3 / 32
戯れ始まり
昼の話
しおりを挟む
実家に帰るとすぐに高校のアルバムを探し、中を見た。
これだ! 富塚梧豊。
茶髪にしちゃったりして問題だらけの教室の支配者グループに属していた人だった。
「良い笑顔……」
まあ、髪が黒髪なのは今もだし、この頃より落ち着いた短髪となって、身長はほんの少しだけ伸びたのかもしれないが、体格が良い。この頃から標準体型を維持してるのか……。すごいなぁ……、顔ちょっと老けたかな……、お茶関係の仕事してるせいかは分からないけど、ひげなかったもんなぁ……。この頃もないけど。
もし、仲良くなったら立派な社会人になったんだね! と言ってあげたい。
それにしてもそうかぁ……記憶にないわけだ。
そんなグループに目を付けられないようにずっとこっちは目を伏せていたわけだし。
ご飯食べるかぁ……、やっと家でいつも着ている楽な服に着替え、母が作ってくれた夕飯をリビングで食べ出す。
「ねえ、あんた今、何の仕事してるの? 帰りいつもこのくらい?」
「そう、大体十八時半に終わるから十九時には家に居ると思う」
「で、あんたは何の仕事してるの?」
「お茶関係の事務」
それ以上のことを言われても完全に無視した。
家を出られている方が素晴らしいとか私には関係ない。
四十歳ぐらいになったら考えよう……。
私はさっさとお風呂に入り、寝た。
四月の朝は何だかどよん……としている。
それは新しい仕事になったばかりだからか、気温がそうさせるのか。以前やっていた他の派遣での事務仕事の時にも着ていたオフィスカジュアルの服で今日も行く。パンツスタイル最高! と母が頼んでもないのに作ってくれた弁当を持って駅に行く。
次の次の駅で降りて、十五分くらい歩く。派遣は朝が遅いから正社員である富塚さんに出会うことはない。
お昼休憩に入り、急に隣の席の相楽さんに言われた。
「日下さんって何で来てるの?」
「電車と歩きです」
弁当を自分の机の上に出しながら答える。
「そう、じゃあ、帰り、富塚君と一緒の電車?」
「はい、たぶん……あの、富塚さんって定時帰りで残業しないじゃないですか、給料とかどうなってるんですかね?」
「ああ、でも、うちの会社、普通じゃないからね。社長とその奥さんが一から始めてここまで大きくしたっていうのがあって、正社員も残業しない方がボーナスいっぱいあったりするんだってよ、社員旅行もあったりして……まあ、派遣の私逹には関係ないわよ! 契約の梅沢さんとか工場で働くパートさん達ぐらいかしらね、関係あるの」
もちろん、その通りだと思う。
富塚さんは課長達とお昼食べに外に行ってしまったし、私は派遣という立場もあって電話番待機していた。しなくても良いんだろうけど、何となく相楽さんもしてるし……でだったが。
相楽さんと一緒にあれこれ話しながら時を過ごし、帰りの時間。
今日もそそくさとお先に失礼します……と言って会社を出て、駅のホームに向かう。
まだ来てない。
やっぱり、あれは嘘だったのではないか? と思いながらスマホを弄り、電車を待っていると横から声が掛かった。
「お疲れ」
「お疲れ様です」
何となく、富塚さんの声、弾んでる。もう帰れるからかな? と思っていると富塚さんが聞いて来た。
「会社には慣れた?」
もう初日から数日は経っていたし、失敗は続いているものの、何となくは理解して来たと思う。
「まあ、ぼちぼち」
「そうかぁ、それで? 俺の呼び方決まった?」
「え?」
また急な展開に驚く。
「だって、会社で俺のこと『富塚さん』って呼んでるでしょ? まあ、俺も『日下さん』って呼んでるけど。こういう時くらい違う風にさ、呼びたいじゃん?」
「え? そうですかね?」
黙りたい、もう何でこういう時だけ誰も来ないの!
「俺はこの時間だけ『日下』って呼ぶから、日下は……」
「富塚君! 富塚君って呼ぶから! 良いでしょう?」
変な呼び方にされる前に決定させなければと焦った結果がこれだった。
「高校の頃っぽい呼び名だね、それ」
「え? 高校の時って富塚君、トミィって呼ばれてなかった?」
「あー、呼ばれてた。ま、それは今もなんだけどね。で、俺の話、相楽さんとしてた?」
「え? 何で」
「梅沢さんが教えてくれた。俺の給料心配してたって」
あー、梅沢さん確かあの時、私の後ろの席でお茶飲んでのんびりしてたから聞いてないと思ってたのに聞いてたのか……、富塚君狙ってると相楽さんも言ってた気がするし。
「社会人としてちょっと気になって……」
「へー、でも、俺、ゲームで課金ぐらいしかお金最近使ってないから、まあ、独り身だし、何とかなってるよ? 心配してくれなくても」
「あー、それはすみませんでした」
謝るしかない、この場合。
「富塚君はいつも電車なの?」
「そう、車の免許証はいつも持ってるよ。会社の車、運転しないといけない時もあるから。車はちゃんとマンションにあるんだけどね、何となく自分で運転して行きたくなくて、こうやって通勤してる。その方が歩けたりして健康的かな? って、何となく思い始めてだけど……。まあ、仕事以外の時は良く使ってるからね、日下は?」
「ペーパードライバーだから。富塚君ってマンション暮らしなんだ……」
「一人でね、実家近くの1Kに住んでる。日下は……実家暮らし?」
「そう。たぶんずっとそうだと思う。派遣だし」
「ふーん、こんな田舎の方じゃ嫌でしょ? 通勤とか」
「でも、やっと決まった所だし」
「日下の家ってどこ?」
「高校の近く」
「へー、あそこ……、割かし駅に近いか……」
「うん、そういえば、富塚君、結婚とか子供考えられないって言ってたよね? 何で?」
「……」
黙りそうだったけど、話してくれた。
「それは、前の彼女がさ、ヤバイ考え持ってて、言われちゃったんだよね……。結婚しても良いけど、そのうち子供ができたら離婚してって。母子家庭の方がいろいろと楽で平和で良いって。普通に夫婦として子供育てる方が大変だからって。今の世の中に合った生き方をしなきゃって。合理的というかさ、あとこうも言われた。別に嫌いになって別れたわけじゃないから子供と会って遊ぶとかオッケーだし、養育費とかはもらうけどねって」
うわ……からハアァ?! となってしまったのが顔に素直に出てしまったのだろう。それを見た富塚君は頷いていた。
「うん、そうだよね、そういう顔にもなる。じゃあ、男の俺って何の為にいるのか……分からなくなって、そんなのに使うなら自分の趣味の為に使おうと思って使ってる」
「それがゲームの課金……」
「他にもあるけどね。本読む為とかさ……、美味しいご飯食べるのとかね。俺の周り、皆、子持ちだけどさ……。そんな事あって、俺は結婚しないって決めたんだ。トラウマかな? これ」
「相当ひどいよね? それ」
「でも、何でそんなこと聞いたの?」
「え、社会人としてちょっと……」
他に話題ないし……とも言えず。
「ふーん、まあ良いんだけどね。隠すことでもないし、言っちゃいそうだったし、自分から」
「へー、そういう話だったんだ、これ」
「歩き? 駅から家まで」
「そう」
「俺、自転車だから。すぐ家着いちゃうんだけどさ」
「何?」
何かしようとしてるの……気付いてしまった。
「連絡先、交換しよう……別にこれで同窓会来いとか言わないし、勤務先の人としてでも良いし、俺的に日下の連絡先を知りたい」
「ズバッと言うね……」
「困った?」
「ううん、良いよ。別にこれでどうのってないし。嫌だったらひっそりと連絡できないようにしとくし」
「それもひどい話だよね……」
ふふふっ……なんて笑ってスマホを開いたけど。断り切れそうになくて連絡先を交換しただけだ、こちらとしては。それでも富塚君は上機嫌で。
「これでメールできるようになったし、電話だけじゃない世の中で良かったね」
「何か、そんなのがあの富塚君の口から出るとは思わなかったよ、立派な社会人になったんだね、私と違って」
そこまで話して電車が来た。彼はいつかの時と同じようにして電車に乗り、スマホを弄り出したから、私も同じようにスマホを弄り、降りる駅に着くのを待った。
これだ! 富塚梧豊。
茶髪にしちゃったりして問題だらけの教室の支配者グループに属していた人だった。
「良い笑顔……」
まあ、髪が黒髪なのは今もだし、この頃より落ち着いた短髪となって、身長はほんの少しだけ伸びたのかもしれないが、体格が良い。この頃から標準体型を維持してるのか……。すごいなぁ……、顔ちょっと老けたかな……、お茶関係の仕事してるせいかは分からないけど、ひげなかったもんなぁ……。この頃もないけど。
もし、仲良くなったら立派な社会人になったんだね! と言ってあげたい。
それにしてもそうかぁ……記憶にないわけだ。
そんなグループに目を付けられないようにずっとこっちは目を伏せていたわけだし。
ご飯食べるかぁ……、やっと家でいつも着ている楽な服に着替え、母が作ってくれた夕飯をリビングで食べ出す。
「ねえ、あんた今、何の仕事してるの? 帰りいつもこのくらい?」
「そう、大体十八時半に終わるから十九時には家に居ると思う」
「で、あんたは何の仕事してるの?」
「お茶関係の事務」
それ以上のことを言われても完全に無視した。
家を出られている方が素晴らしいとか私には関係ない。
四十歳ぐらいになったら考えよう……。
私はさっさとお風呂に入り、寝た。
四月の朝は何だかどよん……としている。
それは新しい仕事になったばかりだからか、気温がそうさせるのか。以前やっていた他の派遣での事務仕事の時にも着ていたオフィスカジュアルの服で今日も行く。パンツスタイル最高! と母が頼んでもないのに作ってくれた弁当を持って駅に行く。
次の次の駅で降りて、十五分くらい歩く。派遣は朝が遅いから正社員である富塚さんに出会うことはない。
お昼休憩に入り、急に隣の席の相楽さんに言われた。
「日下さんって何で来てるの?」
「電車と歩きです」
弁当を自分の机の上に出しながら答える。
「そう、じゃあ、帰り、富塚君と一緒の電車?」
「はい、たぶん……あの、富塚さんって定時帰りで残業しないじゃないですか、給料とかどうなってるんですかね?」
「ああ、でも、うちの会社、普通じゃないからね。社長とその奥さんが一から始めてここまで大きくしたっていうのがあって、正社員も残業しない方がボーナスいっぱいあったりするんだってよ、社員旅行もあったりして……まあ、派遣の私逹には関係ないわよ! 契約の梅沢さんとか工場で働くパートさん達ぐらいかしらね、関係あるの」
もちろん、その通りだと思う。
富塚さんは課長達とお昼食べに外に行ってしまったし、私は派遣という立場もあって電話番待機していた。しなくても良いんだろうけど、何となく相楽さんもしてるし……でだったが。
相楽さんと一緒にあれこれ話しながら時を過ごし、帰りの時間。
今日もそそくさとお先に失礼します……と言って会社を出て、駅のホームに向かう。
まだ来てない。
やっぱり、あれは嘘だったのではないか? と思いながらスマホを弄り、電車を待っていると横から声が掛かった。
「お疲れ」
「お疲れ様です」
何となく、富塚さんの声、弾んでる。もう帰れるからかな? と思っていると富塚さんが聞いて来た。
「会社には慣れた?」
もう初日から数日は経っていたし、失敗は続いているものの、何となくは理解して来たと思う。
「まあ、ぼちぼち」
「そうかぁ、それで? 俺の呼び方決まった?」
「え?」
また急な展開に驚く。
「だって、会社で俺のこと『富塚さん』って呼んでるでしょ? まあ、俺も『日下さん』って呼んでるけど。こういう時くらい違う風にさ、呼びたいじゃん?」
「え? そうですかね?」
黙りたい、もう何でこういう時だけ誰も来ないの!
「俺はこの時間だけ『日下』って呼ぶから、日下は……」
「富塚君! 富塚君って呼ぶから! 良いでしょう?」
変な呼び方にされる前に決定させなければと焦った結果がこれだった。
「高校の頃っぽい呼び名だね、それ」
「え? 高校の時って富塚君、トミィって呼ばれてなかった?」
「あー、呼ばれてた。ま、それは今もなんだけどね。で、俺の話、相楽さんとしてた?」
「え? 何で」
「梅沢さんが教えてくれた。俺の給料心配してたって」
あー、梅沢さん確かあの時、私の後ろの席でお茶飲んでのんびりしてたから聞いてないと思ってたのに聞いてたのか……、富塚君狙ってると相楽さんも言ってた気がするし。
「社会人としてちょっと気になって……」
「へー、でも、俺、ゲームで課金ぐらいしかお金最近使ってないから、まあ、独り身だし、何とかなってるよ? 心配してくれなくても」
「あー、それはすみませんでした」
謝るしかない、この場合。
「富塚君はいつも電車なの?」
「そう、車の免許証はいつも持ってるよ。会社の車、運転しないといけない時もあるから。車はちゃんとマンションにあるんだけどね、何となく自分で運転して行きたくなくて、こうやって通勤してる。その方が歩けたりして健康的かな? って、何となく思い始めてだけど……。まあ、仕事以外の時は良く使ってるからね、日下は?」
「ペーパードライバーだから。富塚君ってマンション暮らしなんだ……」
「一人でね、実家近くの1Kに住んでる。日下は……実家暮らし?」
「そう。たぶんずっとそうだと思う。派遣だし」
「ふーん、こんな田舎の方じゃ嫌でしょ? 通勤とか」
「でも、やっと決まった所だし」
「日下の家ってどこ?」
「高校の近く」
「へー、あそこ……、割かし駅に近いか……」
「うん、そういえば、富塚君、結婚とか子供考えられないって言ってたよね? 何で?」
「……」
黙りそうだったけど、話してくれた。
「それは、前の彼女がさ、ヤバイ考え持ってて、言われちゃったんだよね……。結婚しても良いけど、そのうち子供ができたら離婚してって。母子家庭の方がいろいろと楽で平和で良いって。普通に夫婦として子供育てる方が大変だからって。今の世の中に合った生き方をしなきゃって。合理的というかさ、あとこうも言われた。別に嫌いになって別れたわけじゃないから子供と会って遊ぶとかオッケーだし、養育費とかはもらうけどねって」
うわ……からハアァ?! となってしまったのが顔に素直に出てしまったのだろう。それを見た富塚君は頷いていた。
「うん、そうだよね、そういう顔にもなる。じゃあ、男の俺って何の為にいるのか……分からなくなって、そんなのに使うなら自分の趣味の為に使おうと思って使ってる」
「それがゲームの課金……」
「他にもあるけどね。本読む為とかさ……、美味しいご飯食べるのとかね。俺の周り、皆、子持ちだけどさ……。そんな事あって、俺は結婚しないって決めたんだ。トラウマかな? これ」
「相当ひどいよね? それ」
「でも、何でそんなこと聞いたの?」
「え、社会人としてちょっと……」
他に話題ないし……とも言えず。
「ふーん、まあ良いんだけどね。隠すことでもないし、言っちゃいそうだったし、自分から」
「へー、そういう話だったんだ、これ」
「歩き? 駅から家まで」
「そう」
「俺、自転車だから。すぐ家着いちゃうんだけどさ」
「何?」
何かしようとしてるの……気付いてしまった。
「連絡先、交換しよう……別にこれで同窓会来いとか言わないし、勤務先の人としてでも良いし、俺的に日下の連絡先を知りたい」
「ズバッと言うね……」
「困った?」
「ううん、良いよ。別にこれでどうのってないし。嫌だったらひっそりと連絡できないようにしとくし」
「それもひどい話だよね……」
ふふふっ……なんて笑ってスマホを開いたけど。断り切れそうになくて連絡先を交換しただけだ、こちらとしては。それでも富塚君は上機嫌で。
「これでメールできるようになったし、電話だけじゃない世の中で良かったね」
「何か、そんなのがあの富塚君の口から出るとは思わなかったよ、立派な社会人になったんだね、私と違って」
そこまで話して電車が来た。彼はいつかの時と同じようにして電車に乗り、スマホを弄り出したから、私も同じようにスマホを弄り、降りる駅に着くのを待った。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子
ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。
Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。
隣の人妻としているいけないこと
ヘロディア
恋愛
主人公は、隣人である人妻と浮気している。単なる隣人に過ぎなかったのが、いつからか惹かれ、見事に関係を築いてしまったのだ。
そして、人妻と付き合うスリル、その妖艶な容姿を自分のものにした優越感を得て、彼が自惚れるには十分だった。
しかし、そんな日々もいつかは終わる。ある日、ホテルで彼女と二人きりで行為を進める中、主人公は彼女の着物にGPSを発見する。
彼女の夫がしかけたものと思われ…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる