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『スキルなし』だからと婚約を破棄されましたので、あなたに差し上げたスキルは返してもらいます
しおりを挟む「アナエル! 君との婚約を破棄する。もともと我々の婚約には疑問があった。王太子でありスキル『完全結界』を持つこの私が、スキルを持たない君を妻にするなどあり得ないことだ」
貴族たちの集うパーティ会場で、サリオ殿下はそうおっしゃいました。
わたくしは止めなければと思いましたが、サリオ殿下に近づくことさえできません。
殿下のスキル「完全結界」の効果です。殿下が許さない限り、誰も近づくことはできない。まさに王にふさわしいスキルです。
「それが殿下の結論なのですね。……残念です」
わたくしが王妃とならないのであれば、偽りのスキルを持つサリオ殿下が王になることはない。他でもない陛下がはっきりそう、おっしゃったのですから。
「では、そのスキルはお返し頂きます」
殿下の持つ素晴らしいスキルは、もともとわたくしが差し上げたものです。いつも、信じてくださいませんでしたね。
そう思いながら、わたくしは事実でもってお伝えするため、サリオ殿下にゆっくりと近づきました。
「何っ!? な……なぜ……」
「殿下の結界が!?」
「なんだ!? どんなスキルだ!?」
「い、いいや、アナエルは『スキルなし』のはずだ!」
わたくしはため息をつきました。『スキルなし』という侮蔑の言葉。
スキルのないものは人間ではないとさえ言われる国を変えようと努力してきたのは、殿下の父である陛下です。
「……アナエル嬢のスキルは『スキル付与』だ」
「はっ!?」
「父上!?」
その陛下が現れ、皆、その場を開けてひざまずきました。
わたくしも悲しみに襲われながら、唇を噛んで身を引きました。自分の息子を切り捨てなければならない、陛下こそがもっともお辛いのです。
「幼き頃、アナエル嬢はサリオの願いに応えてスキルを与えた。……サリオが、自分にスキルが現れないことを嘆いたからだ」
そうです。
わたくしと殿下がまだ仲の良い幼い友人であった頃。サリオ殿下にはスキルが発現していませんでした。
10歳で発現しなければ、スキルは永遠に発現しない可能性が高いのです。そしてスキルがなければどれほど優れていても、王になるのは難しいでしょう。
サリオ殿下は傷つき、スキルが欲しいと、誰もが認めるスキルが欲しいと願ったのです。
友人の願いをわたくしは叶えてしまいました。
スキルを作り、それを殿下に与えたのです。
そうして殿下はスキルを手に入れました。
とても喜んで、わたくしに何度もお礼を言ってくださったのです。
けれど成長するごとに、わたくしを懐疑的な目で見るようになりました。幼い頃の記憶というせいもあるでしょうが、殿下は自分が本来『スキルなし』だという事実を受け入れられなかったのかもしれません。
「ち、父上ともあろう方が、その女の虚言を信じるのですか。馬鹿馬鹿しい、スキルを付与するスキルなど……」
「事実でなければ、おまえのスキルはどうして消えてしまったのだ」
「消えてなど! この私の生まれ持ったスキル『完全結界』はここに……ここに! な、なぜ、なぜだ!」
陛下はため息とともに、つぶやくように言いました。
「……私が悪かったのだろう。たとえ偽りのスキルであっても、夫婦で生み出し、扱うのであれば、民を偽っていることにはならぬだろうと考えた。サリオの代わりにアナエル嬢が蔑みの言葉を受けることになったというのに」
「いいえ、陛下。わたくしの望みでございました」
スキルなしと蔑まれても、わたくしは構いませんでした。
わたくしのスキルを明らかにするということは、殿下がスキルなしと蔑まれるということです。泣いていた仲良しの男の子のために、自分が犠牲になるくらい構わないと思ったのです。
ですが。
殿下は『スキルなし』を侮蔑するようになりました。本当は自分が『スキルなし』だと無意識に理解していて、拒絶しなければ自分を保てなかったのかもしれません。
けれどどんな理由であれ、そのような王では多くの民を悲しませることになります。平民の多くは『スキルなし』なのです。
「間違っていたのは……わたくしなのです」
「なぜだっ、そんな、嘘だ! この私が『スキルなし』など、ありえない、ありえるはずがない! 私は選ばれた次代の王なのだぞ。ああっ……返してくれ、アナエル、返してくれ!」
「……」
わたくしは静かに首を横に振りました。
「お願いだ、謝るから、なんでも、なんでもするから、返してくれ、私のスキルを……返してくれぇえええ!」
悲痛な声が響きます。
きっとこれから、殿下は苦しい人生を送るのでしょう。あの時わたくしがスキルを発動してしまったばっかりに。
「お疲れのようですね」
「え? いえ、ごめんなさい」
実際、わたくしは疲れていました。
わたくしのスキルが『スキル付与』であると公表されたせいでしょう。婚約破棄されたわたくしのもとには、多くの縁談が舞い込んでいました。その中にはわたくしを『スキルなし』と蔑んだ人々もたくさんいます。
けれどわたくしも家のために結婚相手を探さなければなりません。家と家との関係を思えば、顔合わせもなしにお断りするわけにもいきません。
もともと好意的に見られることの少なかったわたくしに、多くの男性との顔合わせは疲れるものでした。
わたくしはひとりだけ、大事な人のためにスキルを作って与えることができます。
つまり皆、わたくしにスキルをもらいたくて、結婚を望んでいるのです。殿下の『完全結界』は優秀なスキルだと知られていましたから。
でもわたくしは、望まれるどんなスキルも、その人を不幸にしてしまうように思えてなりませんでした。
サリオ殿下は今も自分が『スキルなし』であることを認められず、廃人のようにひたすらスキルを発動させようとしているそうです。
すでに王太子の座は奪われています。外に出ようともしないので、実質的な幽閉状態となっています。
「レイモンド様は、どのようなスキルを望まれるのですか?」
どうせスキル目当てとわかっているのですから、回りくどく話しても時間の無駄だろうと、わたくしは直接的に聞きました。
今までの男性は誰もかれも「このように素晴らしいスキルがほしい」とアピールしてきました。わたくしは自分自身にスキルを付与できませんから、すばらしいスキルを考えれば、わたくしの得にもなるとお考えのようでした。
「もし可能ならば『アナエル嬢を幸せにするスキル』が欲しいですね」
「まあ」
わたくしはつい笑ってしまいました。
「そのスキルでは、本当にわたくしを幸せにすることにしか使えませんよ」
「それで充分です。どんなに優れたスキルでも、大事な人を幸せにするのは難しいでしょう」
「それは……そうかもしれませんね……」
これほど望まれるわたくしのスキルでは、サリオ殿下を幸せにすることはできなかったのですから。
それとも他にやりようがあったのでしょうか。
「アナエル嬢と結婚し、アナエル嬢が幸せになるなら、僕も幸せになれます」
「ふふ。ありがとうございます」
「だってあなたは、自分を犠牲にしても、人を幸せにしようと考えられる人なのですから」
わたくしの後ろ向きな考えと違って、レイモンド様のお言葉はとてもお優しいものです。
ふと、わたくしは自分が久々に声を出して笑ったことに気づきました。
「嘘でも、そんなことを言ってくださったのはあなたが初めてです。……よろしければ、また会ってくださいますか?」
「ええ、ぜひ。何度でも」
この人と結婚するのかもしれない。
わたくしはそう思い、そして、それは実現しました。わたくしのスキルが彼にどのようなスキルを与えたのかは、夫婦の秘密になったのです。
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