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「ミラレッタ。君のこの手が、どうやって僕のところまでたどり着いたか知らない。いずれ知るだろう。けれど今は、ただ君を愛したい」

 私は困惑しながら、僕、と心のなかで復唱しました。顔合わせの場でも挙式の間も「私」と言っていたはずです。立派な方です。
 けれど私の前で「僕」という旦那さまは、なんだか可愛らしく思えました。

「は、はい」

 どう答えてよいのかわからず返事をしただけになりました。何か、気の利いたことを言わなければとは思うのです。長い言葉には、同じくらいの言葉を返すべきでしょう。
 つまらない女だと、旦那様も思うでしょうか。
 それは事実なので、どうしようもないことではあります。

「ミラレッタ、キスをしても?」
「は……い……」

 ああ、困ってしまいます。
 全く良い返事が思い浮かびません。どうして旦那様は、こんなつまらない女に問いかけをなさるのでしょうか。何も言わず好きにしてくださって良いのです。

 なのに旦那様は私に許可を取り、そしてその、まるで愛おしげな視線でも私を伺っているのがわかるのです。

「あ、あの……っ」
「何かな、ミラレッタ」
「旦那さまは、その……三度目なのですよね、いつも、こんな……」
「……確かに三度目だが」

 すると旦那様の肩が落ち、声が弱くなりました。

「あっ……」

 傷つけてしまったのだと、鈍い私にもわかりました。こういった場で前の奥様のことを聞くなんて、とても失礼なことでした。
 でも、どうしても気になって仕方がなかったのです。私と旦那様はわずかな顔合わせで婚姻を決めました。旦那様が私を好きだとか、気に入っているとか、そういうことはないでしょう。

 こんなふうに、なんだか大事に扱われるのには違和感があります。

「僕はいつも、最初で最後のつもりだった」

 ああ、と私は嘆息しました。
 傷ついた声には後悔がびっしりと詰まっているようでした。悲しげに伏せられたまつげに胸が、なんだかギュッと苦しくなりました。

 きっとこの人は、思っていたよりずいぶん真面目なのです。
 いつでも、自分の唯一の妻を愛そうとしてきたのでしょう。しかしそれは報われず、二度も失敗してしまったのです。

 そして今、このひとの妻なのが私です。
 私はひどく申し訳なく、旦那様が気の毒になってしまいました。私はそんなに大事にされるべき人間ではありません。でもきっと、それを告げるとこの人はまた傷ついてしまうでしょう。

「……そうなのですね」

 私はできるだけ優しく聞こえるようそう言って、旦那様の背中にそっと手を回しました。こんなことをして邪魔だと思われないと良いのですが。
 前夫は私を無反応だと言いましたが、やることはすべて自分の思うようにやりたいようでした。私が少し動いたりすると、自分に合わせろとやはり怒りだしたものです。

「ごめんなさい」
「いや、君とはもっと話をしておくべきだった。こちらの都合で結婚を急いでしまったから」
「そんな。私も、早く結婚したかったです、から」
「そう言ってくれると嬉しい」

 私は孤児院から見つけ出してくれた叔父にお世話になっている状態でした。叔父は悪い人ではないのですが、それだけに、迷惑をかけないよう早く家を出たかったのです。
 でも、それは言わないほうがいいでしょう。
 旦那様と結婚したかった、それは嘘ではないのですから。私は口をつぐんで、後ろめたさから少しだけ視線を落としました。
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