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「殺してやる……!」

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 お忙しいらしい陛下は、なんとそのあとすぐに現れた。
「メサイアよ、下がっておれ」
「へ、陛下」
「この者に話がある。お前達もだ」

 青ざめたメサイアに目も向けず、相変わらずルナをじっと見ながら言った。護衛たちはしばらく「危険です」と王を諭そうとしていたが、問題ないと王に言われてしまえばどうしようもないようだった。

 我が国なら、とルナは思う。
 囚人と二人きりになど絶対にさせないだろう。どのような状況でも、王のそばには誰かがついているものだ。

「……どうだ。少しは落ち着いたか?」
 ふたりきりになって、妙に甘い声で言われた。
「は?」
「いくら教育されていない者でも、冷静に考えればわかるはずだ。この俺の妾になるのだぞ。お前には一生手に入るわけのなかった栄誉だ」

 ルナは信じがたく男を見た。
 たった半日ばかり会わなかっただけなのだが、気持ち悪い方向に病が進んでしまっているようだ。

「このまま牢で暮らしたくなどないだろう? 囚人の暮らしは悲惨だぞ。おまえのようなネズミにはひときわそうだろう。粗末な食べ物、外に出ることもできず、体は萎えていく。病になっても誰も助けてはくれないぞ」
 男はいやらしい笑みを浮かべているが、彼は優しい笑みのつもりなのかもしれない。下劣なことを言いながら媚びるという、なかなかの芸当だ。

「ああ、哀れだ! そしてあまりにも愚かだ。唯一の我が番という幸運を得ておきながら、馬鹿なことをしていると思わないか?」
 全く思わない。
 ルナはじっと男を見る。はたしてこれはまともな精神状態なのだろうか。自分が何を言っているのか、わかっているのだろうか。

「我が番よ、そなたとて考える頭はあろう……? さあ、ひとつうなずくだけでいいのだ。我が寵愛を受けるだろう」
「いいえ」
 色々と突っ込みどころがありすぎて、ルナは簡単な返事しかできない。王は困ったような、なんとも歪んだ微笑みを浮かべた。

「そう意地を張ることはない……置いてきたもののことなど忘れてしまえ。それよりもよいものを、俺がくれてやろう」
「ネズミと罵られる代価にしては安いな」
「……」
 ルナの言葉に男が顔をしかめた。

「……我が番にそのような扱いは二度と許さぬ。姫のように扱ってやろう。何もかもを人に任せてよい。ただ、俺に愛されていればいいのだ」
「それは無理だろう。兵士も、メサイア殿も、ネズミを丁重に扱う気がない」
「そんなことはない。俺が命じれば従う。心配することはない」

 男の口元は笑っているが、目は笑っていない。ただただルナを見ている。見るだけで幸せだとばかりに、うっとりと見ている。

「……だが、私を鞭で打つだろう?」
「なんだと?」
「ほら」
 ルナは男の顔から目を離さないまま、足の傷を見せてやった。

 この場所で目覚めた時に着せられていたのは、ルナからすればすぐに破れそうな薄布だ。それでも肌を隠していたそれをたくし上げる。
 男がごくりと喉を鳴らした。
 うわ、とルナは内心苦笑いした。鍛えた肉体を讃えられることはあっても、そういった意味で見られることはあまりない。

 やわなお嬢様方の気持ちをちょっと理解しつつ、本題はそこではない。
 鞭の痕だ。
 王が表情をこわばらせたので、きちんと見えたのだろう。

「……誰だ?」
 大きな手が格子を殴りつけた。
「誰だ、誰だ! 俺のものに手を出すとは、反逆に等しい! 裏切り者めっ! どこにいる!」
 更に格子を殴りつけ、ぐるる、と喉を鳴らす。離れていこうとした男の腕を、ルナは掴んだ。

「待て」
「ガァッ!」
 離せ、と咆哮されたようだが離さない。迫力はすごいが相手は本物の獅子ではないのだ。噛み付いて相手を即死されるほどの力はないだろう。

「どうするつもりだ?」
「殺してやる……!」
「誰を?」
「誰……誰だ?」
 物騒に目が光る。メサイアだと教えてやれば、まあ見事に悲惨なことになるだろう。

 さて、どうしようと思う。殺してしまいたいほど、あの女を恨んではいない。好きではないがトレーニングをさせてもらったので、嫌いでもない。殺されるのは寝覚めの悪い話だ。
 だが、己をネズミと呼ぶ相手に、それほど気を使ってやる気もない。

(とはいえ、なあ)
 このようなことで忠臣を殺そうとする王では、軽蔑するほかない。王の周囲がどうなっても知らないが、民は哀れだ。

「それがどんな忠義の相手でも、殺すのか」
「当たり前だ! この俺の、俺のものに手を出したのだぞ。死でも生ぬるい……!」
「ほう、では」
「な……っ!?」

 ルナは爪で己の頬を引っ掻いてみせた。
 血がつうっと伝って落ちた。

「……どうする?」
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