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第十三章「小牧・長久手の戦い」
第七十話「池田」
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「お頭~」
声の主の方に目をやると、そこには弓を携えてこちらに向かって来る足軽の姿がありました。伝蔵の弟・大蔵であります。
「お頭~置いて行かねぇでくだせぇ」
大きな体を揺らし、息を切らしながら拙者の元までやって来た大蔵に拙者は質問する。
「他の者たちはどうした?」
「直に来ると思いやす」
そう言った直後、倒れた鬼武蔵に気づく大蔵。
「おわっ、派手に死んどるな」
「鬼は死んだ。後は池田軍じゃ」
「池田軍なら、ここから東の方に旗印が見えましたぜ」
「・・・ほうか」
拙者は東の方角に目を向けると、二人の足軽の名前を呼ぶ。
「伝蔵、大蔵!」
「へい!」
大声で応える足軽二人。拙者は二人に視線を移す。
「もうひと戦いくぞ!」
「おうよ!」
拙者は二人の声を聞くと馬を駆ける。
目指すは池田軍!
しばらく馬を走らせると、他の足軽たちも合流して来る。
「お頭!」
「頭!」
声と共に戦列に加わる足軽たち。数名減りはしたが、元々の数とそれほど大差はない。そんな我々の前に森長可の軍勢が立ちはだかる。
「鬼武蔵は死んだ。お主ら降伏せい!」
拙者の声に森軍の兵士達はうろたえ道を開ける。時折、足軽が何人か向かって来るが、拙者や足軽たちによって一蹴される。
そうこうしている内に池田軍と思われる軍勢が拙者の視界に入る。すでに徳川軍と交戦している様子。
あれか?
拙者は池田軍と思われる軍勢の旗印に目を向ける・・・白旗に白黒の段々模様。
間違いない、池田の軍じゃ。
拙者は、そう確信すると池田の軍勢に突っ込んで行く。
「行くぞぉ!」
「おー!」
拙者に続き足軽達も突撃を仕掛ける。
一人二人と拙者が槍で突き刺した敵を配下の足軽たちが討ち取って行く。
ちっ、雑魚ばっかりじゃな。
そこで拙者は大声を上げる。
「やあやあ、我こそは徳川軍足軽頭・渡辺半蔵守綱成り!腕に覚えのある者は掛かって参れ!」
拙者は名乗り口上をするも、皆交戦中という事もあってか拙者の声に応じようという者は誰もいない。
ちっ、つまらんの~。
そう思った矢先、拙者の前に一騎の騎馬武者が現れる。歳は二十半ばくらい、整った顔立ちが名家の出を思わせる。若武者は拙者を見据え名乗りを上げる。
「羽柴軍大将・池田勝入が嫡男・池田庄九郎之助」
池田勝入の息子?
首を傾げる拙者に若武者―池田庄九郎は問いかける。
「拙者では不満でござるか?」
落ち着いた口調でそう話す庄九郎に、拙者はしばし考えた後はっきりと答える。
「・・・不満じゃな」
拙者の言葉に庄九郎は明らかに不快な表情を浮かべる。
「儂は腕に覚えのある奴と言うたのじゃ。お主のような若造に興味はない」
「何だと!?」
眉を吊り上げる庄九郎。
「ならば、死んで後悔致せ!」
そう言うと庄九郎は、槍を構えてこちらに突っ込んで来る。
「ふん。腕に覚えのある奴は、こんな簡単に挑発には乗らんわ!」
激昂した庄九郎の攻撃は案の定、単調で大振りなものでした。
拙者は攻撃の隙間を縫い庄九郎の腰の辺りを槍で貫く。
「うぐっ!」
悲痛な声を上げると同時に庄九郎は空いている腕で拙者の槍を掴む。
「!?」
「はあぁ!」
怯む拙者を前に庄九郎はもう片方の手で拙者の槍をへし折る。
「くっ!」
自慢の朱槍を折られ、顔をしかめて間合いを取る拙者。一方の庄九郎は、苦痛の表情を浮かべながら肩を揺らす。
「はぁはぁはぁ」
その様子を見て拙者は庄九郎になげかける。
「もう止めときん。お主の負けじゃ」
「まだじゃ。まだ負けてはおらん!」
そう叫ぶ庄九郎でありましたが、腹部に刺さった槍からは大量の血が流れる。
「ええのか?お主、次こそは死ぬぞ?」
「上等じゃ!」
覚悟を決めた庄九郎は槍を身構える。
それに合わせ拙者も腰に佩いた太刀を抜く。
「・・・勝負!」
庄九郎の声と共に駆け出す両者。勝敗は一瞬でありました。両者が交錯した直後、庄九郎の首から血飛沫が上がる。
そして、しばらくすると馬上から転げ落ちる庄九郎。
・・・言わんこっちゃない。
拙者は馬を返し庄九郎の骸(むくろ)を眺めながら心の中でそう呟く。
経験の差じゃな。こやつも、もうちっと戦に出ておれば結果は変わったかもしれんのにな・・・。
拙者がそう思った直後、辺りに悲痛な叫び声が響き渡る。
「しょ、庄九郎ぉー!」
拙者は驚き、声のする方に目を向ける。
ここより四十間ほど先、揚羽蝶の家紋の入った陣幕の中、手に軍配を持った黒糸威の立派な鎧を着けた武将。拙者は一目でそれが誰なのかを確信する。
池田勝入恒興。
息子の死に呆然と立ち尽くしている。哀れむより先に拙者は馬を駆ける。
大将首。
拙者は大将首を取るべく馬を進めるが、その直後、呆然と立ち尽くす勝入に一人の武者が覆い被さる。
「うっ!」
血塗れの槍が勝入の背中から突き出る。苦痛に顔が歪む勝入。勝入は何とか武者を引きはがそうとするが、すでに手に力が入らない。武者は、さらに槍を押し出す。
「ぐっ!」
勝負あったな。
すでに勝入に抵抗するほどの力は残されてはおりませんでした。しかし、その武者は槍を持ったままで首を取ろうとはしない。
何しとるんじゃ?あの武者、あれは確か・・・安藤彦兵衛直次。
彦兵衛は勝入の体を押さえつけたまま大声で叫ぶ。
「万千代!どこじゃ?万千代、討て!」
万千代?井伊万千代直政の事か?手柄を譲るっちゅー訳か。
大声で万千代を呼ぶ彦兵衛であったが、万千代は一向に現れない。
ほだら、儂が代わりに取ったるか・・・。
と、拙者が馬を進めようとしたその時、一人の若武者が彦兵衛に近づく。
赤備えの井伊直政ではない。大きな母衣(ほろ)を背中に背負った若武者―永井伝八郎直勝。
そういえば奴の幼名も万千代であったな。
「やぁ~!」
伝八郎が勢い良く勝入に飛びかかると、そのまま倒れ込む三者。勝入の体を押さえつける彦兵衛。伝八郎は刀で勝入の首をかき斬る。そして、勝入の首を高々と掲げる。
「池田勝入討ち取ったり~!」
伝八郎の声に周囲の徳川の兵たちも雄叫びを上げる。その一方、戦意を喪失した羽柴軍の兵たちは続々と撤退を開始する。森長可に加え、池田勝入も討ち死。大将格が二人もやられてしまっては戦の継続は不可能であろう。
・・・勝ったな。
拙者は馬上から撤退する羽柴軍を眺め勝利を確信する。
こうして徳川軍と羽柴軍の戦いは、徳川の大勝利で幕を閉じたのでありました。
声の主の方に目をやると、そこには弓を携えてこちらに向かって来る足軽の姿がありました。伝蔵の弟・大蔵であります。
「お頭~置いて行かねぇでくだせぇ」
大きな体を揺らし、息を切らしながら拙者の元までやって来た大蔵に拙者は質問する。
「他の者たちはどうした?」
「直に来ると思いやす」
そう言った直後、倒れた鬼武蔵に気づく大蔵。
「おわっ、派手に死んどるな」
「鬼は死んだ。後は池田軍じゃ」
「池田軍なら、ここから東の方に旗印が見えましたぜ」
「・・・ほうか」
拙者は東の方角に目を向けると、二人の足軽の名前を呼ぶ。
「伝蔵、大蔵!」
「へい!」
大声で応える足軽二人。拙者は二人に視線を移す。
「もうひと戦いくぞ!」
「おうよ!」
拙者は二人の声を聞くと馬を駆ける。
目指すは池田軍!
しばらく馬を走らせると、他の足軽たちも合流して来る。
「お頭!」
「頭!」
声と共に戦列に加わる足軽たち。数名減りはしたが、元々の数とそれほど大差はない。そんな我々の前に森長可の軍勢が立ちはだかる。
「鬼武蔵は死んだ。お主ら降伏せい!」
拙者の声に森軍の兵士達はうろたえ道を開ける。時折、足軽が何人か向かって来るが、拙者や足軽たちによって一蹴される。
そうこうしている内に池田軍と思われる軍勢が拙者の視界に入る。すでに徳川軍と交戦している様子。
あれか?
拙者は池田軍と思われる軍勢の旗印に目を向ける・・・白旗に白黒の段々模様。
間違いない、池田の軍じゃ。
拙者は、そう確信すると池田の軍勢に突っ込んで行く。
「行くぞぉ!」
「おー!」
拙者に続き足軽達も突撃を仕掛ける。
一人二人と拙者が槍で突き刺した敵を配下の足軽たちが討ち取って行く。
ちっ、雑魚ばっかりじゃな。
そこで拙者は大声を上げる。
「やあやあ、我こそは徳川軍足軽頭・渡辺半蔵守綱成り!腕に覚えのある者は掛かって参れ!」
拙者は名乗り口上をするも、皆交戦中という事もあってか拙者の声に応じようという者は誰もいない。
ちっ、つまらんの~。
そう思った矢先、拙者の前に一騎の騎馬武者が現れる。歳は二十半ばくらい、整った顔立ちが名家の出を思わせる。若武者は拙者を見据え名乗りを上げる。
「羽柴軍大将・池田勝入が嫡男・池田庄九郎之助」
池田勝入の息子?
首を傾げる拙者に若武者―池田庄九郎は問いかける。
「拙者では不満でござるか?」
落ち着いた口調でそう話す庄九郎に、拙者はしばし考えた後はっきりと答える。
「・・・不満じゃな」
拙者の言葉に庄九郎は明らかに不快な表情を浮かべる。
「儂は腕に覚えのある奴と言うたのじゃ。お主のような若造に興味はない」
「何だと!?」
眉を吊り上げる庄九郎。
「ならば、死んで後悔致せ!」
そう言うと庄九郎は、槍を構えてこちらに突っ込んで来る。
「ふん。腕に覚えのある奴は、こんな簡単に挑発には乗らんわ!」
激昂した庄九郎の攻撃は案の定、単調で大振りなものでした。
拙者は攻撃の隙間を縫い庄九郎の腰の辺りを槍で貫く。
「うぐっ!」
悲痛な声を上げると同時に庄九郎は空いている腕で拙者の槍を掴む。
「!?」
「はあぁ!」
怯む拙者を前に庄九郎はもう片方の手で拙者の槍をへし折る。
「くっ!」
自慢の朱槍を折られ、顔をしかめて間合いを取る拙者。一方の庄九郎は、苦痛の表情を浮かべながら肩を揺らす。
「はぁはぁはぁ」
その様子を見て拙者は庄九郎になげかける。
「もう止めときん。お主の負けじゃ」
「まだじゃ。まだ負けてはおらん!」
そう叫ぶ庄九郎でありましたが、腹部に刺さった槍からは大量の血が流れる。
「ええのか?お主、次こそは死ぬぞ?」
「上等じゃ!」
覚悟を決めた庄九郎は槍を身構える。
それに合わせ拙者も腰に佩いた太刀を抜く。
「・・・勝負!」
庄九郎の声と共に駆け出す両者。勝敗は一瞬でありました。両者が交錯した直後、庄九郎の首から血飛沫が上がる。
そして、しばらくすると馬上から転げ落ちる庄九郎。
・・・言わんこっちゃない。
拙者は馬を返し庄九郎の骸(むくろ)を眺めながら心の中でそう呟く。
経験の差じゃな。こやつも、もうちっと戦に出ておれば結果は変わったかもしれんのにな・・・。
拙者がそう思った直後、辺りに悲痛な叫び声が響き渡る。
「しょ、庄九郎ぉー!」
拙者は驚き、声のする方に目を向ける。
ここより四十間ほど先、揚羽蝶の家紋の入った陣幕の中、手に軍配を持った黒糸威の立派な鎧を着けた武将。拙者は一目でそれが誰なのかを確信する。
池田勝入恒興。
息子の死に呆然と立ち尽くしている。哀れむより先に拙者は馬を駆ける。
大将首。
拙者は大将首を取るべく馬を進めるが、その直後、呆然と立ち尽くす勝入に一人の武者が覆い被さる。
「うっ!」
血塗れの槍が勝入の背中から突き出る。苦痛に顔が歪む勝入。勝入は何とか武者を引きはがそうとするが、すでに手に力が入らない。武者は、さらに槍を押し出す。
「ぐっ!」
勝負あったな。
すでに勝入に抵抗するほどの力は残されてはおりませんでした。しかし、その武者は槍を持ったままで首を取ろうとはしない。
何しとるんじゃ?あの武者、あれは確か・・・安藤彦兵衛直次。
彦兵衛は勝入の体を押さえつけたまま大声で叫ぶ。
「万千代!どこじゃ?万千代、討て!」
万千代?井伊万千代直政の事か?手柄を譲るっちゅー訳か。
大声で万千代を呼ぶ彦兵衛であったが、万千代は一向に現れない。
ほだら、儂が代わりに取ったるか・・・。
と、拙者が馬を進めようとしたその時、一人の若武者が彦兵衛に近づく。
赤備えの井伊直政ではない。大きな母衣(ほろ)を背中に背負った若武者―永井伝八郎直勝。
そういえば奴の幼名も万千代であったな。
「やぁ~!」
伝八郎が勢い良く勝入に飛びかかると、そのまま倒れ込む三者。勝入の体を押さえつける彦兵衛。伝八郎は刀で勝入の首をかき斬る。そして、勝入の首を高々と掲げる。
「池田勝入討ち取ったり~!」
伝八郎の声に周囲の徳川の兵たちも雄叫びを上げる。その一方、戦意を喪失した羽柴軍の兵たちは続々と撤退を開始する。森長可に加え、池田勝入も討ち死。大将格が二人もやられてしまっては戦の継続は不可能であろう。
・・・勝ったな。
拙者は馬上から撤退する羽柴軍を眺め勝利を確信する。
こうして徳川軍と羽柴軍の戦いは、徳川の大勝利で幕を閉じたのでありました。
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