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夏のイベント

背後から

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 七月になって数日が過ぎた頃、アー!!! と叫んだ私の隣の席の井村君。
「どうしたの!?」
 と相楽さんが慌てて訊く。
 周りの人達も何だ何だ? と井村君を見る。
「パソコンがパーになりました! 停電もしてないのに」
 それはパソコンがぶっ壊れたということで、どうしてそうなったのかという原因解明とデータ! という悲鳴。
 課長はタバコを吸っていたせいで遅れてやって来て、話を聞いたうえで今、使えるパソコン……と眼だけで探す。
 その目がこちらの方で止まった気がする。
 いや、こっちは見ないで! どう考えても私! データ保存出来てないって言ってたし、奈雲さんの送別会のせいでやり出したの三日前ぐらいからって言ってたし、きっと富塚君の家で見せてもらったデータの状態に近いままのはず……。
 それを残業でやるとなると帰るの何時ですか? これを完成させる日って今週中でしょ? なんてこった!! 今日が火曜日で……。
「日下さん」
「はいっ」
 課長に名前を呼ばれてしまった。
 あーあ……、結局、私ですか……。
 残業をするのは良いのだ。時給高くなるし、給料増えるから。
 でも、何で富塚君まで残ってるの? もう皆帰ちゃったのに……何も言って来ないで、またスマホのゲームでもしてるのだろうか。
 カチカチとキーボードの音が響く。
 夜も二十二時近く。
 これをここにやって、もうちょっと見やすく画像を広げて……字ももっと大きくするかな……、色、何色?
「富塚……さん……」
 少し、迷ってしまった。別にもう『富塚君』でも良いんだろうけど、何となく。
「色指定ってあります?」
「ん?」
 富塚君がそう言って、こちらを見た。
 その目は何かぼーっとしてる。どうしたんだろう……、そう思いつつ、こちらに来てくれた富塚君が少し悩んだ挙句、その他の色から微妙な黄緑色を選び、一回それ印刷してみて……と言って来た。
 まあ、エクセル上の色と印刷した時の色って違う時あるし、そういう確認でかな? でも、カラーとなるとコピー機からなんだよね……。少し離れたコピー機まで歩くのが面倒だ。
 それでも歩いてコピー機まで行き、印刷されて出て来た紙を見る。
 何か色、若干違うなぁ……。
 後ろで待つ富塚君を呼ぼうとしたら、突然、ぐっと後ろから富塚君に抱かれてしまったぁ!
「日下……」
「ナ?! 富塚君?!」
 自然と抱けた位置に彼の手があり、声は良い感じに近くにある。
 印刷した紙が一瞬でぐしゃっとなる。
 二の腕がもう、動かせない。
「何して……!」
 私を触りたいと彼の顔がすりすり近付いて来そうに感じる。
「ちょ……! 甘えたさん?!」
「違う、日下は俺が取られるとか思ってないの? 一時《いっとき》の過ちとかさ……」
 そう言われても……困る。
「それって……、あの、梅沢さんと荒戸さんのこと?」
「そう」
 顔に近付いて来ていたすりすりが止まった。
 それだけ彼は真面目に訊いている。
 あの日の送別会の後からお酒の入った彼女達の出来事なんて一回も話してなかったのに。
 避けていたのに、私……。
「富塚君を信じてるから。もし、そういう一時の過ちがあったら、すぐにこちらからさようならするから……、心配しないで」
 何とか、冷静に言えた気がする。
 彼はそう言ってから何も言わなくなった。
 ダメな回答だったかな……? なんて、思っていたら。
「日下って、すごいな……」
「はい?」
「何か、すごいわ。すごくてずるい。俺に全部を押し付けるんだ」
「そうじゃない! そうじゃないよ……、けど、そうなるってことは、富塚君のせいでしょ?」
「関係ない……からね。日下ってさ、井村と話してる方が本当は気が楽でしょ?」
「え?」
 富塚君の顔が見たくて見てしまった。けど、ちゃんとは見えない。それくらい近くにあって。
「見てて分かる。俺に話し掛けるより緊張してない。しまったなって思うよ。けどさ、無理なんだよ。どうにも出来ないんだ、日下のこと、こういう時にしか触れないし、きっと欲しいって思ってても俺は優しくできない。仕事中の井村が羨ましい」
「何言ってんの? 富塚君はそれ以外の時は優しいよ? 富塚君の立場があるって分かってるし、踏み込んじゃいけないって分かってる。だから、あの時だって私が勝ってます! って言えなかったわけだし……」
「勝ってるって?」
「富塚君が好きなのは私だって」
「え? そう思ってたの? あの時……」
「いや、好きは言い過ぎかも……。お気に入り? それに近い存在だって……」
 それも言い過ぎか……。
 何と言えば良いのだろう……。上手く言う言葉が見つからない。
「本当、日下はずるいな……、そんでもってすごいやばい……」
「何がですか? この状況でそう言って来る富塚君の方がヤバイでしょ? 何でずっと抱き付いてんの? 離れてよ!」
「好きって言った……」
「から、何なんですか? 好きはいろいろあるんですよ? それが恋人の好きだとは限らないし」
「そうだな……日下への思いはそれを超えてるかも……。まだ自覚はしてないんだけども」
「え! や、やっぱり、そうだ……。一度もそういう風に『好き』って言われてない。きっとこれからもそうだろうなって思ってたよ? やっぱ、ダメなの? 富塚君の中にはまだ前の彼女さんとの事、乗り越えられないの?!」
「そうだよ、ずっとそう……。日下とキスはできてもそれ以上をしたいと思っても、どうにもならないことがある」
「それ、なくさせるために私はどのくらい頑張らなきゃいけないの? 頑張る為に富塚君に近付いて、傷付けさせたくない。私……」
 キスされるかと思ったのにされなかった。その代わり、ちゃんと富塚君の顔が見えるようになった。
「日下、俺、メチャクチャにしたいんだ。自分を、もっと」
「は?」
「付き合ってくれる?」
「え? 何をメチャクチャにされるんですか? 自傷行為は止めた方が良いですよ?」
「そういうメチャクチャじゃなくて、心の方、なんだけど」
「こころ?」
「そう、今の日下をちゃんと見れるように自分の位置動かしたみたいにさ、もっとちゃんとそのままじゃなくて、見なきゃなって」
「それって、嫌な事から逃げないってこと? 逃げても良いのに。富塚君は頑張り屋さんだね」
「日下に言われたくない。俺、頑張るとかしないし」
「じゃあ、どうするの?」
「日下ともっと触れ合って仲良くなって、忘れたい。人に触れ合うことでしか、これは消えないことだから」
「何か上手いこと言えた! っていう顔、してるけど全然だからね? それを理由に何か企んでますよね?」
「日下って辛口だよな」
「富塚君は甘いの嫌いでしょ? だから、ちょうど良いんですぅ!!」
 戯れはほどほどにして欲しい。彼はそれから辛口な日々を私に共有させて行った。
 イベント早く終われ! そうすれば、仕事の鬼と化した富塚君から解放され、楽しそうな夏休みが近付くのだから。
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