とある断罪劇の一夜

雪菊

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 シンの不思議そうな目にどう誤魔化すか悩む。同じ転生者として共同戦線を張った仲だがさすがに霊感の話はしていない。
 とりあえずにこっと笑ってみた。シンはため息をついて「聞くのは後にしてやるよ。国家機密なんだぞ、それ」と耳元でぼそりと囁いた。
 それよりも今は目の前の親子喧嘩……いや一方的にランドルフが殴られているだけのそれは喧嘩でさえないし国王の乱心にも見える。
 国王はランドルフというよりランドルフの母に対する罵詈雑言を吐き、殴られて尻もちをついたランドルフをさらに打擲する。
 普段が穏やかなだけにその変貌に誰もが声をかけられない。
「シン、止めてあげなさいよ」
 エカテリーナは何度か謁見している国王の乱心を見ていられなかった。
 止めようかと思ったが巻き込まれるのは嫌だった。
 「そうだよなぁ、俺が止めないと止められる人いないよな」
 呟きながらも止める気配のないシンを見れば苦笑いを浮かべた。
 「いくら第一王子だってわかったからってぽっと出の俺が陛下を止めるってできるかな?」
 「周囲の目が気になるの?いまさら?」
 シンのためらいは遠慮だった。ずっと東国の留学生として学園に在籍していたのだ。
 周囲もずっとそう思っていた。それがいまさら第一王子として行動しようとしても認められないのではないかという不安があるのだ。
 だがシンはゆるぎなく第一王子でついさっき国王も第一王子だと認めたのだ。
 (いまさら誰がケチつけるってのよ、それよりもこの惨状をどうにかしなさいよ)
 無言で圧力をかけると、仕方なくというようにシンが一歩踏み出そうとした。
 
その時。
「もうやめて!やめてください陛下!ランディは悪くないんです!悪いのはあのおん…あのエカテリーナさんです!」
(今、あの女って言いかけたわね)
 びしりとアンジェラに指をさされたエカテリーナは呑気にそんなことを思った。
 エカテリーナの隣ではシンが唖然としている。完全に出遅れた。
「あ、アンジェラ……!」
 ランドルフにぎゅっとしがみつきながら国王を見上げる。
 ランドルフはさっきまでアンジェラに疑心を抱いていたのに国王から殴られたショックで忘れたのかアンジェラに助けられて嬉しそうだ。
 「とっととずらかるべきだったね」
 「ホントそう。でも売られた喧嘩は買うわよ」
 こそこそと話すとエカテリーナはアンジェラを見つめて一歩踏み出す。
「エカテリーナ嬢が何をした言うんだね?」
 国王がアンジェラを問いただそうとするがエカテリーナがそれを制した。
「陛下。無礼を承知で申し上げます。この方とは私が直接お話いたします。陛下は少しお休みになられた方が良いかと存じます」
 怒りで顔を赤く染めて感情のままにランドルフを殴り続けた国王の姿は外聞の良いものではない。
 それに肩で息をする国王は見ていられない。
「そうか」
 少し頭が冷えたのかちらりと頬を赤く腫らしたランドルフを見た後国王はすっとその場を引いた。
 側近や侍従がやってきて国王の身体を支えながら部屋の隅に退避した。
 それを確認してからエカテリーナはアンジェラに歩み寄った。
「それでなんだったかしら?私のせいってなんのことなのか詳しく説明してくださいませ」
「エカテリーナ貴様アンジェラに対してなんという言い方を!!」
 アンジェラが答える前にランドルフが怒鳴る。
「殿下。今私はアンジェラさんに話しかけていますわ。殿下は少し黙っていてくださいませ」
「エカテリーナさん謝ってください!貴方のせいでランディが陛下に殴られたんですよ!」
「え?」
 思わぬ言葉に取り繕う暇もなかった。ただ周囲もランドルフさえも同じ疑問符を浮かべている。
 こほん、と咳払いをするとエカテリーナはアンジェラに視線を据える。
「アンジェラさん。何がどうなって殿下が殴られたのが私のせいになるのか、きちんと説明してくださらないかしら?」
「決まってます!貴方は悪役令嬢なんだから何もかもあなたのせいなんです!」
「……馬鹿なのかなこの子」
 思わず呟いた声は幸いにも周囲のざわめきにかき消された。
「貴方は悪役なんだから何もかもあなたが悪いの!私はヒロインなんだからいつでも正しいの」
 トンデモ理論もここに極まれりである。もはやため息も出ない。
「……そう、あなたはヒロインとやらで何をしても正しく、私は悪役で何をしても悪い、ということなのかしら?」
「そうよ!この世界は私が中心なの!悪役令嬢エカテリーナなんて私とランディに断罪されて死ねばいいんだわ!」
 叫んだアンジェラにシンが言い返そうとした一瞬。バシンとアンジェラの頬が鳴った。
「いい加減になさい!」
 エカテリーナが手にした扇でアンジェラをぶったのだ。
 アンジェラは突然のことに呆然としている。
「先ほどから聞いていれば悪役令嬢だのヒロインだのバカバカしい。人の生き様に決まった役なんかないわよ。
人はそれぞれ自分の人生を生きてるの。物語の装置じゃないのよ!」
「で、でもこの世界は……!」
「空想もたいがいにしなさい。今私にぶたれた頬は痛かったでしょう!?同じように皆痛みも悲しみも苦しみも感じるの。画面の向こうの世界じゃないの、一人ひとり命をもつ生きた人間のリアルな世界なのよ!」
「……あ、私、私は……」
 頬をおさえたアンジェラが何かを呟こうとして言葉にならなかった。
「衛兵、連れていけ」
 しんとなったフロアに国王の声が厳かに響いた。
 ランドルフとアンジェラが衛兵に連れていかれる。王族が関わるパーティーで騒ぎを起こすと騒乱罪という罪になる。あまり事例がないためほとんどの人が知らない。そもそも王族がかかわるパーティーで騒ぎを起こそうなど考えるものはいないし、いればそれは騒ぎという範囲を逸脱した内乱だったり暗殺未遂だったりするのだ。
 今回は王子自らが騒ぎを起こしたため王子本人と中心だったアンジェラに適用された。
 卒業兼第二王子の生誕パーティーはそのままお開きとなった。


「結局どう収拾つけるわけ?」
 帰りの馬車の中でエカテリーナはシンに訊ねた。エカテリーナを送るという名目でのシンとの密談である。
 シンは帰る前に国王やその側近たちと少し話をしていた。この断罪劇の結末をどうするのか気になったのだ。
「とりあえずランドルフとアンジェラは地下牢行き。パーティーかき乱しただけじゃなくてアンジェラは股がけしてたくせに第二王子の婚約者になろうとしたろ?あれが王家乗っ取りの疑惑になってる」
 「え?なんで?」
「そりゃ懇意の令息の子供を身ごもって結婚とかしてみろよ、ランドルフの血のつながってない王子が立つかもしれないんだぜ?
 王家の血が途絶え他の貴族の血が流れる、乗っ取りだよな」
「そうれはそうね。でも」
 当然アンジェラにその意思はなかっただろう。ゲームの通りに行動しただけだから。
 そんなことを言えばシンはくすっと笑った。
「あんたが言ったんだよ」
「え?」
「1人ひとり命をもつ生きた人間だって。アンジェラだってそこに気づいて1人にしとけば良かったんだよ」
「そうね。ちゃんと相手のことを見て敬意と好意を持てば股がけプレイなんてできないわよね」
「ゲームならそれも醍醐味だ。でも現実でやっちゃダメだ」
 こくりとエカテリーナは頷いた。
「…ところで俺が正式に第一王子で王太子であると発表されるらしい」
「あらそうなのね……」
 王太子になれば今までのように気楽な留学生ではなくなる。
 ランドルフとの婚約が破棄された今、王家とも関わりのなくなったエカテリーナはもうシンは遠い人なのだ。
「それで、な。俺にも婚約者が必要って話になってだな」
「ん?そんなのいつ話したの?」
「手紙のやりとりはしてたんだよ、その時にさ」
「へえ」
「それで、だ」
「うん」
 
 少しだけエカテリーナは期待する。第二王子と婚約破棄したお妃教育済の高位貴族令嬢。
 突如現れた第一王子の婚約者にすげかえるのも悪くないのではないかと。
 学園での3年間でシンと温めた友情と絆はなにものにも代えがたい。
「俺はさ、エカテリーナをさ……」




とある断罪劇の一夜は第二王子に婚約破棄された令嬢と突然現れた第一王子の婚約という結末を迎えたのだった。
 




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拙い文章でしたが最後までお読みいただきありがとうございました。
初投稿だったので慣れてなく行間等が狭く読みづらかったら申し訳ありませんでした。
途中で思わぬ人物が現れたりして(陛下です)ちょっと制御できなくなったのが心残りです。
また次回作も読んでいただければ幸いです。
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