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効果はないようだ
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新米の坊やが店から出て行くと、入れ替わるように二人の客がのれんをくぐって店の中に入ってきた。
「長老にゲコ君。いらっしゃい」
「やあ、マスター。今ちょうど出て行った彼、見ない顔だね?」
そういって入口の方を指差す彼はゲコさんといってカエルの見た目をした魔王だ。『動物や爬虫類型の魔王をやらせたらボクに叶うものはいない』とよく自分で言っている。
そんな彼はお酒が全く飲めないのに、他の魔王の話や自分の愚痴を聞かせるためにわざわざこの店に足繫く通っている変わり者で、彼のカエルの見た目とお酒が飲めない『下戸』からゲコさんと呼ばれている。
「なんじゃあ、もうちょっと長居しとりゃ儂の昔話をいくらでもしてやったものを」
残念そうに語るもう一人の彼が長老だ。白いあごひげを蓄え、随分と年老いた魔王。彼はこの世に転生というシステムができてすぐに魔王になり、今でも現役で魔王として勇者と戦っている大ベテランだ。口癖は『儂の若い頃は……』で、若い奴らが聞いたら顔をしかめそうな言葉なのだが、はるか昔の勇者の話を聞けるチャンスがあまりないのだろう、長老の話は天使にも魔族にも受けがすこぶるいい。
「それじゃ長老には熱燗、ゲコ君にはコーラでいいかな」
二人は慣れた感じで奥の方のカウンター席に二人で並んで座る。長老がいつも初めに食べるスルメを焼く準備をしていると、ゲコ君も同じものを注文してきた。
「お前は相変わらず何にでもコーラなんじゃのう」
「いやあコーラって結構色んな食べ物に合うよ。長老も一回試してみる?」
そういって自分のコーラ瓶を長老に近づけるが、長老にあっさり断られてシブシブ瓶を自分の前に戻す。彼のコーラ愛は結構すさまじく、普段はニコニコと笑っている彼に酒を強要したりコーラを馬鹿にすると大変な事になる。長老も一度それをやらかしているので、彼と飲み物の話をするときは少し及び腰だ。
「それで大将はさっきの若者とどんな話をしたんじゃ?」
彼らの前に注文の品を置く。長老には七味唐辛子、ゲコ君にはマヨネーズをつける事も忘れない。
「あの彼なんと一回目の魔王をやってきたとこだったらしいんですよ。それで理想と現実が随分違ったようでご立腹でした」
「あらら、若いねえ」
「若いのぉ」
二人はアチアチとスルメと格闘しながら、あの若い魔王に対して私と同じ感想を抱いたようだ。
「儂の若い頃なんかはのぉ、転生ができて間もない頃でマニュアルも何にもなかったもんじゃ。前例も経験もなかったからモンスターやセーブポイントの配置も手探りでやるしかなかった」
「昔って詰みセーブってのが結構あったんでしょ。魔王前でセーブするともう前の町に戻れなくて、レベル低くて魔王倒せないとそのセーブポイントに戻されるだけだから、一生魔王に倒され続ける、みたいな。あれって結局どうやってクリアさせたの?」
ゲコ君があっという間にスルメを平らげながら聞いている。
「レベルが低いもんには『様子を見る』とか『魔王は高らかに笑っている』とかを多めにしてな、なんとか儂を倒してもらえるよう頑張ってもらうんじゃがあんまり弱い勇者じゃと攻撃でダメージが全く通らなくてのお、そうなったらもう最後はリセットするしかないんじゃ」
「リセットって全部リセットするの?」
「そうじゃ。勇者のレベルもアイテムも一番最初の状態に戻す。正真正銘のやり直しじゃ」
「うええ~、今だったらクレームものだぁ」
「昔はのお、おおらかな時代じゃった。起きたことは仕方がないとみんな素直に最初からもう一回冒険をやり直していたもんじゃ。勇者にも魔王にも心に余裕があった」
「今は何でもない事でクレーム入れられるらしいですね」
長老の前に二本目の熱燗を置きながら話を促す。
「最近の若いもんはやれ武器の値段が高いだのモンスターが強すぎるだのくだらない事で文句を言うてきよる。この前の勇者は特にひどかったもんじゃから町の外でこの儂自ら出待ちしてやってな、町から出てすぐ儂に殺されるのを何べんもようやく繰り返したらようやく黙りよったわ」
「うわあ、よく天使に怒られなかったね」
「ふん。天使がなんぼのもんじゃ。神様は儂らの創造主ゆえ多少尊敬もしておるが、天使は魔族と同列の存在にすぎん。怒られる筋合いがないわ」
「ボクなんかはそういうの面倒だから天使も勇者も全部いう事聞いちゃうなあ」
「けしからん! お前には魔王の矜持というものがないのか! 勇者と敵対しながらも共に作り上げる美しい物語……、そしてその締めくくりに相応しい最終決戦。これこそ魔王の本懐であり儂ら魔族に与えられし使命でもあるんじゃぞ!」
「でも最近の勇者って努力嫌いでしょ? なにかにつれすぐ楽しようとするもんなあ。どこでもセーブができるようにしろ! だとかセーブポイントでは体力も回復できるようにしろ! とか。天使からも勇者の要望は極力叶えるように念を押されてるもん」
ヒートアップしていた長老だがゲコ君の答える悲しい現実に熱を失っていく。
「お二人には納得のいかない負け方とかありましたか?」
気まずい沈黙が流れそうになったので話を変える。
「あの新人君は紋章って言ってましたよ。一回ボコボコにしたのにおでこに紋章浮かび上がった瞬間ぼろ負けしたって」
「ああー、先祖が偉大だった系ね。勇者って劣勢になるとすぐに親の七光りパワー発揮するからなあ」
「そうじゃのう。先祖代々勇者の血族だったり、龍だったり古代種だったり色んなもんの血を引いてきよるからなあ」
「まあこっちも目的は勇者に満足してもらう事だから付き合うけどね。とりあえず死ぬ寸前までボコってバトル中断したり変な会話パート入れたりしてね、なんとか負けフラグ立てていくけどね」
「儂なんか単体攻撃するときに絶対回復役は避けるからの」
「あるある! とりあえず格闘家辺り狙うんだよね。勇者と回復職は後回し。そんで忖度だらけの最終バトルに勇者が勝った後、めちゃめちゃ得意げに正義がどうこう言ってくるのたまにイラっとくるわ」
「儂の第二形態に、一ターン魔力をためて次のターンに高威力の全体攻撃ってのがあるんじゃけど、わざわざ魔力溜めのターンに『魔王は魔力をためて次のターンに何かを仕掛けようとしている!』って説明文出してるからのぅ。それでも防御せずに死ぬ奴が後をたたん」
「たまに負けにきてんのか? って思うもん。こっちがわざと勇者に負けようとしてるはずなのに、その上をやってくるからね、あいつら。ボクめちゃめちゃ毒々しい色してるのに、一生懸命毒攻撃してくるもん。見たらわかるでしょ! 効かないよ! って」
「ちゃんと『効果はないようだ』って教えてやってるからの」
「ほんと勇者に負けるのも楽じゃないよ」
「本当にのぅ」
「長老にゲコ君。いらっしゃい」
「やあ、マスター。今ちょうど出て行った彼、見ない顔だね?」
そういって入口の方を指差す彼はゲコさんといってカエルの見た目をした魔王だ。『動物や爬虫類型の魔王をやらせたらボクに叶うものはいない』とよく自分で言っている。
そんな彼はお酒が全く飲めないのに、他の魔王の話や自分の愚痴を聞かせるためにわざわざこの店に足繫く通っている変わり者で、彼のカエルの見た目とお酒が飲めない『下戸』からゲコさんと呼ばれている。
「なんじゃあ、もうちょっと長居しとりゃ儂の昔話をいくらでもしてやったものを」
残念そうに語るもう一人の彼が長老だ。白いあごひげを蓄え、随分と年老いた魔王。彼はこの世に転生というシステムができてすぐに魔王になり、今でも現役で魔王として勇者と戦っている大ベテランだ。口癖は『儂の若い頃は……』で、若い奴らが聞いたら顔をしかめそうな言葉なのだが、はるか昔の勇者の話を聞けるチャンスがあまりないのだろう、長老の話は天使にも魔族にも受けがすこぶるいい。
「それじゃ長老には熱燗、ゲコ君にはコーラでいいかな」
二人は慣れた感じで奥の方のカウンター席に二人で並んで座る。長老がいつも初めに食べるスルメを焼く準備をしていると、ゲコ君も同じものを注文してきた。
「お前は相変わらず何にでもコーラなんじゃのう」
「いやあコーラって結構色んな食べ物に合うよ。長老も一回試してみる?」
そういって自分のコーラ瓶を長老に近づけるが、長老にあっさり断られてシブシブ瓶を自分の前に戻す。彼のコーラ愛は結構すさまじく、普段はニコニコと笑っている彼に酒を強要したりコーラを馬鹿にすると大変な事になる。長老も一度それをやらかしているので、彼と飲み物の話をするときは少し及び腰だ。
「それで大将はさっきの若者とどんな話をしたんじゃ?」
彼らの前に注文の品を置く。長老には七味唐辛子、ゲコ君にはマヨネーズをつける事も忘れない。
「あの彼なんと一回目の魔王をやってきたとこだったらしいんですよ。それで理想と現実が随分違ったようでご立腹でした」
「あらら、若いねえ」
「若いのぉ」
二人はアチアチとスルメと格闘しながら、あの若い魔王に対して私と同じ感想を抱いたようだ。
「儂の若い頃なんかはのぉ、転生ができて間もない頃でマニュアルも何にもなかったもんじゃ。前例も経験もなかったからモンスターやセーブポイントの配置も手探りでやるしかなかった」
「昔って詰みセーブってのが結構あったんでしょ。魔王前でセーブするともう前の町に戻れなくて、レベル低くて魔王倒せないとそのセーブポイントに戻されるだけだから、一生魔王に倒され続ける、みたいな。あれって結局どうやってクリアさせたの?」
ゲコ君があっという間にスルメを平らげながら聞いている。
「レベルが低いもんには『様子を見る』とか『魔王は高らかに笑っている』とかを多めにしてな、なんとか儂を倒してもらえるよう頑張ってもらうんじゃがあんまり弱い勇者じゃと攻撃でダメージが全く通らなくてのお、そうなったらもう最後はリセットするしかないんじゃ」
「リセットって全部リセットするの?」
「そうじゃ。勇者のレベルもアイテムも一番最初の状態に戻す。正真正銘のやり直しじゃ」
「うええ~、今だったらクレームものだぁ」
「昔はのお、おおらかな時代じゃった。起きたことは仕方がないとみんな素直に最初からもう一回冒険をやり直していたもんじゃ。勇者にも魔王にも心に余裕があった」
「今は何でもない事でクレーム入れられるらしいですね」
長老の前に二本目の熱燗を置きながら話を促す。
「最近の若いもんはやれ武器の値段が高いだのモンスターが強すぎるだのくだらない事で文句を言うてきよる。この前の勇者は特にひどかったもんじゃから町の外でこの儂自ら出待ちしてやってな、町から出てすぐ儂に殺されるのを何べんもようやく繰り返したらようやく黙りよったわ」
「うわあ、よく天使に怒られなかったね」
「ふん。天使がなんぼのもんじゃ。神様は儂らの創造主ゆえ多少尊敬もしておるが、天使は魔族と同列の存在にすぎん。怒られる筋合いがないわ」
「ボクなんかはそういうの面倒だから天使も勇者も全部いう事聞いちゃうなあ」
「けしからん! お前には魔王の矜持というものがないのか! 勇者と敵対しながらも共に作り上げる美しい物語……、そしてその締めくくりに相応しい最終決戦。これこそ魔王の本懐であり儂ら魔族に与えられし使命でもあるんじゃぞ!」
「でも最近の勇者って努力嫌いでしょ? なにかにつれすぐ楽しようとするもんなあ。どこでもセーブができるようにしろ! だとかセーブポイントでは体力も回復できるようにしろ! とか。天使からも勇者の要望は極力叶えるように念を押されてるもん」
ヒートアップしていた長老だがゲコ君の答える悲しい現実に熱を失っていく。
「お二人には納得のいかない負け方とかありましたか?」
気まずい沈黙が流れそうになったので話を変える。
「あの新人君は紋章って言ってましたよ。一回ボコボコにしたのにおでこに紋章浮かび上がった瞬間ぼろ負けしたって」
「ああー、先祖が偉大だった系ね。勇者って劣勢になるとすぐに親の七光りパワー発揮するからなあ」
「そうじゃのう。先祖代々勇者の血族だったり、龍だったり古代種だったり色んなもんの血を引いてきよるからなあ」
「まあこっちも目的は勇者に満足してもらう事だから付き合うけどね。とりあえず死ぬ寸前までボコってバトル中断したり変な会話パート入れたりしてね、なんとか負けフラグ立てていくけどね」
「儂なんか単体攻撃するときに絶対回復役は避けるからの」
「あるある! とりあえず格闘家辺り狙うんだよね。勇者と回復職は後回し。そんで忖度だらけの最終バトルに勇者が勝った後、めちゃめちゃ得意げに正義がどうこう言ってくるのたまにイラっとくるわ」
「儂の第二形態に、一ターン魔力をためて次のターンに高威力の全体攻撃ってのがあるんじゃけど、わざわざ魔力溜めのターンに『魔王は魔力をためて次のターンに何かを仕掛けようとしている!』って説明文出してるからのぅ。それでも防御せずに死ぬ奴が後をたたん」
「たまに負けにきてんのか? って思うもん。こっちがわざと勇者に負けようとしてるはずなのに、その上をやってくるからね、あいつら。ボクめちゃめちゃ毒々しい色してるのに、一生懸命毒攻撃してくるもん。見たらわかるでしょ! 効かないよ! って」
「ちゃんと『効果はないようだ』って教えてやってるからの」
「ほんと勇者に負けるのも楽じゃないよ」
「本当にのぅ」
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