上 下
54 / 67
第4章 憎しみの結末

第175話 背負う痛み

しおりを挟む
「まさかアリス様まで武闘大会に参加してらっしゃるとは。貴方のような可憐な女性は、華のように穏やかにしているだけで美しいというのに。その白い肌が傷つくのを黙ってみてられる男性は居ない筈です」

 そう言うと、ハロルド殿下は爽やかな笑みを浮かべながら、アリスの手を絡めとった。そして、赤い手袋の上にそっと口づけをし、ゆっくりとその手を離して見せる。

 これは貴族の挨拶だから何とも思ってはいけない。目を細め、凪のように穏やかな心を保つのだ。相手は皇族。殴っちゃいけない。俺の女に何してんだとか言っちゃいけない。平静を保て、アレク・カールストン。

「私は『剣聖』ですから、華よりも剣を持つ方が性に合っております」

「ははは、そうでしたね。それで、私との縁談については考えて頂きましたか?」

 アリスの愛想笑いも気にかけず、終始笑顔を崩さずに話すハロルド殿下。今までの人生で叶わなかった願いなどきっと無いのだろう。アリスとの縁談も、上手くいって当たり前と思っていそうだ。まぁ顔は良くて人当たりも良いこの人なら、そうなっても当然という感じだが。

「その件でしたらお断りさせて頂くことになりました。正式な文はいずれ父がそちらに送られると思います」

 アリスが申し訳なさそうにそう告げると、ハロルド殿下の顔が固まった。和やかだった空気が、一瞬にして張り詰めた空気へと変わる。殿下は笑顔を取り繕っているように見えるが、眉がピクピク動いてるところを見ると、少し苛立っているような気がする。

「……理由を聞いても?」

 気持ちを落ち着かせたのか、ハロルド殿下は静かに問いかけてきた。アリスは俺を紹介する形で答えた。

「こちらに居るアレク・カールストン子爵と婚姻を結ぶことになりましたの。彼とは幼いころからの付き合いで、許嫁だったのです。アレク様、ハロルド殿下へご挨拶を」

 さらっと嘘をついたアリスを思わず二度見する。許嫁なんて決まっていなかったし、よくもまぁ言えたもんだ。多分俺が知らない間に、縁談を断るための体のいい理由として、俺を許嫁にしておこうと陛下たちと話が合ったのかもしれない。

「お初にお目にかかります、ハロルド殿下。アレク・カールストンと申します。この度は私とアリス様の関係により、ハロルド殿下の名誉を傷つける形となってしまったことを心よりお詫び申し上げます」

「ハロルド殿下。アレク様は私達の縁談について何も知らされていなかったのです。全ては叔父様が勝手に進めた事。どうかご容赦を」

 ハロルド殿下に向かって頭を下げるアリス。俺も急いで頭を下げる。彼のプライドやその他諸々、俺達が傷つけてしまったことは確かだ。しかも相手は皇族。本来であれば、俺に重い処罰があってもいいはず。だがそれは出来ないだろう。そんなことをしてしまえば、自分の器の小ささを世間に知らせるようなものだからだ。

「……そうでしたか。残念ですが、仕方ありませんね」

 そう言うと殿下は寂しそうに俯いてしまった。俺とアリスは再度謝罪の言葉を告げる。その言葉に殿下は首を横に振り、『気にしないでください』と仰ってくれた。とても良い人ではないか。こんな人を傷つけてしまったのか、俺は。

 胸の辺りが少し痛み、罪悪感が押し寄せてくる。でもこの痛みは俺が背負っていかなければならないものだ。他の誰かを傷つけることになっても、アリスを手に入れたいという俺の我儘を貫き通すためにも、この痛みからは逃げてはいけない。

「これ以上お二人の邪魔をしてはいけませんので、私はここで去ることと致します。大会でぶつかるようなことがありましたら、お互い全力を尽くしましょう!」

 そう言って帝国側へと去って行くハロルド殿下。彼を受け入れる生徒達の笑顔を見ると人望の厚さが良くわかる。アリスは素晴らしい男性に好意を寄せられていたんだな。

「良い人だったな」

 俺がユウナとアリスにそう告げると、彼女達は呆れたように盛大な溜息を零した。

「あれが良い人ですって?どこをどう見たらそう見えるのよ」

「だって俺達の我儘を笑って許してくれるような人だぞ?自分だって相当傷ついてるだろうに。俺だったらあんなこと言えないぞ」

 たった数分会話しただけだったが、皇子の人となりは理解できたつもりだ。だがその考えを否定するかのように、二人は言葉を続ける。

「それは自分の評価を上げるべく、最善の選択をしたまでに過ぎませんよ。あのタイプの人間は、本心では腸が煮えくり返るほど苛立っているに違いありません」

 アリスの意見に賛同するように、ユウナが否定的な意見を述べる。俺からしたらどう見ても良い人そうにしか見えなかったのだが、彼女達には皇子の何が見えていたというんだ。

「なんだか人が変ったような気がするわ。以前話したときはもっと傲慢な人だった気がするもの」

「私も一度話したことがありますが、もう少し口調も荒々しい方だったと記憶しています」

 生徒達と仲良く談笑するハロルド殿下を見ながら、アリスとユウナが怪訝そうな顔で呟く。確かにアリスが謝罪の言葉を述べた時、一瞬ではあったが殿下は顔を強張らせていた。だがすぐに落ち着きを取り戻していたし、殿下も成長を見せたという事ではなかろうか。

「流石に成長したんじゃないのか? 偏見で人を語るのは良くないと思うぞ」

「……そうね。まぁお咎めも無さそうだし、良かったわ」

「そうですね!これでアリスお姉様の問題は無事に解決という事で済みそうですし、あとはアレクが『侯爵』になるのを待つばかりです!」

 ユウナが両手を体の前で合わせながら嬉しそうに語る。一方の俺は『侯爵』という言葉を耳にして少し憂鬱になってしまった。

 王女と公爵家令嬢と同時に婚約するなどフェルデア王国の長い歴史の中でも前例がない出来事である。それゆえに、婚約者である俺が彼女達に見合う身分でなくては貴族の大半が反対の異を唱えるだろうと予想される。

 将来的には鶏竜蛇村一帯の土地を治めることが確定しているため、いずれ『伯爵』の爵位を下賜されることになっている。だがそれではまだ足りないと陛下もアルバート公も仰っていた。

 恐らくデイルの父はこの一件に反対してくるはず。父上は何とか絡んで来ようとしてくるのが容易に予想できる。あとはヴァルトの父だが、あそこの動きは予想できない。

 誰にも邪魔されず、手を加えられずに二人と結ばれるためにも、俺が『侯爵』もしくは父と同じ『辺境伯』になるしかないのだ。

「ユウナは簡単に言うけど、『侯爵』や『辺境伯』をそんなポンポン増やせないって知ってるだろ? 統治する領土の大きさや、国にどれだけ貢献出来るか。それを考えただけでも頭が痛くなる……」

「大丈夫です!アレクは凄く強いですから!武功を立て続ければいずれ『侯爵』になれますよ!」

「武功って言ったってなぁ」

 この世が戦国時代であればそれもまだ考えられるが、この平和な世界でどうやって武功を立てればいい。オークキングを百体くらい倒せば良いのか?

「誰でも簡単に『侯爵』になる方法なら知ってるわよ?」

 俺が悩んでいるのを見抜いたのか、アリスがしたり顔をしながらそう告げる。

「どんな方法だ?」

「ドラゴンを倒せばいいのよ!御伽噺に出てくる伝説のモンスター、ドラゴンをね!」

 アリスが『凄いでしょ!』とでも言いたそうな顔で告げた言葉に、俺は肩を落として息を吐いた。確かに、彼女の意見は正しいのかもしれない。ドラゴンという生物がこの世にいればの話だが。

しおりを挟む
感想 168

あなたにおすすめの小説

バイトで冒険者始めたら最強だったっていう話

紅赤
ファンタジー
ここは、地球とはまた別の世界―― 田舎町の実家で働きもせずニートをしていたタロー。 暢気に暮らしていたタローであったが、ある日両親から家を追い出されてしまう。 仕方なく。本当に仕方なく、当てもなく歩を進めて辿り着いたのは冒険者の集う街<タイタン> 「冒険者って何の仕事だ?」とよくわからないまま、彼はバイトで冒険者を始めることに。 最初は田舎者だと他の冒険者にバカにされるが、気にせずテキトーに依頼を受けるタロー。 しかし、その依頼は難度Aの高ランククエストであることが判明。 ギルドマスターのドラムスは急いで救出チームを編成し、タローを助けに向かおうと―― ――する前に、タローは何事もなく帰ってくるのであった。 しかもその姿は、 血まみれ。 右手には討伐したモンスターの首。 左手にはモンスターのドロップアイテム。 そしてスルメをかじりながら、背中にお爺さんを担いでいた。 「いや、情報量多すぎだろぉがあ゛ぁ!!」 ドラムスの叫びが響く中で、タローの意外な才能が発揮された瞬間だった。 タローの冒険者としての摩訶不思議な人生はこうして幕を開けたのである。 ――これは、バイトで冒険者を始めたら最強だった。という話――

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

異世界転生はどん底人生の始まり~一時停止とステータス強奪で快適な人生を掴み取る!

夢・風魔
ファンタジー
若くして死んだ男は、異世界に転生した。恵まれた環境とは程遠い、ダンジョンの上層部に作られた居住区画で孤児として暮らしていた。 ある日、ダンジョンモンスターが暴走するスタンピードが発生し、彼──リヴァは死の縁に立たされていた。 そこで前世の記憶を思い出し、同時に転生特典のスキルに目覚める。 視界に映る者全ての動きを停止させる『一時停止』。任意のステータスを一日に1だけ奪い取れる『ステータス強奪』。 二つのスキルを駆使し、リヴァは地上での暮らしを夢見て今日もダンジョンへと潜る。 *カクヨムでも先行更新しております。

レベルアップに魅せられすぎた男の異世界探求記(旧題カンスト厨の異世界探検記)

荻野
ファンタジー
ハーデス 「ワシとこの遺跡ダンジョンをそなたの魔法で成仏させてくれぬかのぅ?」 俺 「確かに俺の神聖魔法はレベルが高い。神様であるアンタとこのダンジョンを成仏させるというのも出来るかもしれないな」 ハーデス 「では……」 俺 「だが断る!」 ハーデス 「むっ、今何と?」 俺 「断ると言ったんだ」 ハーデス 「なぜだ?」 俺 「……俺のレベルだ」 ハーデス 「……は?」 俺 「あともう数千回くらいアンタを倒せば俺のレベルをカンストさせられそうなんだ。だからそれまでは聞き入れることが出来ない」 ハーデス 「レベルをカンスト? お、お主……正気か? 神であるワシですらレベルは9000なんじゃぞ? それをカンスト? 神をも上回る力をそなたは既に得ておるのじゃぞ?」 俺 「そんなことは知ったことじゃない。俺の目標はレベルをカンストさせること。それだけだ」 ハーデス 「……正気……なのか?」 俺 「もちろん」 異世界に放り込まれた俺は、昔ハマったゲームのように異世界をコンプリートすることにした。 たとえ周りの者たちがなんと言おうとも、俺は異世界を極め尽くしてみせる!

異世界で穴掘ってます!

KeyBow
ファンタジー
修学旅行中のバスにいた筈が、異世界召喚にバスの全員が突如されてしまう。主人公の聡太が得たスキルは穴掘り。外れスキルとされ、屑の外れ者として抹殺されそうになるもしぶとく生き残り、救ってくれた少女と成り上がって行く。不遇といわれるギフトを駆使して日の目を見ようとする物語

異世界転生した俺は平和に暮らしたいと願ったのだが

倉田 フラト
ファンタジー
「異世界に転生か再び地球に転生、  どちらが良い?……ですか。」 「異世界転生で。」  即答。  転生の際に何か能力を上げると提案された彼。強大な力を手に入れ英雄になるのも可能、勇者や英雄、ハーレムなんだって可能だったが、彼は「平和に暮らしたい」と言った。何の力も欲しない彼に神様は『コール』と言った念話の様な能力を授け、彼の願いの通り平和に生活が出来る様に転生をしたのだが……そんな彼の願いとは裏腹に家庭の事情で知らぬ間に最強になり……そんなファンタジー大好きな少年が異世界で平和に暮らして――行けたらいいな。ブラコンの姉をもったり、神様に気に入られたりして今日も一日頑張って生きていく物語です。基本的に主人公は強いです、それよりも姉の方が強いです。難しい話は書けないので書きません。軽い気持ちで呼んでくれたら幸いです。  なろうにも数話遅れてますが投稿しております。 誤字脱字など多いと思うので指摘してくれれば即直します。 自分でも見直しますが、ご協力お願いします。 感想の返信はあまりできませんが、しっかりと目を通してます。

転生賢者の異世界無双〜勇者じゃないと追放されましたが、世界最強の賢者でした〜

平山和人
ファンタジー
平凡な高校生の新城直人は異世界へと召喚される。勇者としてこの国を救ってほしいと頼まれるが、直人の職業は賢者であったため、一方的に追放されてしまう。 だが、王は知らなかった。賢者は勇者をも超える世界最強の職業であることを、自分の力に気づいた直人はその力を使って自由気ままに生きるのであった。 一方、王は直人が最強だと知って、戻ってくるように土下座して懇願するが、全ては手遅れであった。

「強くてニューゲーム」で異世界無限レベリング ~美少女勇者(3,077歳)、王子様に溺愛されながらレベリングし続けて魔王討伐を目指します!~

明治サブ🍆スニーカー大賞【金賞】受賞作家
ファンタジー
 作家志望くずれの孫請けゲームプログラマ喪女26歳。デスマーチ明けの昼下がり、道路に飛び出した子供をかばってトラックに轢かれ、異世界転生することになった。  課せられた使命は魔王討伐!? 女神様から与えられたチートは、赤ちゃんから何度でもやり直せる「強くてニューゲーム!?」  強敵・災害・謀略・謀殺なんのその! 勝つまでレベリングすれば必ず勝つ!  やり直し系女勇者の長い永い戦いが、今始まる!!  本作の数千年後のお話、『アイテムボックス無双 ~何でも収納! 奥義・首狩りアイテムボックス!~』を連載中です!!  何卒御覧下さいませ!!

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。