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踊ってさようなら

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「今夜の君も素敵だ」
「お揃いですものね。こんなに素敵なことはありません」

 私は微笑み、リアンの腕に手を添えました。
 思えばあのメイド二人は、私に間違いない格好はさせてくれましたが、リアンと揃いにはしてくれていませんでした。

 新しく雇ったメイドはユンナの知り合いで、うっとりと頬を染めながら旦那様とお揃いの衣装にしてくれました。嬉しかったです。

「毎日君とお揃いでいたい……」
「ふふ。夫婦は似てくるそうですから、きっと、そのうちに」
「早くそうなるよう、できるだけ離れないようにしよう」
「はい」

 そうして私たちは会場に入りました。
 今日は確か、王女様の生誕の日を祝した会です。こういったパーティはたびたび催されていて、名目は誰もあまり気にしていないでしょう。楽しみの場であり、社交の場です。

「ミラレッタ様!」
「ヴィネ様、お会いできて嬉しいです」
「ええ、こないだぶりね。とても素敵なお揃いよ!」

 いまだに侯爵令嬢であるヴィネ様とは、近頃親しくさせて頂いております。
 彼女は傍若無人なところがありますが、根本が悪いひとではありません。むしろ正義感のある方で、それゆえにこの無礼さを許されているのでしょう。

 そう、ヴィネ様はまだ元夫とは結婚しておりません。
 元夫は私への暴行罪で捕まりましたので、当然といえば当然でしょう。ヴィネ様は彼と結婚したいからと、罪をもみ消すようなことはしませんでした。

『罪は罪よ、ちゃんと償わなきゃ。そのあとでどうするかは彼次第だわ』

 そんなことがありながら、彼との結婚を諦めたわけでもないようです。どうにも不思議な方でした。

「マルセイラ嬢、つい先日、ヴィレア商会との話がついた。あなたの口添えなしでなせなかったことだ。感謝する」
「あら、当たり前のことをしたまでです。借金を背負わせるやり方もひどいものでしたが、アイニアさんに至っては商会の威を借って好き放題していただけでしたもの!」
「おかげでラテーナ家も持ち直せそうだ」
「そう、良かった!」

 ヴィア様は心から嬉しそうに笑います。本当に、不思議で、立派な方です。

 アイニアさんがやっていたことは、商会のためでもなんでもありませんでした。貴族家にメイドを入れて悪口を吹き込む、妊娠したと嘘をつかせるなんて、商会の信用を落とすだけの行為です。
 リアンはそれを黙っているかわりに、ラテーナ家の借金の返済を遅らせるよう要求したのです。

 ヴィレア商会は貴族家ではありませんが、高位貴族も叶わないほどのお金を持っています。男爵であるラテーナ家にとってはもちろん、我が子爵家にとっても簡単に交渉できる相手ではありません。
 そこでヴィア様の力を必要としたのです。正直に話してお願いすると、ヴィア様は商会のやり方に憤り、あっさり協力してくれたのでした。

「あ、王女殿下のファーストダンスが終わったようね。お二人のダンスを期待しているわ。どんどん……ふふっ、いやらしくなるって評判よ」
「……っ」

 私はびっくりしてヴィネ様を見返しましたが、いたずらっぽい微笑みを残して、人々の中に消えていきました。

「……ミラ」
「はい」

 少しだけの気まずい時間をおいて、リアンが手を差し伸べてきました。もちろんそれに手を乗せて、ダンスのために開けられた場所に向かいます。

「トーリー!」

 その時、私達の間に入り込もうとした女性がいたので、リアンは私を強く引き寄せました。
 少し乱れた姿をした彼女は無礼なほど距離を詰めてきましたが、私達二人よりも近くなどなれません。

「ねえ、お父様に言いつけて、私を自由にしてくれたのよね? これでもう私達、結婚できるのよね?」
「名も知らぬご婦人、大変失礼だが、邪魔だ」
「なっ……」
「私は妻と一時も離れたくないのだから」

 ご婦人……アイニアさんはこれほど拒絶されたことはなかったのか、立ち尽くしてぶるぶると震えています。
 私も彼女のことは知らないふりをして、リアンについていきました。今日のダンスも楽しみです。近頃は社交に力を入れて……というのは建前で、私とリアンはダンスのために参加しているのかもしれません。

 邸にいるのも良いですが、二人で出かけるのも好きなのです。
 何をしていても楽しいので、何でもしたいです。

「ミラ」
「はい、リアン。今日もよろしくお願いします」
「今日も君と踊れる僕は幸せ者だ」
「ふふ。私の方が、ずっとです」

 そして流れる音楽と、愛しい腕に身を任せて、くるりと回るときに、絶望の表情でこちらを見るアイニアさんが見えました。
 もう何度も見せつけてきたのに、まだ見ているのですね。

 でも、これが最後かもしれません。お父上にかなり叱られて、社交界への参加を禁じられたそうですから。

「そうだろうか? 僕と結婚したばかりに、面倒をかけてしまった」
「いいえ、とんでもない。私の方こそ」
「絶倫子爵との結婚は……その、疲れるだろう? つらくなったら言って欲しい」
「ええ、ええ。でも、私は不感症ですから、今のところ全く問題ありません」

 相性の良さを笑い合って、ふと、リアンが言いました。

「思うのだが、君のそれは不感症だとか、鈍感だとかではなく……肝が座っている、と言うのだと思う」
「まあ」
「とても素敵だ」
「ふふ。では旦那様のそれは絶倫ではなくて……愛が深い、と言うのです」

 私、とても幸せです。
 触れ合い、くるりくるりと踊る。音楽が変わっても、ずっと。
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