鬼を討つ〜徳川十六将・渡辺守綱記〜

八ケ代大輔

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第三章「三河一向一揆」

第十五話「一揆終結」

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「腹減った・・・」
馬頭原の戦いで捕らえられた拙者は、家康公に刃を向けたにも関わらず許され、一揆が終わるまでの間は牢獄で過ごす事と相成り申した。
どれくらい経ったであろうか・・・十日くらいまでは数えておったのだがな。
拙者は、格子にもたれかかり見張り番を呼ぶ。
「お~い、腹が減ったぞ~。飯はまだか~?」
拙者の言葉空しく、沈黙が辺りを包む。
ま、呼んで来た試しはないのだがな。
・・・しかし、今回は違った。
「ええい、うるさい少しは黙っておれ」
見張りの番がこちらに近づいて来る。
「お、珍しいの」
拙者が驚くのも束の間、見張り番は拙者の牢の鍵を開け中に入って来る。
「?」
拙者は状況を掴められないまま、見張り番の為すがまま手に縄を縛られる。
「出ろ」
「ん・・・もしや、一揆が終わったのか?」
見張り番は拙者の質問に答えない。
「いいから出ろと言っておる」
拙者は渋々、見張り番の指示に従い牢から出る。
ま、久々に外に出る訳じゃし良しとするか。
その後、拙者は見張り番に連れられるがまま屋敷の庭先へ出ると、そこには拙者の見知った顔がおりました。
「半の字!」
拙者は、思わずその者の名を呼ぶ。
「儂を助けに来てくれたのか?」
拙者の質問に、半之丞はぶっきら棒に答える。
「・・・いや」
半之丞の答えに拙者は苦笑いを浮かべる。
「はっきり言うな」
「いや、てっきり馬頭原の戦いで死んだものと思っておった」
「ま、色々訳あって今は獄につながれておる」
そう言って拙者は、手に括(くく)りつけられた縄を半之丞に見せる。
「して、儂を助けに来たでないとすると、お主は何しにここへ?」
「和睦交渉じゃ」
なるほど。
拙者は、半之丞に近づき耳元で囁(ささや)く。
「難しいかもしれんぞ・・・お殿様も譲れん想いがあるんだとさ」
「だとしても、こちらとて譲れんのじゃ」
半之丞は真剣な表情でそう答える。
その後、拙者は半之丞から和議の経緯を聞かされました。
馬頭原の敗戦から約一ヶ月。勢いを完全に失った一揆側に、もはや勝利の可能性はなく、このまま戦が長引けば無駄に死人が増え続けるだけ。そう思った半之丞は、和議を結ぶため三つの和睦条件を考えました。それは・・・
一、 一揆参加者の赦免。
二、 一揆張本人の助命。
三、 寺を元のように立て置かれる事。
この条件が受け入れられるのならば、各地の一揆勢を説得し戦を止めることができる。しかし、一つでも受け入れられないのであらば、各地の一揆勢も納得はせず和議は成立しないであろう・・・これが、半之丞の見解でありました。
半之丞は自分の妻が大久保家の人間ということもあり、大久保忠世殿の弟・忠佐(ただすけ)を仲介として家康公との和睦交渉の申し入れを行ったという次第でございまする。
「しかし、向こうもよう話し合いに応じたものじゃな」
拙者の言葉に、半之丞は切ない表情を浮かべる。
「向こうも想いは同じ・・・儂はそう思いたい」
もう仲間同士で戦いたくはない、か。
拙者が半之丞から視線を屋敷の方へ移すと、丁度入り口から数名の武将が現れました。大久保忠世殿をはじめとする大久保の一党に加え・・・松平家康公。
拙者たちが跪(ひざまず)くと、家康公はゆっくりと口を開く。
「蜂屋半之丞。和睦の条件、しかと確認致した」
半之丞は顔上げて問いかける。
「して、ご返答は?」
「・・・一と三に関しては認めよう。しかし、第二の『一揆張本人の助命』だけは認められん」
殿の言葉を聞くや否や半之丞は額を地面に押し付け大声で叫んだ。
「殿、お願い致しまする!この条件を受け入れていただければ、他の皆を説得することができまする。どうか、殿のお慈悲をもってお赦し下さりませ!」
そんな半之丞を家康公は憐れみの表情で見詰める。
「此度の一揆で儂も多くの家臣を失った。その者たちのことを考えると、な」
家康公はしばし目を伏せた後、今度は突如拙者の方に目を向ける。
「して、お主はどう思った?渡辺半蔵」
思いがけない質問に拙者は目を丸くする。
「お主の考えも聞きとうて、この場に呼んだのじゃ」
家康公は、じっと拙者を見詰める。
「民のために戦うと言うたお主は、どう考える?」
家康公の質問に、拙者はゆっくりと口を開く。
「和議を結べないとなるとつまり・・・まだ戦い合うということでござるか?」
言葉と共に放った拙者の異様な空気を隣におった半之丞はいち早く察する。
「おい、半蔵?・・・ぐっ」
拙者は、半之丞の腰に差してあった脇差を抜き放ち家康公に向ける。
ざわめく一同。大久保の一党が家康公の周りを固める。
「おい、半蔵。阿呆な真似はよせ!」
半之丞が拙者の腕を掴もうとするも、拙者は容赦なく半之丞を蹴り飛ばす。
「ぐっ!」
尻餅をつき倒れる半之丞。
拙者は、半之丞には目もくれず淡々と家康公に話しかける。
「馬頭原での拙者の言葉をお忘れなく。拙者は、民のためならばいつでも貴殿を討ちまする」
拙者の行為をただただじっと見詰める家康公。周囲の者たちは、拙者の言葉に反応しそれぞれ刀に手をかけるが、その行為を一人の老将が止める。
「まあ、待たれよ」
白髭に白髪の老将。大久保党の長老にして、半之丞の義父でもある大久保常源殿でございまする。常源殿は落ち着いた口調で殿に語りかける。
「殿、我ら大久保党はこの戦で多くの血を流しました。ここに控える忠世、忠勝も片目を失いもうした。ですが、私からもお願い致しまする。我らの犠牲に免じて、どうかこの者たちの願いをお聞き下さりませ。苦しみや悲しみもございましょうが、ここは御手を広くさせ給(たま)いて後の事をお考えになり、赦しを請うた者をお赦し下さりませ。慈悲深い寛大な御心こそ、民を導く君主の器」
常源殿の言葉を聞き、家康公はぽつりと呟く。
「民のため・・・そして手を広く、か」
家康公はゆっくりと瞼(まぶた)を閉じる。
そして、しばしの静寂の後、家康公の口が開かれる。
「・・・あい分かった、赦そう」
「ま、誠にございますか!?」
嬉々とした半之丞の問いに家康公は頷く。
「ありがとうございまする!」
深々と頭を下げる半之丞。拙者も家康公のお言葉を聞き、安堵の表情を浮かべ持っていた脇差を手放す。音を立て地面に転がる脇差。
その直後、一人の武者が拙者に殴りかかってきた。
「きっさまぁ~!」
拳を顔面に食らい何とかその場に踏み留まるも、拙者の口からは血が流れる。
拙者に殴りかかってきた武者・・・大久保治右衛門忠佐(ただすけ)。忠世殿の弟で、この者も蟹江七本槍の一人でございまする。拙者よりも五つ年上ですが、どうも昔からこの者とは反りが合いませんでした。
「馬頭原といい今回といい、何度も殿に刃を向けるとは・・・死ぬ覚悟はできとるんじゃろうな!?」
治右衛門はそう言ってこちらを睨みつける。
一方の拙者も口に溜まった血を吐き出し治右衛門を睨み返す。
「殿の前だからってかっこつけとんのか?戦場ではすぐに逃げ出したくせに」
拙者は、一月前の上和田での出来事を蒸し返す。
すると、治右衛門はさらに激昂する。
「あの時は多勢に無勢であっただろうが!儂は退くべき時に退いただけじゃ!」
治右衛門は凄まじい剣幕で拙者の胸倉を掴み、さらに殴り掛かろうとするが常源殿がその行為を制止する。
「治右衛門、無用な争いをするではない」
「しかし!」
さらに家康公からも咎(とが)められる。
「治右衛門殿、もう止めい」
そこでようやく治右衛門は拙者から手を離す。
「・・・渡辺半蔵、覚えておけよ!」
治右衛門が納得のいかない表情を浮かべながらその場を離れると、家康公が拙者に声をかける。
「大丈夫か、半蔵?」
拙者は跪(ひざまず)く。家康公は拙者と半之丞の前までやって来ると、しゃがみ込み拙者たちに話しかける。
「半蔵、そして半之丞。急ぎ二人で、各地の一向宗徒たちを説得に参ってくれ」
「ははっ!」
拙者と半之丞は頭を下げる。
「儂の思い描く泰平の世と、お主らの思う極楽浄土は違うものかもしれぬ・・・しかし、同じになるよう儂も努力致す」
その言葉を聞き、涙を流す半之丞。
「ありがたき、お言葉でございまする」
そして、家康公は立ち上がり空を見上げてぽつりと呟く。
「民のため・・・そして、手を広く」

その後、永禄七年二月二十八日、上和田浄珠院において和議の起請文(きしょうもん)が交わされました。これにより、半年間に及んだ三河一向一揆は終結致しました。
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