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第七章「姉川の戦い」
第二十八話「金ヶ崎」
しおりを挟む元亀元年春 越前国 金ヶ崎 徳川本陣
譜代の家臣たちが居並ぶ中、その知らせは意外な形でもたらされもうした。
「金ヶ崎城も落ち、残すは朝倉の本城・一乗谷(いちじょうだに)のみでございまするな~」
酒井左衛門尉(さえもんのじょう)殿が笑顔でそう述べると家康公も床几(しょうぎ)に座りながら笑顔で応える。
「うむ」
そこへ、使い番の武者が慌てた様子で本陣の中へと入って来る。
「失礼致します。織田信長様からの使者、いや使い、いや、えー・・・」
その武者の曖昧な態度に、左衛門殿は腹を立てる。
「なんじゃ、はっきりと言わんか」
その直後、小柄な武将が陣幕の中へと入って来もうした。
身の丈は五尺ほどで浅黒い肌に狭いおでこ、そしてうっすらとした口ひげ。口元には笑みを浮かべており、一見ひょうきんそうな印象を受けまするが、目だけは人を射るほど鋭い眼差しをしておりました。
「いや~三河殿、実は大変な事になりましての~」
その武将は、のんびりとした口調でそう言うとすたすたと家康公の前まで足を進める。
「木下殿・・・」
家康公が呟く。
この小柄な武将は、木下藤吉郎秀吉殿。そう、後の太閤・豊臣秀吉でございまする。この頃の秀吉殿は、まだ織田家配下の一武将に過ぎませなんだ。
しかし何故、武将自ら我らの陣までやってきたのであろうか?
家康公は質問する。
「はて木下殿、我が陣にまで来て一体何用でござる?」
秀吉殿は、鼻を擦りながら答える。
「え~っと、単刀直入に申しまする。近江の浅井長政が謀反を起こしもうした」
な!?
その場におる者全員が驚きの表情を浮かべる。
左衛門殿は、困惑した表情を浮かべながらも状況を整理すべく一人言葉を放つ。
「近江の浅井長政といえば、信長殿とは義兄弟。しかも謀反を起こしたとならば、現在金ヶ崎におる我らは・・・」
その言葉の続きを家康公が口にする。
「越前の朝倉と挟み撃ち」
「左様」
秀吉殿が冷静な表情でそう頷くと、家康公はさらに質問を投げかける。
「して、信長殿は?」
家康公の問いに、秀吉殿は苦笑いを浮かべながら答える。
「信長様は、すでに退却致しもうした」
「なんと!我らを残して、ご自身はすでに退却したと?」
左衛門殿の苛立ちに、秀吉殿は頭を下げる。
「いやはや、我らの御大将ながら申し訳にゃー」
そして、秀吉殿は真剣な表情で家康公に告げる。
「なので、三河殿も急ぎ退却を始めて下され」
「木下殿は如何致すおつもりか?」
家康公は秀吉殿に問う。
「某は、池田殿と共に織田の殿軍(しんがり)を務めまする。お互い無事生還できるよう頑張りましょうぞ」
そう言うと秀吉殿は、にやりと笑い陣の外へと出て行かれた。
静寂が辺りを包み込む。
皆、あまりにも急な知らせにどうしたらよいのかわかりませんでした。しかし、そんな中で一人真剣な表情の家康公がぽつりと呟く。
「・・・退却じゃ」
全員の視線が家康公に向けられた後、左衛門殿が大声を上げる。
「皆の者、退却じゃ!退却の準備を致せ!」
「ははっ」
左衛門殿の檄を聞いた末席の将たちが退却の準備をすべく慌ただしく動きだす。
家康公も床几(しょうぎ)から立ち上がり、諸将に向かい質問する。
「さて、退却とならば殿軍を誰に致そうか」
「拙者が参りまする」
いの一番で声を上げたのは、本多平八郎忠勝。
「否、某が行きまする」
続いて、榊原康政も声を上げる。
二人に続き、他の諸将たちも我も我もと声を上げていく。
「・・・うむ、如何(いかが)致すかな」
家康公が諸将の顔を見比べ選びかねておるので、拙者が堪らず大声を上げる。
「ならば、拙者が参りましょう!」
全員の視線が拙者に集まると、家康公はにやりと笑う。
「殿軍の名手『槍の半蔵』か。確かに、お主ならば他の者も異論はなかろう」
そう言うと家康公は、他の諸将の顔色を窺う。
皆、致し方無しといった表情でございました。
「よし、決まりじゃ。しかし、一人に任せる訳にもいかん、他にもう一・・・」
家康公の言葉が終わる直前、一人の武将が前に進み出た。
「ならば、某が」
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そして、家康公がその者の名を呼ぶ。
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四郎左と呼ばれたその武将・・・内藤四郎左衛門正成。何を隠そうこの方は、三河一向一揆の際、拙者の父・渡辺源五左衛門高綱を殺した張本人でございまする。
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