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第三章「三河一向一揆」

第十三話「勝鬘寺」

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三河国 針崎 勝鬘寺(しょうまんじ)

「だから逃げろと言うたんじゃ!」
勝鬘寺に着くや否や半之丞が大声で叫んだ。
針崎、勝鬘寺・・・野寺の本證寺(ほんしょうじ)、佐々木の上宮寺と並び三河における浄土真宗の拠点で、三カ所を合わせて三河三ヶ寺と呼ばれておりまする。拙者をはじめとした渡辺の一党、そして蜂屋半之丞もこちらに拠っておりました。
拙者は本堂の入り口で、まだ体に矢が刺さった状態の父、源五左衛門を肩から下ろして横に寝かす。半之丞は、その様子をじっと見詰めながら語りかける。
「殿の周りにおる者たちは皆、殿を守るためならなんでもする。例え儂らが昔仲間であったとて容赦はせん」
「わかっておるわ、そんなこと!」
拙者が苛立ち声を荒らげる一方で、仰向けになった父は落ち着いた様子で下から半之丞に声をかける。
「ま、自業自得だ。許してくれ半之丞」
「源五左衛門殿・・・」
半之丞が父に目を向けるも父と目が合うことはありませなんだ。なぜなら、父は虚空を見詰めておりました・・・どうやら焦点が定まっていない様子。
「おい、守綱」
突如、自分の名前を呼ぶ父に対し拙者は膝をつき父の手を握る。
「おう」
「・・・お前はなぜ、一揆側についた?」
思いがけない質問に拙者は口籠(ごも)る。
「なぜって・・・」
「本多平八や石川日向、石川伯耆。仏や家族よりも主君を取った者も多くおる。そんな中で、お前は何故こちら側におる?」
拙者は黙り込む。
拙者は何故、父がそんな質問をするのか皆目見当もつきませなんだ。
黙り込む拙者に対し父はいくつか答えを例示する。
「家族の為か仲間の為か、それとも仏の為か?」
しかし、どれを当てはめてみても拙者にはしっくりとこない。
「いや・・・」
「では、何の為だ?」
父は虚空を見詰めながらさらに追及する。
「・・・うまく、言葉に表せん」
拙者の曖昧な返事に父は優しい口調で諭す。
「答えはすでにあるはずじゃ。だからお前はここにおる。もっと自分の心に問いかけろ。何の意志もなく、ただ流されるまま闇雲に戦おうては戦場で犬死にするだけじゃ。何の為に戦い、そして何の為に死するのか。よう考えい」
そして、父は顔をこちらの方に傾けにやりと笑う。
「守綱・・・強うなれよ」
そう言って父はゆっくりと瞼(まぶた)を閉じる・・・その後、その瞳が再び開く事はありませなんだ。
・・・親父。
静寂が辺りを包み込む。
すると、そこへ本堂から一人の若武者が現れる。
「・・・ち、父上?」
その若武者は、倒れている源五左衛門に向かってそう呟く。
「・・・半十郎」
拙者は、その若武者の名前を呼ぶ。
渡辺半十郎政綱。拙者と一歳違いの実弟でございまする。
「父上ぇぇー!」
大声を上げて父・源五左衛門の胸に飛びつく半十郎。
「父上、父上ぇぇー!」
半十郎の瞳には大粒の涙が浮かんでおりました。
拙者は、その光景をしばし見詰めた後、ゆっくりと腰を上げる。
「半蔵?」
その態度に異変を感じたのか、半之丞が拙者の名前を呼ぶ。
しかし、拙者は目を合わせずただただ真っ直ぐ前を見詰める。
「・・・殿と刺し違えて来る」
拙者の言葉に半之丞は慌てる。
「な、何を馬鹿な事を!怒りに任せて無茶をするでない!」
半之丞に続くように、突如本堂の奥からも声が聞こえてくる。
「確かに。殿と刺し違えるなど、阿呆の考えることじゃ」
本堂の奥から一人の男が現れる。痩せこけた顔に鋭い眼差(まなざし)、拙者はその者の顔を見て驚く。
「弥八・・・なぜ、お主がここにおる?」
拙者の質問に、その男は平然と答える。
「様子を見に来た」
「様子って・・・上野城はどうなっておるんじゃ?」
弥八は、こちらの方を見向きもせず草鞋(わらじ)を履きながら答える。
「酒井将監(しょうげん)はもう終わりじゃ。あの者は今、自分のことしか考えていない」
酒井将監(しょうげん)忠尚(ただなお)・・・上野城の城主で浄土真宗ではありませんが一揆側に味方し、家康公に反旗を翻(ひるがえ)した方でございます。この方の元には、弥八以外にも榊原康政の兄・清政や鳥居元忠殿の弟・忠広などもおりました。ちなみに、この酒井将監殿と酒井左衛門尉(さえもんのじょう)忠次殿は縁戚関係にありまする。
弥八は草鞋を履き終えて立ち上がると、父・源五左衛門を見ながら拙者にこう告げる。
「お主も過去ではなく先を見て行動せい」
「何じゃと!」
拙者は声を荒らげ弥八に詰め寄ろうとするも、半之丞が片手でそれを抑える。
「して、酒井将監殿を見捨ててお主は如何(いかが)致す?」
弥八は源五左衛門から視線を外し本堂の外を眺める。
「・・・三河を離れる」
その言葉に驚きの表情を見せる半之丞に対し拙者は弥八を睨みつける。
「逃げるのか?」
拙者の嫌みに弥八は表情を変えることなく冷静に答える。
「そう捉えてもらって結構」
そして、弥八が足を進めようとすると半之丞がそれを止める。
「待て、弥八郎!儂は今、和議を結ぼうと考えておる。和議が結ばれれば三河を離れる必要もないじゃろ?」
和議?
意外な言葉に驚く拙者に対し弥八は立ち止まったまま顔だけこちらへと向ける。
「・・・さすが蜂屋半之丞、どこぞの阿呆とは考えが違うな」
・・・儂のことか?
拙者はむっとするが、そこはぐっと堪(こら)える。
「しかし、例え和議が成立し帰参を許されたとて儂は戻るつもりはない」
「何故じゃ?」
半之丞が尋ねると弥八は顔を背ける。
「殿に・・・合わせる顔がないからな」
そう言うと弥八は、ゆっくりと本堂の外へと出て行った。
弥八の後ろ姿を眺めながら拙者は半之丞に尋ねる。
「和議を、結ぶじゃと?」
「・・・ああ」
半之丞は、ゆっくりと頷く。
「うまくいくのか?」
拙者の質問に半之丞は前を向いたまま答える。
「わからん。しかし、儂はもう嫌なんじゃ。仲間同士が戦い合い、そして死んでいくのが・・・」
拙者は父の方に目を向ける。そこには、未だ父の遺骸に対し泣きついておる弟・半十郎の姿がありもうした。拙者は半之丞に問いかける。
「もし・・・和議がうまくいかんかったら?」
「その時は・・・仏のため、最後まで戦うのみ」
死ぬ覚悟か。
拙者は、半之丞の瞳を見てそう思いました。
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