上 下
59 / 90
第十一章「信康切腹」

第五十八話「切腹」

しおりを挟む

遠江国 浜松城 二ノ丸

左衛門殿と話をした数日後、拙者は急遽家康公に呼ばれました。
応接の間にて軒先から庭を眺める家康公が拙者に話しかける。
「左衛門殿から聞いたぞ。信康の切腹について探っておるそうじゃな」
「・・・」
何も答えない拙者を余所に家康公は話を続ける。
「大方、七之助にでも頼まれたか?」
・・・全てお見通しと言う訳か。
「七之助は大分信康に傾倒しておったからな・・・信康の代わりに自分の首を信長殿に差し出せなど、よほどの覚悟がなければ言えぬわ」
こちらからは家康公の背中しか見えませんでしたが、その後ろ姿はどこか寂しげなものでございました。そんな中、拙者は意を決して家康公に問いかける。
「殿。殿は信康様の事を疎ましく思っておられたのですか?」
「そんな訳なかろう!」
顔だけこちらに向け強い口調でそう答える家康公。
「しかし、此度の件、親子の不仲が原因なのではないかとの噂もあります」
「親子の不仲など、我々だけの事でもなかろう。どこの家でも父と子はよう喧嘩をするものだ」
拙者は、ただ黙って家康公の話に耳を傾ける。
「ましてや、喧嘩が原因で親が子を殺そうなど考えるはずもなかろう」
そして、家康公は擦れるような声で静かに呟く。
「・・・儂も、信康の事は後悔しておる」
家康公の言葉に、拙者は思わず身を乗り出して尋ねる。
「では、何故!?」
「致し方ないのだ!・・・儂とて、辛かったのだ」
家康公の瞳に涙が浮かぶ。
「儂はな、半蔵。信康を守る為、織田と一戦交える覚悟であった」
「!」
家康公の突然の告白に、拙者は驚きのあまり声を失う。そんな拙者を余所に家康公は話を続ける。
「しかしな、あやつは信康は、そんな儂を諌(いさ)めた。今、織田と戦っても徳川に勝利はない、ここは自分の命で事が済むのであればそれでいい。そして、いつか必ずや父上が天下を取って下され、と・・・当の本人にそう言われてしまっては、儂はどうする事もできん」
そして、家康公は振り返り拙者の顔をまじまじと見詰める。
「のう、半蔵。儂は間違っておったのか?信康を殺さずに、織田と一戦交えるべきであったのだろうか?」
「・・・」
拙者は何も答えない。いや、答えられませんでした。家康公と、そして信康様お二人の間でこのような会話があったなど拙者は知る由もありませんでした。
家康公は、また庭の方を眺め独り言のように呟く。
「人の一生とは、わからぬものじゃ。儂は幼い頃に父を失った。そして、今はまさか自分の子を失う事になろうとは・・・儂は、不幸な男だ。いや、それとも儂が皆を不幸にしておるのか?」
「いえ、そんなことは・・・」
拙者が気を使おうとしたのを察したのか家康公はそれを制する。
「無理をせんでもよい」
拙者は思わず顔を俯ける。
「なあ、半蔵。自分の子を殺さねばならん状況においた儂は鬼なのであろうか?」
「・・・」
またしても拙者は何も答えられませんでした。その言葉から家康公自身が信康様を自害させねばならなかった事に自責の念を持っている事を十分に感じられたからでありまする。拙者が何とも言えない感情を抱いていると、家康公は先ほどまでの口調とは打って変わり力強い口調で言葉を発する。
「しかし、だからと言って我らはここで立ち止まる訳にはいかん。信康の為にも前に進まねばならんだ。あやつの想いを、願いを叶える為にも・・・故に、儂はもう迷わん。もうこれ以上、信康のような者を出さん為にも、この戦国の世を終わらせる。その為ならば、儂は鬼にもなろう」
その言葉から拙者は家康公の強い決意を感じました。
「半蔵よ」
名前を呼ばれ、拙者は顔を上げる。
「七之助に伝えよ。お主ももうこれ以上、信康に縛られる事はないと」
「・・・ははっ」
拙者は家康公に対し深々と頭を下げる。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

西涼女侠伝

水城洋臣
歴史・時代
無敵の剣術を会得した男装の女剣士。立ち塞がるは三国志に名を刻む猛将馬超  舞台は三國志のハイライトとも言える時代、建安年間。曹操に敗れ関中を追われた馬超率いる反乱軍が涼州を襲う。正史に残る涼州動乱を、官位無き在野の侠客たちの視点で描く武侠譚。  役人の娘でありながら剣の道を選んだ男装の麗人・趙英。  家族の仇を追っている騎馬民族の少年・呼狐澹。  ふらりと現れた目的の分からぬ胡散臭い道士・緑風子。  荒野で出会った在野の流れ者たちの視点から描く、錦馬超の実態とは……。  主に正史を参考としていますが、随所で意図的に演義要素も残しており、また武侠小説としてのテイストも強く、一見重そうに見えて雰囲気は割とライトです。  三國志好きな人ならニヤニヤ出来る要素は散らしてますが、世界観説明のノリで注釈も多めなので、知らなくても楽しめるかと思います(多分)  涼州動乱と言えば馬超と王異ですが、ゲームやサブカル系でこの2人が好きな人はご注意。何せ基本正史ベースだもんで、2人とも現代人の感覚としちゃアレでして……。

独裁者・武田信玄

いずもカリーシ
歴史・時代
歴史の本とは別の視点で武田信玄という人間を描きます! 平和な時代に、戦争の素人が娯楽[エンターテイメント]の一貫で歴史の本を書いたことで、歴史はただ暗記するだけの詰まらないものと化してしまいました。 『事実は小説よりも奇なり』 この言葉の通り、事実の方が好奇心をそそるものであるのに…… 歴史の本が単純で薄い内容であるせいで、フィクションの方が面白く、深い内容になっていることが残念でなりません。 過去の出来事ではありますが、独裁国家が民主国家を数で上回り、戦争が相次いで起こる『現代』だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。 【第壱章 独裁者への階段】 国を一つにできない弱く愚かな支配者は、必ず滅ぶのが戦国乱世の習い 【第弐章 川中島合戦】 戦争の勝利に必要な条件は第一に補給、第二に地形 【第参章 戦いの黒幕】 人の持つ欲を煽って争いの種を撒き、愚かな者を操って戦争へと発展させる武器商人 【第肆章 織田信長の愛娘】 人間の生きる価値は、誰かの役に立つ生き方のみにこそある 【最終章 西上作戦】 人々を一つにするには、敵が絶対に必要である この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。 (前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です)

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

近江の轍

藤瀬 慶久
歴史・時代
全ては楽市楽座から始まった――― 『経済は一流、政治は三流』と言われる日本 世界有数の経済大国の礎を築いた商人達 その戦いの歴史を描いた一大叙事詩 『皆の暮らしを豊かにしたい』 信長・秀吉・家康の天下取りの傍らで、理想を抱いて歩き出した男がいた その名は西川甚左衛門 彼が残した足跡は、現在(いま)の日本に一体何をもたらしたのか ※この小説は『小説家になろう』『カクヨム』『アルファポリス』で掲載しています

織田信長 -尾州払暁-

藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。 守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。 織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。 そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。 毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。 スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。 (2022.04.04) ※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。 ※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。

大罪人の娘・前編

いずもカリーシ
歴史・時代
世は戦国末期。織田信長の愛娘と同じ『目』を持つ、一人の女性がいました。 戦国乱世に終止符を打ち、およそ250年続く平和を達成したのは『誰』なのでしょうか? 織田信長? 豊臣秀吉? 徳川家康? それとも……? この小説は、良くも悪くも歴史の『裏側』で暗躍していた人々にスポットを当てた歴史小説です。 【前編(第壱章~第伍章)】 凛を中心とした女たちの闘いが開幕するまでの序章を描いています。 【後編(第陸章〜最終章)】 視点人物に玉(ガラシャ)と福(春日局)が加わります。 一人の女帝が江戸幕府を意のままに操り、ついに戦いの黒幕たちとの長き闘いが終焉を迎えます。 あのパックス・ロマーナにも匹敵した偉業は、どのようにして達成できたのでしょうか? (他、いずもカリーシで掲載しています)

九州のイチモツ 立花宗茂

三井 寿
歴史・時代
 豊臣秀吉が愛し、徳川家康が怖れた猛将“立花宗茂”。  義父“立花道雪”、父“高橋紹運”の凄まじい合戦と最期を目の当たりにし、男としての仁義を貫いた”立花宗茂“と“誾千代姫”との哀しい別れの物語です。  下剋上の戦国時代、九州では“大友・龍造寺・島津”三つ巴の戦いが続いている。  大友家を支えるのが、足が不自由にもかかわらず、輿に乗って戦い、37戦常勝無敗を誇った“九州一の勇将”立花道雪と高橋紹運である。立花道雪は1人娘の誾千代姫に家督を譲るが、勢力争いで凋落する大友宗麟を支える為に高橋紹運の跡継ぎ統虎(立花宗茂)を婿に迎えた。  女城主として育てられた誾千代姫と統虎は激しく反目しあうが、父立花道雪の死で2人は強く結ばれた。  だが、立花道雪の死を好機と捉えた島津家は、九州制覇を目指して出陣する。大友宗麟は豊臣秀吉に出陣を願ったが、島津軍は5万の大軍で筑前へ向かった。  その島津軍5万に挑んだのが、高橋紹運率いる岩屋城736名である。岩屋城に籠る高橋軍は14日間も島津軍を翻弄し、最期は全員が壮絶な討ち死にを遂げた。命を賭けた時間稼ぎにより、秀吉軍は筑前に到着し、立花宗茂と立花城を救った。  島津軍は撤退したが、立花宗茂は5万の島津軍を追撃し、筑前国領主としての意地を果たした。豊臣秀吉は立花宗茂の武勇を讃え、“九州之一物”と呼び、多くの大名の前で激賞した。その後、豊臣秀吉は九州征伐・天下統一へと突き進んでいく。  その後の朝鮮征伐、関ヶ原の合戦で“立花宗茂”は己の仁義と意地の為に戦うこととなる。    

戦国終わらず ~家康、夏の陣で討死~

川野遥
歴史・時代
長きに渡る戦国時代も大坂・夏の陣をもって終わりを告げる …はずだった。 まさかの大逆転、豊臣勢が真田の活躍もありまさかの逆襲で徳川家康と秀忠を討ち果たし、大坂の陣の勝者に。果たして彼らは新たな秩序を作ることができるのか? 敗北した徳川勢も何とか巻き返しを図ろうとするが、徳川に臣従したはずの大名達が新たな野心を抱き始める。 文治系藩主は頼りなし? 暴れん坊藩主がまさかの活躍? 参考情報一切なし、全てゼロから切り開く戦国ifストーリーが始まる。 更新は週5~6予定です。 ※ノベルアップ+とカクヨムにも掲載しています。

処理中です...