニコと笑っていた。
 しかしなんとも異様なメンバーであるように見える。
 長いウェーブのかかった金髪の、まるで西洋人形のような外見をした幼い少女。
 随分とくたびれたスーツを着た冴えない……というと失礼だがとても『普通』なサラリーマン風の男。
 乱暴にまとめられた赤い髪はまるで炎で、額からツノを生やしたどう見ても鬼にしか見えない大女。
 青と白の派手なメッシュに頭を染めた、黒一色のゴシックファッションを身に包む高校生ぐらいに見える女の子。
 最後は僕に転生を勧めてきた先ほどのスーツの男、出会ってから今まで随分と細い目でずっと笑っている。
 彼女らには何の共通点も見当たらない。一体どういった集まりなのだろうか。
 全員が並び終わったあと、最後にまた一人新しい男が現れる。彼がこちら側に出てきた後、大きな扉はまたひとりでに閉まっていった。
 最後に出てきた男は白いローブに全身を包んでおり、随分と神聖な雰囲気を醸し出している。彼は中央の空席となっていた黒い椅子に座ると頭のフードを取り、優しい顔でこちらを見つめてきた。
 しかし僕は彼の柔和な表情より、その異様な外見に言葉を失ってしまった。顔つきはどうやら三十代から四十代に見える……、がしかしその顔はひどく痩せこけて頬や目は窪み、深い皺が所狭しと刻まれている。ローブから伸ばされた手は枯れ枝のように細く、見ているこっちが不安になるほどだ。
「ダウター、彼がそうなんだね?」
「はい、転生もチートも不要や言うとります。実際扉開けさしてもどこにも繋がっとりませんでした」
 中央の男が尋ねると、ダウターと呼ばれた男がニコニコと笑いながら答えた。ここで初めて彼の名前を知る。
「それは素晴らしいことだ。ようやく念願である私達の計画を始めることができる」
 フードの男はその外見から想像されるものよりは随分としっかりとした声で嬉しそうに声を出した。
「ほんと長かったよねー、もうずっと現れないんじゃないかと思ってたー」
 今度はフリルが山ほどついた随分と短いスカートを揺らしながら真っ黒ずくめの女が明るい声を出す。
「そうだね、ブレイカー。本当に長かった。とはいえここでようやくスタートラインだ。やらなければならない事は本当に多い。既に贖うことが出来ないほどに私達の罪は積み上がっているが、更に今までとは比にならない程の新たな罪を背負う事になるだろう」
「そうだねー。もっともっと殺すんだもんね。みんなみんな殺しちゃうんだもんね」
「せやけどしゃーないわなあ。殺して殺して殺し尽くして、ようやく人は幸せになれるんや」
 彼等はそれぞれひどく物騒なことを言い合いながらウンウンと頷いている。どうもよからぬ事に巻き込まれているようだ。
「リーダー、お客人がお困りのようよ」
 小さな女の子がその外見には似つかわしくない口調で注意を入れる。他のメンバーとは違い表情はあまり豊富な方ではないらしく、感情を読み取ることはできない。
「おお、そうだ、そうだ。申し訳ない転生者の君よ。私達の宿願の第一歩についつい興奮してしまった」
 フードの男がこちらに向き直り頭を下げた。どうやら彼がリーダーであるらしい。座る位置や口調からもそのことがが伺える。
「私の名前はリーダー。ここのまとめ役をやっている。とはいっても名目上のことだけであって、我々に特に上下関係のようなものはない。君も私を好きに呼んでくれ」
 リーダーは役職ではなくそのまま名前だったようだ。珍しいなと思いつつ僕も礼儀に則って自己紹介をしようと口を開ける。
「初めまして。僕の名前は……」
 そのまま言葉につまった。どうしてだろうか、自分の名前が全く頭に浮かばなかったのだ。まさか自分の名前を忘れた? そんなことがあるだろうか? 記憶喪失? 違う気がする。元々僕には名前などなかったかのような、どんな名前でも正解で不正解のような、とにかくわけのわからない感覚に襲われる。
「ここに来た者は皆そうなる」
 リーダーと名乗る男がまるで心を読んだかのように答えた。
「この空間にはたくさんの効果があってね、その全てはたった一つの目的、『スムーズに転生を行う』ということに集約されている」
「ここでは君の性格や環境、例えば『どこの高校に行っていてどんな性格だった』といった概略は思い出せても、実際のクラスメイトの顔や性格の根拠となる経験や出来事は思い出せないようになっている」
「君の母親は君に優しかったかい?」
 男が僕に尋ねる。勿論僕の母親は僕に優しかった。それは間違いない。
「では母親の顔は? 一緒に買い物やどこかに出かけた記憶はあるかい?」
「…………」
 駄目だ。まるで何も思い出せない。母親が優しかったということは確信しているのに、その根拠となる出来事が全く思い出せない。これはいったいどう言う事なんだ?
「いずれ思い出すこともあるかもしれない。でもここでは無理だ」
 彼はひどく悲しそうに、そして申し訳なさそうに話を続ける。
「僕たちはずっとずっと長い間、死者に不思議な力を持たせて転生させる仕事をしていたんだ。転生者は様々な世界で苦しんでいる人たちをその力で助け、人々を幸せにしていたと思ってたんだ。でもある時それが間違いだって気づいてね、今は人を助けるために転生者の数を減らしている」
「あの……」
 男の話を遮るために声を出す。随分と聞き捨てならない事を言っていた。
「僕って死んだんですか?」
「ああ、すいませんリーダー。まだなんも説明しとらんのです」
 口を挟んだのはダウターだった。彼の間接的なYESの返答にも特にショックや悲しみも感じない自分に少々驚くが、死んでいるのならそうなのだろうとそのまますんなりと納得する。
「ほぼ全ての人間は死んだらここにような転生案内所に送られるんだ」
「送られて来た人間は好きなチート能力や技能を聞かれる。転生所ではその人間が死ぬ前に持っていた欲望や欲求が増幅されるようになっていてね、普通はすぐに何かの力を求めて、そのままこの私の後ろにある大きな赤い扉の前に案内されるんだ。そしてこの扉を開けると自分の望んだ世界に行くことができる。とても簡単だろう」
 何故か彼が思いっきり顔をしかめた。
「まあとにかくそんな感じで僕たちはずっと転生者を生み出し続けていたんだ。それがたくさんの不幸な人や恵まれない人、魔物や魔王に苦しめられている人なんかを助ける事に繋がっていると信じてね。でもさっき言った通りそれは全て間違いだったんだ。転生者はすべからく皆死ななければならない」

「だから君にもその手伝いをして欲しいのさ」

 男たちの目が怪しく光った
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