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「これ、陛下に言ったらどうなるだろうな?」

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「はあっ、はあ、はあっ、この、あばずれ!」
「うん、これは、なかなか……しかしメサイア殿、ひとつ提案が、あるのだが、」
「お黙りなさい! ネズミに言葉などありますか? せめて人に近づいてからおっしゃいなさい」

 などと言われてしまったが、残念ながら言葉を操るルナは話を続けた。
「メサイア殿は、」
「ああ、鳥肌の立つ! ネズミが私の名を呼ぶなど、気味の悪い!」
「私に出ていって欲しいのだろう?」
「陛下を陥れ、番となっておいて何をぬけぬけと……」

「私も出ていきたい。互いに協力できれば、よい結果を導けると思うのだが?」
「……」
 メサイアが黙った。
(これは脈アリか?)
 ルナは少し期待する。もしメサイアが「誰だって陛下のそばにいたいはずだ」というキメきった信者だった場合は無理だが、「いうて嫌な人は嫌だろう」という常識的な判断が残っていてくれれば。

「私は人間だからな、陛下の魅力は正直わからん。帰りたいんだよ」
 メサイアが顔をしかめる。
「……たとえ薄汚いネズミでも、陛下のためであれば人にしてみせる。それが忠実な臣下の道というもの」

 いやそれは違うんじゃないかな。
 根本まず相手をネズミと思うのをやめればいいのでは?
 ルナは普通にそう思ったが、メサイアの決意は堅そうだ。

「だが、陛下はあなたより私を優先させるだろう」
「それは本能ゆえのこと」
「偉大なる陛下も本能には逆らえないと?」

 煽りに怒り出すかと思ったが、メサイアは表情をなくしてから、わずかに微笑んだ。
「陛下とて人の子」
 それを知るという優越の感じられる表情だ。なるほど乳母である。

「そうか。であればあなたは、陛下に切り捨てられようと構わないのだな」
「本能だと言っているでしょう。毎日食事をし、眠るようなもの。本当に大事な御心はそこにはない……まあ、ネズミにはわからないでしょうけれど」

「いいや、それは同意できる。私はわけのわからない本能で攫われてきたんだぞ? もし陛下がそれほど偉大であるなら、ぜひとも本能を押しのけて現実を見ていただきたい」
「何を図々しい。ネズミのごときが陛下の気まぐれで拾われたようなもの。あなたは黙って教育を受ければいいのです!」

 また鞭を振ってきたので、ルナはそれを掴んでとめた。
「なっ……」
「ところでメサイア殿」
「は、離しなさい! ネズミ、汚い顔を近づけるんじゃありません!」
 ルナは構わず近い距離で口を開く。

「いくらか打たれたので痕がついたわけだが」
「だから何です。その程度、一晩眠れば消えるでしょう。そのような軟弱な主張、二度とできぬようにして……」
「これ、陛下に言ったらどうなるだろうな?」

 メサイアが黙った。
 わずかに青くなった、ように思う。ルナは少し角度を変えながら、至近距離でじっくりとその表情を読む。
「どうなるだろうな?」
「あなた……」

「偉大な陛下は本能に勝てるだろうか? 番から、あのような怖い女は遠ざけてほしいと言われたら?」
 メサイアの白い顔がこわばっていく。
 王の乳母だったという女は落ち着いた衣装をまとい、だが、まだ簡単に傷つきそうな柔らかな頬を持っている。

「言ってみようか」
「……言ってみなさいよ」
 睨みつけてきた。
 やはり思うより若いのだろう。乳母と名乗るなら母親であろうと思ったが、もしかするとそうではなく、役職の名としての乳母なのかもしれない。

「ああ、言ってみよう」
「……陛下はお忙しい方。ネズミにさく時間などないと、すぐにわかるわ」
「そうか? さてな」

 たぶんすぐに来るだろうとルナは思った。
 あの様子では。とても我慢などできずに会いに来るだろう。牢に入れて放っておけるくらいなら、こんなことになってはいないはずだ。
 周囲に止める者もいない。

「もし陛下に叱られたらどうする? 素直に引き下がるのか? ……そうだろうな、あなたは忠実な臣下のようだから。ネズミ以下の扱いをされても諾々と従うに違いない」
 メサイアは何も言わない。
 だが何も言わないということは、これは効いているのだろう。

「……ああそうだ。心配だから、私の目の前で言ってもらうことにしよう。二度と近づくなと」
「……」
「おまえはもう要らない、と」
「……!」

 メサイアが顔を赤くして鞭を振り上げた。
「このっ、薄汚いネズミめ! おまえなど地を這い泥水を啜るが似合いだ。永遠にここにいるがいい。このっ! 疫病神! 出来損ない!」
「ああ、うん、うん」

 しゃにむに鞭を振られてつい付き合ってしまった。
 こんなことをしている場合ではないのだが。どうも自分は交渉が下手で、怒らせるのだけ得意なようだとルナは知った。
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