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1話 本日最初のお客様~縁の糸~

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「ご指名の秋菜さんでーす」 
 私はボーイに案内されてさっそく指名のお客様の前へ行く。 
 ナンバー1ともなると指名客が安定してついているので、そうそうフリーや新規のお客様の席にはつかない。
とは言っても、指名客には私のシフトは教えているので、呼ばずともいる日にやってくる。事前に連絡をしてから来る方も、気分で突然来るお客様もいる。
 フリーや新規のお客様についていても、すぐに他の卓にいくことになるので、基本的に新人や指名のない子が、場内指名や本指名を取れるように優先的につくようになっている。 
 うちのキャバクラの決まりは、一度床に膝をつくほど姿勢を低くして、挨拶をすることだ。
「いらっしゃいませ、いつもご指名ありがとうございます!」
 私は下からお客様の目を見て、口角を上げ、丁寧な挨拶をする。もしこれが新規だとしたら、この時点でお客様の顔を見れば、今後指名が取れるかどうかはだいたい分かる。
 私の顔を見たときの仕草、表情の緩み、人それぞれが纏う感情の揺らぎ。そして私とその人に繋がれる、一本の光る縁の糸。私は縁の糸と呼んでいるが、霊媒師になる勉強を放り投げて上京してきたので、正式名は忘れた。
「そんな堅苦しい挨拶はいいから、座りな座りなー」
 お客様は嬉しそうに座っているふかふかで真っ赤なソファの自分の隣をポンポン、と叩く。
「ありがとうございます!」
 私も笑顔で、お隣失礼します、と静かに座る。
「加納さーん! 今日も来てくれてありがと! 今日のお仕事はどうだった?」
 話しかけながら、黒い光沢のある丸いテーブルに置かれた焼酎と、用意された氷と水で酒を作る。一杯目は、いつもの通り薄目で。そしてマドラーで混ぜる時は逆時計回りに。
 時計回しだと早く時間が過ぎますように、という意味を持ち、逆時計回しだとあなたともっと長い時間一緒にいられますように、という意味になるのだと、卒業してしまった先輩に教わったからだ。加納さんは、見ていないようで細かいところまで見ている人だから、マナーがちゃんとしているところも、気に入ってくれているのかもしれない。 
「秋菜今日も髪型決まってんな! 可愛い可愛い。 仕事は最近いい若手が入った話こないだしたよな? そいつがもう、動く、動く!」
 渡した水割りを飲みながら、ハッハッハ、と豪快に笑う。落ち込んでいるところは見たことは見たことがないが、今日は特に機嫌が良いようだ。
 ちなみに、加納さんの職業は土木関係の社長さん。つまり自営業である。それなりに儲かっているのは飲みっぷりでだいたい分かる。
 他にも現場仕事のお客様はいて皆作業着のまま来るけど、加納さんはそれが嫌みたいで必ず家に一度帰ってシャワーを浴びて、香水をつけておしゃれをして来る。
 少し汚れた作業着姿も、仕事頑張ってる証拠だなーと思えるから私はいいと思うのだけれど。
「やだー、また上手いこと言っちゃって! ありがと! 今日は髪半分あげてみたの。さすが加納さんが見込んだ若手だね! 雇った時からこいつは絶対出来るやつだ、って言ってたもんね! 今度連れてきてよー! 可愛い子つけるからさ」 
「秋菜は毎回来る度に髪型変わるから新鮮でいいよなー! それがあいつ、出来婚して、大学やめて、嫁さんと子供のために頑張ってるみたいなんだよ。あー今は授かり婚って言うんだっけ?」 
「それで一生懸命なんだー! 若いのにいい旦那さんだね。そりゃ加納さんが可愛がるわけだなぁ……。うん、納得! そりゃ奥さんとお腹にいる赤ちゃんのために早く家に帰してあげなきゃだね」
 加納さんに軽くウインクをする。20くらいで子どもか……
「……ってその人あたしとそんなに年変わらなくない!?」
 加納さんの太ももに両手を乗っけて、身を乗り出す。
「そうだぞー。秋菜も酒なんか飲んでないでさっさと結婚しないと行き遅れるぞー?」
 また加納さんがハッハッハ、と自分の太ももに置いてある私の手を念を押すように叩く。
「加納さんが寂しがるから、あたしは今の仕事まだやめませーん! っていうか、あたしが加納さんと飲めなくなるの寂しいからいやー」
 加納さんの肩に私の頭をこてん、とくっつける。
「そうだよなー! じゃあシャンパンでも飲むかー! よし、モエ飲もうぜ!」 
「やったー! いただきまーす!」 
 いつもはもっと安いシャンパンだったりするけれど、今日はやっぱり機嫌がいいみたいだ。
 私は振り返って「お願いしまーす」と手を上げると、横田が素早く私の卓に来て跪く。
「モエお願いしまーす!」
「畏まりました。加納様、いつもありがとうございます!」
 そう言って、横田が下がるより先に、話を聞いていた他のボーイが手早くシャンパンの準備をし、横田に渡した。
「加納様からシャンパン頂きましたー!」
 横田は私たちの卓まで来て、大きめな声で言い放ち、スポーンといい音を鳴らしながらシャンパンを開けた。
 何故大き目に声を上げるかと言うと、他のお客様が注目して、自分も入れなきゃ、という気にさせて売上を上げる戦法である。
「イエーイ! ありがとうございますー!」
 私も大げさに声を上げて、拍手をする。キャストもお客様もこちらに目を向けているのが分かる。注がれるシャンパン。炭酸の気泡が生き生きしている。
 グラスを、加納さん、私の順に渡され、
「いただきます、カンパーイ!」
 ガラス同士のぶつかり合う音を確認して、口をつけ、ちびちび飲みながら加納さんの方をちらり、と見ると一気に飲み干した。続いて私も一気に飲み干す。ペースはお客様に合わせる。
 私の中ではそれが鉄則。
 今日のノリだと、何本かシャンパンを入れるとみた。酒好きの私はウキウキしてくる。
 横田はそれを予想してか、まだ卓にいてくれて、私たちがグラスをテーブルに置くと新たに注いでくれて、一礼して戻っていった。
「やっぱりモエは美味いな! 今日はとことん飲むか秋菜!」
「飲むー! 期待の若手新人に、再びカンパーイ!」
 また互いのグラスを、こつんとぶつけた。
 
 
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