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「そのままご同行を、陛下」

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 厩へ近づいた時、飛竜の鳴き声が聞こえた。

「……!」
 なんという僥倖。
 どこから聞こえたか、すぐにわかるほどの近距離だった。ルナは即座に振り向き、メサイアと王の位置を確認する。

「陛下」
 それから呼んだ。
「……なんだ」
 返答こそ嫌そうなものだが、王はいそいそと近づいてくる。メサイアは離れない。さきほどの言葉の通りで、実に素晴らしい。

「失礼」
「は……っ!?」
 ルナは呼吸をするように、メサイアの懐から刃物を奪った。そのまま、まだ何も気づいていない王の腕に腕を絡めた。

「……ん?」
 王がわずかににやけたのも一瞬のこと、すぐに驚愕に顔をひきつらせた。
「ま」
「そのままご同行を、陛下」
「な、なぜっ……」
「でなければ、斬ります」

 王を、ではない。
 ルナは小さな刃物をしっかり己の首に突きつけていた。今にも傷ができそうな、否、つうっと首筋から血が伝っている。
「や、やめ、やめよ! 何をしている!」
「まあ、死にはしません」

 相手は獣人の王である。男である。力があることがわかっているのだから、余裕など見せるわけにはいかない。切れない程度の隙間を持つより、密着させたほうが安全だ。
 動脈はずらしてあるから、少々深く入りすぎても問題ない。

「死……っ、死ぬことなど許さぬ!」
「であれば、このまま向こうへ」
「……貴様」
「大声を出すのはあまり勧められないな。ほら、うっかりもっと切れる」
「や、やめてくれ!」

 泣きそうな声をあげて、王は周囲を見た。兵士たちがこちらを伺っている。ルナは王と密着し、また小さな刃物であるから、彼らからは見えなかっただろう。
 見えているのはメサイアだけだ。
「あ、あなたたち、」
「黙れ!」

 鋭く王が声をあげた。
「なぜこんなものを持っていたッ」
 最低限の頭はあるようで、大声はあげない。それでもあきらかな怒りにメサイアは震えて身を縮めた。
「わ、私は……」
「メサイア殿も離れないよう。これほどの失策のあと、更に陛下を裏切る度胸があるなら構わないが?」
「……!」

 この刃物はメサイアがルナに与えたようなものだ。さすがにわかっているのだろう、メサイアは動揺して「でも」とまた言い訳をしかけたようだ。
 王が睨む。
「黙れ。我が番に何かあれば容赦はしない……」
「ひっ」

「仲良しはいいが、足を止めないように。向こうだ」
「……飛竜か」
「そうだ。悪いがそこまでご一緒願う」
「飛竜はおまえの言うことなど聞かないぞ!」
「ああ、だがライファン陛下の言うことなら聞く。そうだろう?」

 飛竜は貴重で重要なものだ。
 多くの飛竜を持つことができれば、空からどんな国も攻めることができる。逆に飛竜を持たなければ、迅速な外交さえ極めて難しくなる。
 ただ飛竜はまず個体数が少なく、警戒心が強く、そして慣らすことが難しい。
 結果、どの国もせいぜい数匹を飼っているのが通常だ。

 一方、一度人に慣らしてしまえば、王の言うことを聞くよう仕込むのは比較的容易だ。そうしない理由がない。

「む……」
「さ、飛んでもらおう。……世話係にもあなたから説明を」
「貴様の思い通りになど……」
「だとしたら私の傷は深くなるな。悲しいことだ」

「貴様とて死ぬ気はあるまい。自分を人質にするなど、道理が通るものか!」
「死ななくとも、傷ついただけでも嫌なのだろう? 私は多少の傷は構わない。充分に取引材料になると思うが?」

 王は震え、何事か言おうとしたようだが、ルナの首筋を見ると大人しくなった。本当に、少しの傷も嫌なのだろう。
 番を失った獣人は、当分、使い物にならなくなると聞く。
 それだけの衝撃なのだ。たかだかかすり傷ひとつでも、耐え難いことなのかもしれない。

「陛下!?」
「ど、どうなさったのですか!?」

 飛竜の鳴き声が聞こえた場所は、大きく出口が取られている。ここだろう。乾燥した草の匂いもする。
「……我が番と少し飛ぶ」
「は」
「では準備を致します!」
「……っ、急げ!」
「は、はい!」

 ルナは手の中に刃物を隠しながら、ぐっと首筋に押し付けて見せる。王は目の色を変えて世話係たちを急かした。
「陛下っ、これ以上、ネズミに従うなど……」
 メサイアが小声で言うが、彼女も大声をあげて王の不興を買う勇気はないようだ。
「黙れと言っている! ……何、少し飛んでくるだけだ」

 王は乾いた声で言った。ルナを逃がす気はないだろう。ただアリアレッサまで飛ぶには時間がかかるため、いくらでも隙があると考えているはずだ。
 もしルナが王の立場であれば、相手の気が緩むまで待つ。
 王もそれを選択したようだった。
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