21 / 38
21
しおりを挟む
「む、婿殿、やはりこれは、ひらひらしすぎではないか? とても目にうるさいように思うんだが」
「うーん……姫にはもっと動きやすい方が似合うだろうけど、今の流行だから、目立ちはしないと思う」
「そう……か、そうか?」
ヴェネッダはこれでも辺境伯家の娘であるから、ドレスを着慣れないということはない。近隣の領との親睦のためであったり、辺境伯の名代として公式の場に出ることもあった。
しかし王都とはあまり縁がない。
辺境近くの領ではやはり、華美な装いはあまり流行らないのだ。
「ベニラ殿はもっと重ねようと言っていたが」
「あいつの言うことを聞いていたら大変だ。極端なんだ」
「でも姫に似合うものはよく知っていると思う。……姫、そろそろ入口だ」
「ああ」
ヴェネッダはリエレの腕をしっかり掴んだ。
仲の良いところを、それもヴェネッダがすっかり骨抜きだということを周囲に示しておこう。
本日の夜会は王城で行われる。
正式な謁見を申し込むより、こちらの方が良いだろうと判断したのだ。そもそも表向き、リエレの母は体調が悪くて王都にとどまっているだけだ。人質を返せと言っても話にならない。
「姫には面倒を……」
「それは言わないでくれ、婿殿。なんだか寂しい。我々は夫婦だ」
そう言ってくれるのは嬉しいのだが、返すものがないリエレは困ってしまう。だが母を諦めることなどできるはずもないのだ。
「婿殿、じっと目を合わせよう。その方がきっと仲良しだ」
「……確かに」
「ふふ。でも転ばないように気をつけよう」
「それは、うん」
二人は見つめ合いながら門番に身分を証明し、王城に足を踏み入れた。
きらびやかな景色は二人にとって慣れないものだ。リエレは王子として育ったが、ほとんど母の寂れた離宮にいるか、下町に買い物に出るだけだった。
このような世界に憧れがあるわけでもないので、リエレは眩しいなと思いながら、見知った姿を探す。
「いるか?」
「……いまのところ見当たらない。盛り上がった頃に来るのかもしれない」
「まあ、そうか。……じゃあ離れないでくれ」
「もちろん」
辺境伯の娘と、顔だけ有名で、めったに姿を見せなかった王子だ。物珍しげな視線がいくつかある。二人が離れてしまえば、それぞれどうでもいい相手にダンスを乞われるかもしれない。
いや、乞われるに違いないとヴェネッダは思う。なんといっても自分の夫はとても麗しいのだ。
「婿殿、ダンスは?」
「すまない、あまり」
「なら一緒だ」
「でも姫ならすぐに得意になりそうだ」
「そうだろうか? 体力はあると思うが……婿殿はすぐコツを覚えそうだ」
「ううん……どうだろう。ダンスと組手は似ていると思う?」
「まあ、ドラゴンと人間くらいには」
「ふ」
互いに笑い合って、少し肩から力が抜けた。
ともかくターゲットがいないのでは仕方がない。あとは仲の良さを振りまくくらいしかやることがないのだ。
ヴェネッダにとってそれは願ったりだ。母を心配しているリエレには悪いが、心配しても仕方がないのだから、今は許してほしい。
どうしたってリエレといると浮かれてしまう。
顔のせいか?
いや、実のところ、顔を見る前からヴェネッダはリエレに会いたかった。婚姻が決まったときにくれた手紙が、今でもヴェネッダの宝物だ。
辺境では見たことのない優しい文章だった。たぶんリエレにしてみれば、礼儀通りの手紙だったのだろうけれど。
「なら、なんとかなるかもしれないな。……踊ろうか?」
「喜んで」
手を差し伸べられて、ヴェネッダは恥ずかしいくらいすぐに取った。だって仕方がないだろう、嬉しいのだ。
ヴェネッダが嬉しそうにしていると、リエレも嬉しく思う。なにしろ感情表現の素直な人だ。こんなことに巻き込んでしまったのだから、せめて少しでも喜ばせたいと思う。
「うーん……姫にはもっと動きやすい方が似合うだろうけど、今の流行だから、目立ちはしないと思う」
「そう……か、そうか?」
ヴェネッダはこれでも辺境伯家の娘であるから、ドレスを着慣れないということはない。近隣の領との親睦のためであったり、辺境伯の名代として公式の場に出ることもあった。
しかし王都とはあまり縁がない。
辺境近くの領ではやはり、華美な装いはあまり流行らないのだ。
「ベニラ殿はもっと重ねようと言っていたが」
「あいつの言うことを聞いていたら大変だ。極端なんだ」
「でも姫に似合うものはよく知っていると思う。……姫、そろそろ入口だ」
「ああ」
ヴェネッダはリエレの腕をしっかり掴んだ。
仲の良いところを、それもヴェネッダがすっかり骨抜きだということを周囲に示しておこう。
本日の夜会は王城で行われる。
正式な謁見を申し込むより、こちらの方が良いだろうと判断したのだ。そもそも表向き、リエレの母は体調が悪くて王都にとどまっているだけだ。人質を返せと言っても話にならない。
「姫には面倒を……」
「それは言わないでくれ、婿殿。なんだか寂しい。我々は夫婦だ」
そう言ってくれるのは嬉しいのだが、返すものがないリエレは困ってしまう。だが母を諦めることなどできるはずもないのだ。
「婿殿、じっと目を合わせよう。その方がきっと仲良しだ」
「……確かに」
「ふふ。でも転ばないように気をつけよう」
「それは、うん」
二人は見つめ合いながら門番に身分を証明し、王城に足を踏み入れた。
きらびやかな景色は二人にとって慣れないものだ。リエレは王子として育ったが、ほとんど母の寂れた離宮にいるか、下町に買い物に出るだけだった。
このような世界に憧れがあるわけでもないので、リエレは眩しいなと思いながら、見知った姿を探す。
「いるか?」
「……いまのところ見当たらない。盛り上がった頃に来るのかもしれない」
「まあ、そうか。……じゃあ離れないでくれ」
「もちろん」
辺境伯の娘と、顔だけ有名で、めったに姿を見せなかった王子だ。物珍しげな視線がいくつかある。二人が離れてしまえば、それぞれどうでもいい相手にダンスを乞われるかもしれない。
いや、乞われるに違いないとヴェネッダは思う。なんといっても自分の夫はとても麗しいのだ。
「婿殿、ダンスは?」
「すまない、あまり」
「なら一緒だ」
「でも姫ならすぐに得意になりそうだ」
「そうだろうか? 体力はあると思うが……婿殿はすぐコツを覚えそうだ」
「ううん……どうだろう。ダンスと組手は似ていると思う?」
「まあ、ドラゴンと人間くらいには」
「ふ」
互いに笑い合って、少し肩から力が抜けた。
ともかくターゲットがいないのでは仕方がない。あとは仲の良さを振りまくくらいしかやることがないのだ。
ヴェネッダにとってそれは願ったりだ。母を心配しているリエレには悪いが、心配しても仕方がないのだから、今は許してほしい。
どうしたってリエレといると浮かれてしまう。
顔のせいか?
いや、実のところ、顔を見る前からヴェネッダはリエレに会いたかった。婚姻が決まったときにくれた手紙が、今でもヴェネッダの宝物だ。
辺境では見たことのない優しい文章だった。たぶんリエレにしてみれば、礼儀通りの手紙だったのだろうけれど。
「なら、なんとかなるかもしれないな。……踊ろうか?」
「喜んで」
手を差し伸べられて、ヴェネッダは恥ずかしいくらいすぐに取った。だって仕方がないだろう、嬉しいのだ。
ヴェネッダが嬉しそうにしていると、リエレも嬉しく思う。なにしろ感情表現の素直な人だ。こんなことに巻き込んでしまったのだから、せめて少しでも喜ばせたいと思う。
141
お気に入りに追加
533
あなたにおすすめの小説
3歳児にも劣る淑女(笑)
章槻雅希
恋愛
公爵令嬢は、第一王子から理不尽な言いがかりをつけられていた。
男爵家の庶子と懇ろになった王子はその醜態を学園内に晒し続けている。
その状況を打破したのは、僅か3歳の王女殿下だった。
カテゴリーは悩みましたが、一応5歳児と3歳児のほのぼのカップルがいるので恋愛ということで(;^ω^)
ほんの思い付きの1場面的な小噺。
王女以外の固有名詞を無くしました。
元ネタをご存じの方にはご不快な思いをさせてしまい申し訳ありません。
創作SNSでの、ジャンル外での配慮に欠けておりました。
【短編】冤罪が判明した令嬢は
砂礫レキ
ファンタジー
王太子エルシドの婚約者として有名な公爵令嬢ジュスティーヌ。彼女はある日王太子の姉シルヴィアに冤罪で陥れられた。彼女と二人きりのお茶会、その密室空間の中でシルヴィアは突然フォークで自らを傷つけたのだ。そしてそれをジュスティーヌにやられたと大騒ぎした。ろくな調査もされず自白を強要されたジュスティーヌは実家に幽閉されることになった。彼女を公爵家の恥晒しと憎む父によって地下牢に監禁され暴行を受ける日々。しかしそれは二年後終わりを告げる、第一王女シルヴィアが嘘だと自白したのだ。けれど彼女はジュスティーヌがそれを知る頃には亡くなっていた。王家は醜聞を上書きする為再度ジュスティーヌを王太子の婚約者へ強引に戻す。
そして一年後、王太子とジュスティーヌの結婚式が盛大に行われた。
修道院送り
章槻雅希
ファンタジー
第二王子とその取り巻きを篭絡したヘシカ。第二王子は彼女との真実の愛のために婚約者に婚約破棄を言い渡す。結果、第二王子は王位継承権を剥奪され幽閉、取り巻きは蟄居となった。そして、ヘシカは修道院に送られることになる。
『小説家になろう』様・『アルファポリス』様に重複投稿、自サイトにも掲載。
誰でもよいのであれば、私でなくてもよろしいですよね?
miyumeri
恋愛
「まぁ、婚約者なんてそれなりの家格と財産があればだれでもよかったんだよ。」
2か月前に婚約した彼は、そう友人たちと談笑していた。
そうですか、誰でもいいんですね。だったら、私でなくてもよいですよね?
最初、この馬鹿子息を主人公に書いていたのですが
なんだか、先にこのお嬢様のお話を書いたほうが
彼の心象を表現しやすいような気がして、急遽こちらを先に
投稿いたしました。来週お馬鹿君のストーリーを投稿させていただきます。
お読みいただければ幸いです。
連帯責任って知ってる?
よもぎ
ファンタジー
第一王子は本来の婚約者とは別の令嬢を愛し、彼女と結ばれんとしてとある夜会で婚約破棄を宣言した。その宣言は大騒動となり、王子は王子宮へ謹慎の身となる。そんな彼に同じ乳母に育てられた、乳母の本来の娘が訪ねてきて――
婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました
kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」
王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。
王家も我が家を馬鹿にしてますわよね
章槻雅希
ファンタジー
よくある婚約者が護衛対象の王女を優先して婚約破棄になるパターンのお話。あの手の話を読んで、『なんで王家は王女の醜聞になりかねない噂を放置してるんだろう』『てか、これ、王家が婚約者の家蔑ろにしてるよね?』と思った結果できた話。ひそかなサブタイは『うちも王家を馬鹿にしてますけど』かもしれません。
『小説家になろう』『アルファポリス』(敬称略)に重複投稿、自サイトにも掲載しています。
【完結】7年待った婚約者に「年増とは結婚できない」と婚約破棄されましたが、結果的に若いツバメと縁が結ばれたので平気です
岡崎 剛柔
恋愛
「伯爵令嬢マリアンヌ・ランドルフ。今日この場にて、この僕――グルドン・シルフィードは君との婚約を破棄する。理由は君が25歳の年増になったからだ」
私は7年間も諸外国の旅行に行っていたグルドンにそう言われて婚約破棄された。
しかも貴族たちを大勢集めたパーティーの中で。
しかも私を年増呼ばわり。
はあ?
あなたが勝手に旅行に出て帰って来なかったから、私はこの年までずっと結婚できずにいたんですけど!
などと私の怒りが爆発しようだったとき、グルドンは新たな人間と婚約すると言い出した。
その新たな婚約者は何とタキシードを着た、6、7歳ぐらいの貴族子息で……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる