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第十二章「本能寺の変(表)」

第六十一話「安土」

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天正十年五月十五日 近江国

この年の三月、織田信長は長年の宿敵であった武田家を滅ぼしました。また、各地の反信長勢力も徐々に鎮圧され、天下はすぐ目前まで迫っておりました。
我ら徳川は武田家討滅の祝賀と、またそれに伴う駿河国加増への御礼として、家康公をはじめ三十名弱の手勢で信長殿に会うべく、その居城・安土城へと参りました。
「・・・何じゃこりゃ?」
拙者は、安土城を見るなり呆然と呟く。
淡海(おうみ)の湖畔、安土山の頂に築かれた安土城。高さが十間ほどの石垣の上に七層からなる『天主閣』。その壮大な姿に、拙者は唖然とするしかありませんでした。
そんな拙者の横で酒井左衛門殿が呟く。
「いつ見ても圧倒される・・・しかし、この城からは信長殿の高慢というか、皆に自らを崇めさせるような、そんなものをひしひしと感じる。嫌みな城じゃ」
左衛門殿は、家康公の使いとして何回かこの安土城へと来ておりました。
そして、そのさらに横で駕籠の中から安土城を眺める僧体の者が声を発する。
「ほほ~これが安土城か。我らは、このような大それた城を作った者と戦っていたとはな。敗北した理由も頷ける」
この僧体の方は、武田家の一門衆であった穴山梅雪殿。梅雪殿は武田家の重臣でありましたが、武田勝頼と対立し所領の安堵と武田宗家の継承を条件に織田方に内応した次第でございまする。この方も家康公と共に此度の信長殿への挨拶に訪れたのであります。
そんな梅雪殿に対し拙者はにやりと笑いながら皮肉を言う。
「あんたがこっち側に寝返ったのが一番の敗因だと思うがな」
拙者の言葉に梅雪殿は眉を吊り上げる。
その様子を見た左衛門殿がすぐさま拙者を叱りつける。
「これ半蔵。失礼な事を言うでない」
「へーい」
拙者がまったく反省する素振りを見せずそう答えると、左衛門殿は梅雪殿に頭を下げる。
「梅雪殿。この者が失礼を申し上げ誠に申し訳ありませぬ」
それに対し梅雪殿は、そっぽを向いて答える。
「ふん。別に雑兵の戯言(たわごと)など聞く耳持たぬわ」
拙者はその言葉にかちんと来て再度口を開こうとした瞬間、前方からの声にそれを遮られる。
「三河殿、梅雪殿。ようこそ安土城へ」
そこには、月代(さかやき)を剃り幸の薄そうな顔の侍が拙者たちを出迎えておりました。
家康公は、彼の顔を見るなり笑顔で声をかける。
「これはこれは日向殿がお出迎えとは光栄でございまするな」
日向殿と呼ばれた侍は照れくさそうに答える。
「御館様がどうしてもと言って某に接待役をお命じになられましてな」
「信長殿の懐刀と言ってもいい明智日向守殿に歓待を受けるとは恐悦至極に存じまする」
ほう、この方が明智日向守光秀か。
明智光秀殿は、元は長岡藤孝殿の中間でしたが、その後、足利義昭殿の足軽衆に入り、最終的に織田信長殿の家臣となりました。比叡山の焼き討ちや石山本願寺攻めなどで功を上げる一方、 政(まつりごと)にも優れ文武を兼ね備えた将でございまする。
明智殿は手を天主の方へ向け我らを導く。
「さあ、御館様もお待ちしておりますので城内へどうぞ」
我らは明智殿の案内で安土城内へと入って行きました。
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