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第八章「三方ヶ原の戦い」
第四十話「井伊」
しおりを挟む慶長二十年五月 大坂
「三方ヶ原で惨敗を喫したその夜、我ら徳川軍は浜松城の北方にある犀ヶ崖(さいががけ)にて野営をしていた武田軍に夜襲をしかけ、武田信玄より『勝ちてもおそろしき敵かな』と言わしめました」
老将は話を続ける。
「この戦で亡くなった徳川の兵たちは数知れず、先ほど話に出た本多忠勝の叔父・本多忠真殿、それに夏目吉信殿、鳥居元忠殿の弟・鳥居忠広殿、その他多くの家臣が命を失いました」
若武者は、老将の話に興奮する傍(かたわ)ら冷や汗をかく。
「父上が生涯唯一の大敗北を喫した三方ヶ原・・・武田信玄、恐るべき男なり」
「ええ。しかし、その武田信玄も三方ヶ原の戦から四ヶ月後、信州駒場の地にて病のため亡くなりました。これにより、武田軍は甲斐へと退却して行ったのでございまする」
「盛者必衰か・・・」
若武者の呟きに応えるが如く、老将は話を繋げる。
「滅び行く者あらば栄える者あり・・・武田信玄の没後、天下の趨勢は一気に織田信長へと流れて行きました。元亀四年七月、織田信長は足利義昭を京都から追放。これにより、室町幕府は実質滅亡したと言って過言ではないでしょう。そして、その月の末、元号を元亀から天正へ改元すると、翌八月には朝倉、続けて九月には浅井を滅ぼし、反信長勢力を駆逐していったのでございまする」
「第六天魔王の本領発揮と言ったところか・・・」
若武者がそう感想を述べた直後、前方の陣より鬨(とき)の声が上がる。
「はっはっは、どこの軍勢も早う戦がしたくて堪(たま)らんようですな」
そう言って老将が鬨の声の上がった方に目を向けると、そこには旗指物から鎧まで全身赤色に染まった軍勢が布陣しておりました。
「赤備・・・井伊掃部守(かもんのかみ)の軍勢ですな」
「夜叉掃部か」
その直後、老将が突然はっと何かを思い出す。
「お、そうじゃそうじゃ。先ほど話に出てきた虎松というあの童、そろそろあやつの話もせんといかんですな」
「ん、遠州の地を汚させんと言ったあの童か?」
若武者の問いに、老将はにやりと笑う。
「あの童と再び出会うたのは、天正三年の事でございました・・・」
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