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ヒトのキョウカイ5巻 (亡霊再び)

11 (絶望的な確率の希望を信じて)

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「さて…とりあえずは動くようになったが、DLと呼ぶには まだまだ だな…。」
 食堂の長いテーブルの席に研究員が座り、お菓子をつままみながらオレの話を聞いている。
 人海戦術で組み上げたプログラムのバグを直し、正常起動まではこぎけ、まともに動くようにして見たが、まだ戦場に出す事は出来ない。
「DLの武器が一切使えないし、プログラムの書き換えも難しい…。
 そこで、DL規格の変換機コンバーターを作ってDLに合わせようと思う。」
 オレが研究員に向かって提案をする。
「え?リアルタイムでコンバーターを掛けたら処理スペックが跳ね上がりますよ…。」
「ただでさえ、スペックギリギリのキューブを使っていますから、下手をすれば転倒中に処理が足りなくて自壊します。」
 研究員が慌ててオレに言う。
「そこは処理を減らすしか無いでしょう…。
 DL規格にする事で フォースネットへのアクセスが出来るようになるし、DL規格の武器も使えるようになる。
 更に言えば 今後 キューブの処理能力は 上がるはずなんだから、ファントムが普及した際にDL規格の方がエンジェニアが扱い易くなるだろう。
 と言う事で皆さんには DL規格へのコンバーターを作って貰いたい。
 システムの追加なんかは オレら2人で出来るけどコンバーターは 人数が必要だ。」
「とは言っても 現状ファントムは 電気が使えないので無線の類が使えませんよね…。」
 QEで動いているファントムは電気兵装が使えない…。
 AQBの時もQEをわざわざ電気に変換していた見たいだが、QE前提の社会じゃない限り、互換性は絶対に必要だろう。
「そっちは こっちで何とかする。
 無線も火器管制も ハードポイントもある前提で作って欲しい。」
「それなら出来ますが、2日は かかりますよ…。」
「こっちも、空間ハッキングシステムの追加に稼働実験もしないと行けないから、2日は絶対に必要になる。
 後、どの位の処理能力が必要か分かるか?」
「色々と追加項目が多いので DLの1.5倍は 掛かるのではないでしょうか?」
「なら、その間で収めるようにして欲しい、それ以上超えるなら連絡するって事で…。」
「ええ、分かりました。」
「さて、今日は オレが持ちますので、思う存分 食べて これからの修羅場後半戦に向けて 早めに寝てください。」
「「ありがとうございます。」」

「いいのですか?」
 ツヴァインがナオに聞いてくる。
「通常1週間かる作業を2日でやって貰うんだから、特急料金を出さないとな…。」
「そもそも、こちらが開発やテストをお願いしている立場なのですが…。」
「まぁ…完全新型のDLのテストパイロットなんて、金を出してもやりたい仕事だからな…。
 DLの最終型を造った時もそうだった…。
 こっちがメカニックも出来るから、開発者のおっさん達と意気投合してな…。
 パーツのアップグレードシステムなんかは オレが要望を出して作って貰ったんだ…。」
「あ~あの機構きこうはあなたの発案だったのですか…。」
「アレのおかげで、今でもDLの中身はほとんどど変わって無いしな…。」
 兵器と言う物は常にアップグレードしないと、他の国の兵器に取り残されてしまい、役に立たない弱い兵器を大量に持つことになる。
 その為、こう言ったパーツの高性能化による次世代改修は大規模になり易く、その為に莫大ばくだいな金額と時間、人的リソースが必要になるが、DLの場合はサイズと規格さえ合っていれば、新しいパーツをそのまま入れてもリミッターが働き、各パーツとの出力を調整してバランスの良い機体にしてくれる機能が有るので、改修コストが安く済む利点を持つ。
 この思い付きを実現させる開発者も凄いが、580年もこの方式でアップグレードされ続けるとは 流石にオレも思っていなかった。
「だから、新しい機体を作る以上妥協だきょうはしたくないんだ…。
 オレの妥協で人死にが出たら気分が悪いしな…。
 それじゃあ…オレらは部屋に戻るよ…メシ食えないしな…。
 あー請求書の方は よろしく~。」
「はい…送っておきますね…。」
 ナオはそう言うとクオリアと一緒に部屋に戻って行った。

 ナオとクオリアは部屋に戻り、作業を再開する。
「それで、どうやって処理能力を減らす気だ?
 無計画で言った訳では無いんだろう?」
 クオリアがオレに言う。
「まずは 常時展開している通行止めの部分解除だな…。」
「統計上被弾確率が低い部分を無くすのか?」
「いや…未来予測システムの予測線で被弾位置が割り出せるだろう…それを使えば ある程度範囲が絞れる。」
「確かにそうだが…ジャミング中には そのシステムが使えなくなる。」
「だったら選択式にするか自動切換えが出来るようにしないとな…。」
「自動切換えがベストだ…ならそこは 私が担当しよう。」
「じゃあこっちはもう一つの方を…。」
「他にも減らす所が?」
「ファントムって キューブで繋がっているから多関節で、やろうと思えば腕で波打つ事も出来る見たいなんだ…。
 ただ、実際には必要無いから、関節のキューブを設定してそれ以外を完全固定で『マリオネット』で操作した方が良いと思う…。」
 多分 研究員はマリオネットを知らなかったんだろう。
 使う関節は人を基準にして最適化をすれば 大幅に処理を削減出来るだろう…。
「『マリオネット』か…分かった…それはナオの担当で…。」
「次は 電気だな…。
 通信や ハードポイントから武器への電力供給…。」
「これは私がやる…。
 武器に対しての情報交換と安定した電力供給…。
 緊急用のバックドアも仕掛けたいしな…。」
「何かあった時に止められるようにか…。」
 この機体が量産された場合、それこそクオリアの言う通り、バックの中に隠し持つ事が出来てしまう。
 それは 新たな争いを産む可能性がある訳で、これは その為のセーフティだろう。
「ああ…悪用する気は無いが、この機体が敵側に回ったら止められるようにしたい。」
「まぁ オレじゃあ 見つけられ無いだろうしな…。
 聞かなかった事にしてあげるから自己責任でどうぞ…。」
「感謝する。」
「後は 腹部装甲を破壊された場合、自壊するように作らないと…。」
 ファントムの無敵装甲に穴を開けてワザと弱点を作らないと、無敵装甲を破る超兵器が太陽系での標準装備になりかねない…。
 相手側の火力を下げる意味でも弱点を作る事は必要だ。
「自壊した場合 脱出用のバギーも消えてしまうから 計画的に止めないと行けない。
 それと今回の1000mの深海では 確実に腹部が潰れる事になるから、量産に目途が付くまで後回しだ。」
「分かった。」

「なあ…これでラプラスを倒せると思うか?」
 作業中にふと思いつきナオが聞く。
「いや…無理だ。
 これは人が私達のように空間ハッキングを使った戦闘が出来る為の物だ。
 エレクトロンが100や200増えた所で変わらない…。」
「じゃあ1万なら……。」
「守るべき星が無くなる…。
 それでもラプラスは生き残るだろう…。」
「じゃあ何でこれを…。」
 クオリアが大分だいぶ前から研究都市でプロジェクトを立ち上げさせ、間接的に技術を渡し、研究員に開発するように誘導して来たのは確実だ。
 そして クオリアは 勝算の無い無意味な行動はしない。
 つまり何かクオリアに利益になるはずだ。
「ワームがラプラスになる前に人類同士での共食いが発生する。
 想定規模からいって、これが発生した場合 ラプラスと戦う時には まともな戦力が残されていない。
 つまり ラプラスと戦う事も出来ず、私がタナトスに乗り、ガンマレイバーストで太陽系内の人類を道連れにラプラスを封印する事になる…それが現時点で想定されている結末だ。」
「戦争の原因は?」
「物資の枯渇による奪い合い、人口の間引き、生産施設及び 技術者の確保。
 宇宙への脱出リソースの奪い合い…色々だ。
 これを見越してエレクトロンが月基地に生産施設の機材を貯めこんでいるが、それでも集団心理が戦争を誘発するだろう。」
「なら ファントムは?」
「その時 ナオの関係者を守る物…もしくは…。」
「もしくは?」
「ファントムのキューブを量産して、1億人を宇宙に逃がすか…。
 エアトラS2には30人しか積めないし、軌道エレベーターも大量輸送出来るとは言え 限られているし、どちらも低所得者は救えない。
 でもファントムだったら、大気圏を単体で離脱し、亜光速で移動出来るようにもなるだろう…。
 つまり、太陽系内のコロニーに移民し、船団と一緒に太陽系を去るプランだ。」
「地球を捨てるのか…。」
「ああ…とは言ってもコロニー内もここと大きくは変わらない。
 人が快適に暮らせる大気組成…自然の理不尽さが無い完璧に制御された天候…。
 宇宙遊牧民なら ワームやラプラスがやってきても別の星系に逃げられるしな…。
 奴らは 光より早く目的地にたどり着く事が出来ないから…。」
「それでも、如何どうにかしたい…。」
「私からも聞きたい…ナオはどうして地球に固執こしつする?
 宇宙でも生活は大して変わらないと言うのに…。」
「地球と言うより人類の文明かな…。」
「ん?」
「オレは 人の力を信じたいのさ…。
 サルが棍棒こんぼうを武器にして、火を扱い、食べ物を焼き、稲作に…星の位置から暦《こよみ》を作り、本と文字を作って次世代に記憶のバックアップを残せるようになって…万物の法則を解き明かし、アーコロジーを作れるまでに発展した人類が、ラプラスを倒す為に何を生み出すのか…。
 きっと凄い兵器を作ってラプラスさえも倒せるんじゃないかってね…。」
 オレは少し笑いながらクオリアに答える。
「希望的観測だな…。」
「それで結構。
 絶望しかない未来なんて生きる気が起きないし、皆が同じ希望を持てば、思い込みの力で確率補正が掛かるかも しれないだろう…。」
「そうか…思い込みか…。
 なら 私は、絶望的な確率ではあるが、確率は0では無いと信じよう…。」
 クオリアが絶望的と断言する確率を手繰り寄せる手はあるのだろうか?
 今はその時が来た時に準備不足に成らないように全力で生きるしかない。
 オレは そう思い作業を続けた。
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