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第2章 筆頭土地神は大変です

第24話 益虫

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 調査はまだ始まったばかりだというのに、俺とシズクちゃんの雰囲気は最悪の状況だった。フレイとミリアさんが何とか場を取り持とうと、俺とシズクちゃんに話しかけてくるが、それでも話す気にはなれなかった。

 シズクちゃんの言い分が分からないわけではない。ただ、俺にも事情というものがあるのだ。一度説明してみようと思ってみたが、どうせ馬鹿にされるだけだと思って止めた。異世界からやって来たなんて荒唐無稽な内容、誰も信じてくれないだろう。

「なぁお二人さんよぉ。そろそろ昼飯にしねぇーか?」

 俺達の雰囲気を見かねてか、ルーシーさんが背後から声をかけて来た。そう言われて見れば、お腹が空いているような気もする。フレイの方を見ると、申し訳なさそうに笑いながらお腹をさすっていた。

 なぜ今まで気づかなかったのか、自分に腹が立って仕方がなかった。子供みたいな我儘で周囲に気を遣わせて、本当に情けない。

「そうですね!俺も腹減りましたし、お昼休憩にしましょうか!」
「やったぁー!!フレイはずっとお腹がペコペコだったんですよ!」
「それじゃあ準備に取り掛かりましょうか!休憩の準備は私達で進めますから、食材の方はナオキさんとシズクちゃんでお願いできますか?」

 ミリアさんにそう言われて、俺はシズクちゃんの方へ顔を向ける。シズクちゃんも彼女達に申し訳ないと思っていたのか、無視することはせず黙ったまま一度だけ頷いて見せた。

「分かりました!それじゃあ焚火用の枝と、細長い枝を数本集めてきてもらえますか?」
「了解です!それじゃあ皆始めましょう!」

 そうして俺達二人だけを残して、四人は近くの林の中へと消えていった。途端に静かな場へと逆戻りしてしまう。俺は意を決してシズクちゃんの傍へと歩み寄り、手を差し出した。

「シズクちゃん。トウモロコシを6個出してくれ。あとトマトとリンゴも頼む」
「……ん」

 シズクちゃんは一言だけ呟くと、『神の引き出し』から言われた通りに野菜を出していく。俺はその様子を黙って見守っていた。そして最後のリンゴが取り出された時、俺はゆっくりと頭を下げた。

「さっきはごめん。シズクちゃんは俺を心配してくれただけなのに、あんな酷い言い方して」


「まったくじゃ!ワシはお主の身を案じただけじゃというのに!……でもまぁ、そうまでしても叶えたい願いが有るのじゃろ?一体どんな願いなのじゃ?」
「んー、馬鹿にしないって誓ってくれるなら話しても良いけど」
「ここまできて、そんな真似するわけないじゃろ!じゃが、しょうもない願いじゃったら怒るからのう!」

 シズクちゃんはニシシと笑ってその場へ座り込んだ。自分の横をバシバシと叩き、俺に座るように促す。なんとなく、俺の秘密を打ち明けるなら彼女しかいないとそんな気がした。

 シズクちゃんの隣へ座り、自分が何者なのか語り始めた。俺が別世界からやって来たと聞いた時、シズクちゃんは少しだけ驚いた表情を浮かべていた。でもその後は、特に驚くことも笑うこともせず、俺の話を最後まで聞いてくれた。

「──だから俺は、自分が暮らしていた世界に帰るために土地レベルを上げなくちゃいけないってわけ」
「ふむふむ。お主は別の世界で人として暮らしており、望まずして人から神となった器じゃったか。それで、もう一度元の世界で人間として暮らしていきたいというのじゃな?」
「信じてくれるのか!?」

 意外とすんなり受け入れてくれたことに驚きを隠せずにいる俺に対し、シズクちゃんはあっけらかんとした様子で口を開いた。

「当然じゃ!人間から神となった者は稀に居るぞ?ワシが知る限りでも三人は居る!」
「本当かよ!!じゃあ元の世界に戻った奴も居るのか!?」

 もしかしたらと思って聞いてみたものの、シズクちゃんは首を横に振ってみせる。

「いや、それは無いのう。土地神になった者は、みな望んで土地神になったのじゃ。人間に戻りたいなどと思う奴は、居らんじゃろう。それゆえに、別の世界に行った者も居らん」
「そっか……」

 危険を冒さないでも情報が手に入ると思ったのに。そんな簡単には行かないか。悩ましい状況の中、シズクちゃんは追い打ちをかけるように話をつづけた。

「お主の願いは分かったのじゃが、やはり他の土地へ往くのは駄目なのじゃ。訳を話したところで聞き入れてくれるとは思えんからのう」
「そうだよな」

 冷静になって考えれば、シズクちゃんの言う通りだと納得できる。俺を殺すよりも、俺に土地の管理権を譲った方が良いと他の土地神に伝えなければ、天秤にかけられた後、殺されてしまうだろう。

 ここで土地神として生きて行けば、他の土地神と交流を持てる機会が出てくるかもしれない。時間はかかるけどその道が一番安全だろう。

 はぁとため息を零しながら落ち込む俺の肩を、シズクちゃんが力強く叩いた。

「だからワシが一緒についていってやる!そうすれば少なくとも、直ぐに殺される筈はないのじゃ!こう見えてもワシは古株じゃからのう!!」
「いいのか?シズクちゃんだって危険にさらされるかも知れないんだぞ?」
「まぁ大丈夫じゃろ!ワシが変な事をする筈がないと、みな知っておるからな!」

 誇らしげに語るシズクちゃん。その手が微かに震えているのを俺は見逃さなかった。怖い筈なのに、俺の願いを叶える為にそこまでしてくれるなんて。俺よりも小さな彼女の体には、大きな心が宿っているんだ。

「ありがとな」

 そう呟くと、シズクちゃんは恥ずかしそうに鼻をかいて笑った。俺も少し恥ずかしくなり、ごまかそうと料理の準備を始めていく。

 その時、背後の草むらからガサゴソと音がした。フレイ達に話を立ち聞きされたのかと、俺は頭を掻きながら振り返る。

「なんだよフレイ!聞いてたなら何か言えって──」

 そう言いかけて俺は固まった。

 目の前に居るのはフレイでもミリアさんでも、ましてや他の二人でもない。

 俺の身長よりも大きな真っ黒な体に、真っ赤な六個のつぶらな瞳。左右に生えた六本の脚。そう言えば爺ちゃんは『益虫』だからころすんじゃねぇぞ!って俺に言ってたっけな。そのお陰で苦手意識を持つことなく、手で掴めるくらいには好きだったな。

 でもさ、このサイズは無しだろ。

「ぎゃぁぁぁぁあぁ!!!蜘蛛だぁぁぁあぁぁ!!」

 叫び声をあげ、後ろに振り替えることなく走り続けた。俺の声を聞いたシズクちゃんが「うぉ!」とあげた声だけが耳に残った。
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