上 下
11 / 17

第十一話

しおりを挟む
 男の人生は順風満帆だった。
 爵位が上の侯爵家から縁談の話が舞い込んできたとき、代々魔力量が高い名門の血筋であることを誇った。
 加えて侯爵家の令嬢は、聖女候補に選ばれる程の女性だ。治癒を扱える者は少なく、彼女ほどの高度な魔法は近隣諸国を併せても数えるぐらいだろう。
 魔力や魔法は両親の遺伝が強い。貴族が、優秀な子供を成すために好きでもない相手と婚姻を交わすのは至極当然。政略結婚は恒常化していた。
 まさに侯爵家からの申し出は、若くして爵位を継いだ伯爵にとってまたとない機会だった。
 侯爵令嬢は社交界でも華のある美人だ。身分差のある恋に溺れていると噂されていたが、お互い愛がなくても子供さえ出来ればいい。
 女児なら聖女候補、あるいは聖女になれるかもしれない。そうすれば大きな恩恵が与えられる。男は野心に溢れていた。
 
 しかし、生まれた女児は出来損ないだった。期待の子供は魔力を持っていなかったのだ。
 わざわざ高い金を払ってまで鑑定を持つ魔術師に視てもらったのに。残念ですが…と悲観する魔術師の顔は一生忘れられない。
 男は怒りに震え、出産を終えたばかりの妻に暴言を吐いた。本当に自分の子供なのかさえ疑わしい。使用人に止められなければ手が出ていただろう。
 しばらく顔も見たくない、と妻子共々会いにいかなくなると、妻は誰にも告げずに屋敷から出て行った。子供を残して。
 よけいな物を押し付けられたものだと嫌気が差した。それから子供は適当な名前をつけて使用人達に渡した。

 一年ほどは妻を探すふりをしたが、侯爵家には見つからなかったと伝え、侯爵が代筆するという形で妻と離縁することになった。
 数年後には後妻を向かえ、子供をもうけた。今度の子供は魔力を持っていた。
 時々思い出したように前妻の生んだ子供を遠目に眺めれば、自分に似ていることが分かった。だからこそ、魔力量の誇る我が伯爵家にあのような不適合者がいるのが我慢ならなかった。

 最低限のデビュータントに参加させたのは、結婚相手を探す為だった。
 屋敷から追い出すのは婚姻させて嫁がせるのが手っ取り早かったからだ。
 作戦はうまくいった。同格の伯爵家から、息子の結婚相手を探していると声が掛けられた。なんでも病気を患った彼は、近々息子に爵位を譲りたいのだという。その為に嫁を探していた。同じくこちらも早く嫁がせたかった。
 話はあっという間に纏まり、16歳になったみすぼらしい娘を執務室に呼び、嫁ぐように伝えた。顔を合わせたのはそれが最初で最後だった。
 屋敷から不要な者がいなくなり、ようやく安堵の息を吐いた。前の妻子には苦汁を飲まされたが、新しい家族は男に安息をもたらした。


「……そんな、馬鹿な」

 男は屋敷に入ってきた治安部隊の騎士に囲まれ、王家の紋章が入った通告書を手に、わなわなと震えた。
 ーーまさか、屋敷から追い出した娘が聖女候補になれただと?
 それ以前に魔力があったのか。
 それならなぜ鑑定では出なかったのか。魔力がないと言われたからこそ娘が10歳になっても、神殿の祝福には連れていかなかったのに。

「わ、私は何も知らないっ! 知らなかったんだ!」

 必死に無実を叫ぶが、国王陛下から派遣された騎士は表情を変えることなく「それは裁判でお話下さい」と取り合わなかった。
 連行される男の姿を家族が心配そうに見守っていた。
 なんということだ。こんなことになるなんて。一体、何が悪かったのか。
 鑑定ミスさえ起きなければ…。
 いや、それでは今の家族には出会えなかった。どちらにしろ自らが招いた末路だった。


 男は聖女候補の隠蔽と、育児放棄により幼い娘を危険に晒したことで罪に問われた。
 さらに娘が聖女候補に名乗りを上げなかったのは貴族の悪習によるものだと伝えられ、国は重く受け止めた。
 裁判の結果、男は爵位の剥奪を言い渡された。極刑にすることも上がっていたが、聖女が望まなかった。
 男は決して助けられたとは思わなかった。聖女の冷たく見下す緑色の瞳には、苦しんで生きろ、とそう言っているように思えた。
 男は平民となり、家族と共に王都を出て行ったという。

 
 その後、神殿で受ける祝福は貴族や平民に関わらず義務化とし、費用は国が負担することとなった。
 また祝福で渡された証明書は、家族以外の第三者に見せる場合、神殿かつ神官の同席の元でなければ開示が許されなくなった。
 少しでも望まない婚姻を減らす為の処置だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

巻添え召喚されたので、引きこもりスローライフを希望します!

あきづきみなと
ファンタジー
階段から女の子が降ってきた!? 資料を抱えて歩いていた紗江は、階段から飛び下りてきた転校生に巻き込まれて転倒する。気がついたらその彼女と二人、全く知らない場所にいた。 そしてその場にいた人達は、聖女を召喚したのだという。 どちらが『聖女』なのか、と問われる前に転校生の少女が声をあげる。 「私、ガンバる!」 だったら私は帰してもらえない?ダメ? 聖女の扱いを他所に、巻き込まれた紗江が『食』を元に自分の居場所を見つける話。 スローライフまでは到達しなかったよ……。 緩いざまああり。 注意 いわゆる『キラキラネーム』への苦言というか、マイナス感情の描写があります。気にされる方には申し訳ありませんが、作中人物の説明には必要と考えました。

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です

葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。 王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。 孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。 王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。 働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。 何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。 隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。 そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。 ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも掲載予定です。

強制力がなくなった世界に残されたものは

りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った 令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達 世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか その世界を狂わせたものは

義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。

克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位 11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位 11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位 11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位

聖女としてきたはずが要らないと言われてしまったため、異世界でふわふわパンを焼こうと思います!

伊桜らな
ファンタジー
家業パン屋さんで働くメルは、パンが大好き。 いきなり聖女召喚の儀やらで異世界に呼ばれちゃったのに「いらない」と言われて追い出されてしまう。どうすればいいか分からなかったとき、公爵家当主に拾われ公爵家にお世話になる。 衣食住は確保できたって思ったのに、パンが美味しくないしめちゃくちゃ硬い!! パン好きなメルは、厨房を使いふわふわパン作りを始める。  *表紙画は月兎なつめ様に描いて頂きました。*  ー(*)のマークはRシーンがあります。ー  少しだけ展開を変えました。申し訳ありません。  ホットランキング 1位(2021.10.17)  ファンタジーランキング1位(2021.10.17)  小説ランキング 1位(2021.10.17)  ありがとうございます。読んでくださる皆様に感謝です。

「魔道具の燃料でしかない」と言われた聖女が追い出されたので、結界は消えます

七辻ゆゆ
ファンタジー
聖女ミュゼの仕事は魔道具に力を注ぐだけだ。そうして国を覆う大結界が発動している。 「ルーチェは魔道具に力を注げる上、癒やしの力まで持っている、まさに聖女だ。燃料でしかない平民のおまえとは比べようもない」 そう言われて、ミュゼは城を追い出された。 しかし城から出たことのなかったミュゼが外の世界に恐怖した結果、自力で結界を張れるようになっていた。 そしてミュゼが力を注がなくなった大結界は力を失い……

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

投獄された聖女は祈るのをやめ、自由を満喫している。

七辻ゆゆ
ファンタジー
「偽聖女リーリエ、おまえとの婚約を破棄する。衛兵、偽聖女を地下牢に入れよ!」  リーリエは喜んだ。 「じゆ……、じゆう……自由だわ……!」  もう教会で一日中祈り続けなくてもいいのだ。

処理中です...