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夏のイベント

イベント当日の朝

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 お迎えをしてくれるんなら、駅で本当に良かったのに、彼は自分の家の駐車場の方が近いという理由だけで私をそこから乗せてくれた。
「ねえ、富塚君」
「何? シートベルトしてない?」
「いや、違う。車の中で何か話した? って言われたら、仕事の事の注意しかしてないって言って」
「梅沢さんに?」
「そう」
 言われる前にやらなきゃ。
「あと、帰りも。仕事の事の注意しかしてないって言って。きっと声小さくなっちゃうから……今よりも」
「そのくらい緊張するってこと?」
「そう……」
 また暴飲暴食になりそうだ、今晩……。
「ねえ、富塚君。私、帰りコンビニ行きたい……」
「うん、良いよ。明日、ちゃんと会社来いよ?」
「何でそれを今言うの?」
「日下がとても辛そうだから、沈んでる心」
「そりゃあね……イベントって人とのふれあいじゃん? 私に向いてない。課長が選んだ人選、私以外は間違ってないよ」
「そう言うもんじゃないよ。梅沢さんは客引きだし、井村はこういう時しか使えないし、日下……」
「何?」
 自分の顔を自然と富塚君の方に向けたら、何か二週間くらい富塚君の顔まともに見てなかったな……って思った。
 いや、事実だ。
「キスしたい」
「ハァっ?!」
「それくらいの気持ちで今、居るんだけど」
「何で、そんな気持ちなの!」
 ……恥ずかしくなる。何で、こういう状況で。窓の外をすぐに見てしまうよ! 顔を赤らめる自分が見えてしまう。
 恥ずかしいな……もう!
「だって、仕事になったら俺、日下さんにしか触れ合えないから、だから」
「別に『日下さん』だって、私なんだから良いじゃん」
「いや、違う。絶対違う。俺のこと怖がってる日下さんに会いたくないんだ。自分がそうしてるの知ってるけど」
「めちゃくちゃ。富塚君の方、もう見たくない」
「見てよ! 俺、運転してなかったら、すぐに日下を抱いて勇気付けたいんだから!!」
「じゃあ、その為のキスなの?」
 ……そう……と彼は小さく、本当に小さく言った。
 じゃあ、昨日してくれれば良かったのに。
 こんな日曜の朝に言うことじゃない。
 そもそもどこでしようと思ってるんだ? この男は。
「もうすぐ二十九歳も終わりだし、しときたい……」
「それを仕事前に言って来る富塚君のメンタルがすご過ぎる、ねえ、そこ停まって。自販機の所、停まれるでしょ? 今。車来てないし、人も居ない」
「ああ……、のどでも乾いた?」
「うん、乾いたのは気持ちの方」
 シートベルト、スルッて外れた。
 でも、富塚君はシートベルトしたまま。
 これじゃあ、出来ない。
「ねえ、富塚君もシートベルト外して」
「え?」
「したいの……。私も。勇気、ちょうだい……」
 何かを言われることなく、じーっと見られてる。
 それが顔を背けながら言った私にも分かった。
「はい……」
 彼の声が聞こえる前に何かをしてくれそうなのが伝わったから、向いていた。
「うん……軽め……」
 良いよ……でもなく、目から顔を背けそうな私の口に彼はしてくれた。
 自動販売機で買って来たジュースでも渡すみたいに。
 簡単に。
「日下……もっとしたくなった」
 え?
「仕事前だからダメ……」
「でも、したい。車来てないし、良いでしょ?」
「目的地、まだだよ? 大丈夫?」
「平気、混んでないし。こんな夏休み始まったばかりの朝にしちゃいけないのは分かってるけど」
「学生ですか? あなたは」
 そう言っても彼は止めてくれなかった。けっこう深めのやつだ、今度は。
 求められるからしてるだけで、こんなに冷静にそれを受け止めている自分が居て、でも、それを富塚君はとろけそうな私に見えたんだろうか……。
「日下……、頑張れよ……」
「うん……」
 何て言うか、唇を離れた瞬間に言われることではないと思った。
 怖かったんだ、私。
 あの梅沢さんに会う前に勝てるモノが欲しくて、それで富塚君としちゃっただけ。
 弱い今の自分を守る為だけに富塚君の好意を利用して、平気でして来る富塚君はそれを気付いていそうだった。
 だから、し終わった後、また車を運転し出した富塚君が「日下ってさ、女でも怖い人がいるんでしょ?」なんて聞いて来たんだ。
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