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ヒトのキョウカイ6巻(赤十字の精神)

14 (ヘンリーは交渉上手)

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 跳ね橋を通過し 王城の手前にある城下町は 1ヵ月前にパラベラム部隊による大規模な暗殺が起こり パニックになっていたが、今は平穏で暴動も起きていない。
 まぁ…食いっぱぐれる人がいないんだろうな…。
 身内が殺された事もあり、外には人が一切見えないが、逆に言えば外に出なくても生活が成り立つって事だ。

 王城内の内装は豪華とかとしか言うしかない。
 高そうな物を片っ端から集めたかのような、無秩序むちつじょ感があり、統一感が一切無い。
 これは ピースクラフト前都市長の趣味なのだろうか?

 使用人の案内で応接室に通される。
 応接室は派手さは無いが、フカフカで適度に沈み込むソファーがあり、周りの調度品ちょうどひんも高級感を出しつつ落ち着いた雰囲気を出している。
 これはヘンリー都市長の好みかな…。
 天尊は2つのソファーの内、ドア側に近い手前のソファーに座り、オレとクオリアもそれに続く…。
 太陽系の王子様が下座しもざねぇ…。
「お待たせしました。」
 アタッシュケースを片手に持ったヘンリーがドアを開け、3人が席から立ち上がり軽く頭を下げる。
 ヘンリーも軽く頭を下げるが 上座かみざの奥のソファーに天尊がいると思っていたみたいで 頭の位置を修正をするが少し向きがズレている。
 ヘンリーが奥のソファーに座り、一拍置いて天尊達3人がソファーに座る。
「それで…今日はどう言った御用ごようで?」
 ヘンリーが言う。
「この都市のベーシックインカムについてですね…。
 予定では1週間後に議会に提案する事になっていましたが、暴動が起きたと言う事で予定を前倒しにしてこちらに来ました。」
「確かに…本都市は失業者であふれています…。
 暴動も起きている状態で、ベーシックインカムは ベストな選択でしょう。」
 マズイ…ヘンリーはベーシックインカムの罠を知らない…。
 このままでは、天尊カンパニーに圧倒的に有利な都市になってしまう。
 口を挟もうとするが、隣のクオリアに肩をつかまれ 振り向くとNOと首を横に振る。
「でも、だからと言って 経済植民地として隷属れいぞくし安全と平和を取るのも問題です。
 この都市の平和は 経済の自立の上でなければなりません。」
 おっ…ちゃんと分かっていた。
「なら、どうします?
 自立する前に死んだら意味が無いでしょう…。」
「私は こうします…。」
 ヘンリーはダイヤルロック式のアタッシュケースをテーブルに置き、こちらに見えないように4桁のアナログダイヤルを回して暗証番号を入力…。
 アタッシュケースを開け 紙の書類を取り1枚ををテーブルに置く。…。
「自国通貨の発行書類です。
 ギリギリですが今朝けさ承認がりました。
 通貨の単位はPSピース…10万PSで1ヵ月の生活が出来る金額です。
 これと同時に生活保障金制度を執行しっこう…こちらの書類です。
 1ヵ月の生活保証金は10万PS…月初めに各口座に10万PSを入金されて、翌月の持越しは不可…勿論、売り買いで得た金額は預金として口座に残ります。
 そして、これがレート…10万UMと生活保障金の10万PSを等価で交換します。
 それと、今後 この都市での税金はPSでの支払いになります…こちらが書類。」
 次々とヘンリーは書類を出してくる…これだけの量を1ヵ月でまとめたのか…。
 天尊は1枚ずつ書類を手に取り確認して行く…。
「ふむ…良い案ですね…。
 ただ、これを実現するには 生活保障金の10万PSを こちらが10万UMで交換する前提が必要になります。」
 現在、この都市の輸入品は全部UMで支払っている…。
 都市内の通貨を完全にPSで運営出来たとしても、輸出の能力が低いこの都市では UMが足りなくなり枯渇こかつしてしまうだろう…。
 そうなると頼みのつなはPSへの両替になり、外からの住人が来ないと成り立たなくなる…。
 宇宙と地球の中継都市としてある程度の観光は望めるだろうが、ピースクラフト都市側で制御が出来なくなる…それでは意味が無い。
「ええ…ですから、優良企業には免税めんぜい特権を与えます。
 そして、10万ピースと10万UMを等価で交換してくれるなら、天尊カンパニーを優良企業にしましょう…。
 免税特権があれば、天尊カンパニーからの税金は 大まかな計算ですが、半額程度になりますね…。」
 宇宙で生産した物は 軌道エレベーターで地球に降ろし、ピースクラフトに一回集められ、地球の各都市に送られる。
 ただ、UMで都市を運営する都合上 税金は高くするしか無く、そのせいで軌道上から耐熱カプセルに商品を入れて配達先の都市の付近に落とす事業が成立してしまっている程だ。
 今回のワーム戦でDLの半分を周回軌道上から直接降ろすのも、ピンポイントで降ろせる利点もあるが、この税金の理由も大きい。
 なので免税特権を与える事でピースクラフト都市を中継させやすくさせて流通量を上げ、税金を確保する戦略になる。
 自国通貨と外国通貨を使い分ける良い戦略だ。
「良いでしょう…書類を作成しましょうか…。」
 天尊は ヘンリーに手を差し出し、ヘンリーが天尊の手を固く握った。

 10月24日金曜日…夜…。
 キョウカイ小隊は6人部屋の各ベットに座り、大きなARのディスプレイを展開して皆で見ている…。
 それは、ピースクラフトでの生活保障金制度の導入による調印ちょういん会見のネット配信されているライブ映像だ。
 周りには パイロットスーツに ヘルメットの完全防備の記者達が パイプ椅子に座る異様な光景になっている。
「まさか ピースクラフトにいたなんてね…。」
 レナが言う…。
 調印席ちょういんせきで ウージーマシンピストルを斜め下に構えて 警備しているナオが カメラに向かって笑顔で手を振っている…。
 クオリアは エクスマキナの代表だろうか?
 天尊の横のパイプ椅子に座っている。
 3人ともヘルメットは 無しだ…。
 調印式ちょういんしきが始まる…。
 まずは、進行役の司会のお決まりの挨拶にヘンリー、天尊の挨拶と続く。
 その後、新しく決めた法律の内容をヘンリーが読み上げ、書類を映像記録としてカメラに写す。
 新しく決められた法律は、共通通貨『UM』から自国通貨『PSピース』への切り替え…ピースの価値を保障する為の生活保障金制度の開始…。
 税金の支払いが UMからピースへの変更…。
 更に優良企業には免税特権を出すらしい…これは天尊向けかな?
 その後、メディア用に分かりやすく噛み砕た法律の内容を説明…。
 生活保障金制度は、都市民の生活に直結するので特に念入りに説明している。
「へえ…やるじゃない。
 天尊から搾取さくしゅされかけていたのに…ここまで、こぎけるなんて…。」
 天尊側の利益は免税特権か?
 民営化や社会保障、最低賃金の法律が全く出て来てない。
 ベーシックインカムの罠を完璧に回避しきり、免税特権と引き換えにPSとUMを通常レートで交換させる…天尊側の得られるはずの利益は大幅に減るが、都市民の感情から見た妥協案だきょうあんとしては最良だろう…。
 その後、天尊の登場…予想通り、PSとUMの通常レートでの交換の条約…。
 天尊が読み上げ、簡単に説明…。
 カメラがテーブルの上部に設置されたカメラに代わり、ヘンリーと天尊がライブ中継で書類にサインをする…これで条約成立だ。
 最後にカメラの前で交渉成立の握手を天尊とヘンリーが行い…周りから大量の拍手が成り、ライブ中継が終了した。
「ロウ、何言ってるのか分からない。」
「まぁそうだよな…オレも微妙だし…。
 レナ…これは、天尊と好条件で条約を決められたって事で良いのか?」
「ええ…天尊側も結構妥協だきょうしたみたいね…。
 私もヘンリーを見習わないとね…。」
 ふふ…調停を太陽系全体でのライブ配信する事で、天尊が大きく出れば太陽系全体の信用を落とすように仕向けた。
 結果、天尊の大幅な妥協を引き出せたのだから本当に凄い。
「ピースクラフトか…本当ホントに平和になるかもね…。」
 レナが笑みを浮かべながらそう言った。
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