上 下
4 / 12

「王よ、私が望んでいるのだぞ?」

しおりを挟む
「まあ、あなた方の国がどうなっていようと私には無関係。ライファン陛下には真っ当な判断を望む。我が国への謝罪を」
「ふざけたことを、こちらこそが謝罪をされて叱るべきだ。貴様のような毒を俺の前に出してきたのだぞ、侵略にも等しいことだ!」
「……ふむ?」

 無茶な言い分だが、現実的に可能だったのだなとルナは気づく。
 獣人にとって番は絶対のものだ。嫌がっても体が反応するのは、もうさんざん見せられてきたこと。

 もし母国アリアレッサの王がルナを押さえてしまえば、それはもう、ほとんどライファン王を思い通りにできる、に等しい。
(いやいや、そこまでではないだろう。さすがに)
 国なのだ。
 いくらなんでも王の裁量で動かせることは限定されている。はずだ。

「……」
 目の前の短気な男を見ていると、ちょっと、かなり疑わしくなってくるが。
「……ひとまずそれでもいいが。とにかくアリアレッサへの帰国を望む」
「させるものか。こうなった以上、貴様は我がものだ。汚らわしく、忌々しいが……」
 そう言いながらも男の視線は、じっくりとルナの頭から足先までを見るのだ。ルナは少し考え、言ってみた。

「王よ、私が望んでいるのだぞ?」
 偉そうだ。
 自分でそう思うくらいなので、王にとっては数倍そうだっただろう。歯ぎしりの音が聞こえてきそうだ。形相もすごいものだったが、ご面相で人は殺せない。
「私が、帰国を望んでいるのだぞ?」

 番というものがどれほどの強制力を生むのか。確かめるようなつもりで、瞳をじっと見つめながら言った。
「私を帰してくれ」
 直接的な言い方に変えてみた。
 見る間に王の顔が赤くなる。

(怒らせたか?)
 さすがに上からすぎただろうか。しかしこの状況下であれば、媚びて舐められることは得ではないように思う。
 できればこちらが上だと、少なくとも上を譲る気がないのだと知らしめたい。

 王が重みのある動きで前に出た。
「……」
 威圧か。ルナは引かずに、腕を組んで見上げる。王は番であるルナを害せない。だが何事も絶対ということはない。
 警戒はゼロではない、だが気づかせない。ほんのわずかに口の端を吊り上げて見せた。

「逃がすものか……!」
 腕を掴まれた。
 ルナは振り払いもせずに男を見上げている。男の目は見開かれ、熱は上がりきっている。顔が近い。恐れはしないがルナは相手の意を測りかねた。

 あまりにも近い。
「俺の、ものだ……」
 そして男は隙だらけだった。
 やってくれといわんばかりだ。

 何か罠でもあるのだろうか?
 いや、そんな気配もないのだ。ただただ、男の赤い顔が近く、
「俺のものだ、これは俺のものだ、誰にもやらん、どこにも帰さぬ。俺だけを愛して俺だけに抱かれて俺の子を生むのだ! 感謝しろ、それがおまえの幸せなのだ!」

 あ、これは何もないな。
 ルナは理解したので、遠慮なく男の股間を蹴り上げた。

「ンッ、グゥ!?」
 王は見事に沈没して、ルナがどいた寝台の上にぐたりと倒れた。

「へ、陛下ッ!」
「貴様ぁ!」
「どうした!?」
「陛下! 陛下に何を!」
「陛下をお守りしろ!」

 護衛の悲鳴を聞きつけて、なだれ込むように兵士が飛び込んできた。ルナはまず襲いかかってきた騎士二人を冷静に床に沈めたが、数が多い。
 それでもやるしかないと迅速に雑に、ちぎって投げようと決めたところ、

「貴様らぁああ、俺のものに何をするゥゥウ!」
「へ、陛下っ!?」
「おやめください、ああ!」

 股間の痛みはまだあるらしく、前かがみになりながら、王は大きな両腕で男たちを薙ぎ払う。
 なんとも大味だが力強い。そして何より王に逆らうわけにもいかない兵士たちは、慌てきった顔で撤退していく。

「ううん、惜しいな。豪快なのは悪くないが」
 格好いいと言うには、やはりあからさまに乱心である。距離を取りながらルナはため息をついた。

 危機感は大変に萎えさせられたが、兵士たちも「ルナを逃がすな」という命令にはしっかり従うだろう。
 まだ入りきれない兵士がドアの外に詰めかけている。隙をついて逃げるのはさすがに難しそうだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

義弟の婚約者が私の婚約者の番でした

五珠 izumi
ファンタジー
「ー…姉さん…ごめん…」 金の髪に碧瞳の美しい私の義弟が、一筋の涙を流しながら言った。 自分も辛いだろうに、この優しい義弟は、こんな時にも私を気遣ってくれているのだ。 視界の先には 私の婚約者と義弟の婚約者が見つめ合っている姿があった。

婚約者の側室に嫌がらせされたので逃げてみました。

アトラス
恋愛
公爵令嬢のリリア・カーテノイドは婚約者である王太子殿下が側室を持ったことを知らされる。側室となったガーネット子爵令嬢は殿下の寵愛を盾にリリアに度重なる嫌がらせをしていた。 いやになったリリアは王城からの逃亡を決意する。 だがその途端に、王太子殿下の態度が豹変して・・・ 「いつわたしが婚約破棄すると言った?」 私に飽きたんじゃなかったんですか!? …………………………… たくさんの方々に読んで頂き、大変嬉しく思っています。お気に入り、しおりありがとうございます。とても励みになっています。今後ともどうぞよろしくお願いします!

久しぶりに会った婚約者は「明日、婚約破棄するから」と私に言った

五珠 izumi
恋愛
「明日、婚約破棄するから」 8年もの婚約者、マリス王子にそう言われた私は泣き出しそうになるのを堪えてその場を後にした。

何故、わたくしだけが貴方の事を特別視していると思われるのですか?

ラララキヲ
ファンタジー
王家主催の夜会で婚約者以外の令嬢をエスコートした侯爵令息は、突然自分の婚約者である伯爵令嬢に婚約破棄を宣言した。 それを受けて婚約者の伯爵令嬢は自分の婚約者に聞き返す。 「返事……ですか?わたくしは何を言えばいいのでしょうか?」 侯爵令息の胸に抱かれる子爵令嬢も一緒になって婚約破棄を告げられた令嬢を責め立てる。しかし伯爵令嬢は首を傾げて問返す。 「何故わたくしが嫉妬すると思われるのですか?」 ※この世界の貴族は『完全なピラミッド型』だと思って下さい…… ◇テンプレ婚約破棄モノ。 ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇なろうにも上げています。

愛しているからこそ、彼の望み通り婚約解消をしようと思います【完結済み】

皇 翼
恋愛
「俺は、お前の様な馬鹿な女と結婚などするつもりなどない。だからお前と婚約するのは、表面上だけだ。俺が22になり、王位を継承するその時にお前とは婚約を解消させてもらう。分かったな?」 お見合いの場。二人きりになった瞬間開口一番に言われた言葉がこれだった。 初対面の人間にこんな発言をする人間だ。好きになるわけない……そう思っていたのに、恋とはままならない。共に過ごして、彼の色んな表情を見ている内にいつの間にか私は彼を好きになってしまっていた――。 好き……いや、愛しているからこそ、彼を縛りたくない。だからこのまま潔く消えることで、婚約解消したいと思います。 ****** ・感想欄は完結してから開きます。

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

〈完結〉この女を家に入れたことが父にとっての致命傷でした。

江戸川ばた散歩
ファンタジー
「私」アリサは父の後妻の言葉により、家を追い出されることとなる。 だがそれは待ち望んでいた日がやってきたでもあった。横領の罪で連座蟄居されられていた祖父の復活する日だった。 十年前、八歳の時からアリサは父と後妻により使用人として扱われてきた。 ところが自分の代わりに可愛がられてきたはずの異母妹ミュゼットまでもが、義母によって使用人に落とされてしまった。義母は自分の周囲に年頃の女が居ること自体が気に食わなかったのだ。 元々それぞれ自体は仲が悪い訳ではなかった二人は、お互い使用人の立場で二年間共に過ごすが、ミュゼットへの義母の仕打ちの酷さに、アリサは彼女を乳母のもとへ逃がす。 そして更に二年、とうとうその日が来た…… 

【完結】結婚前から愛人を囲う男の種などいりません!

つくも茄子
ファンタジー
伯爵令嬢のフアナは、結婚式の一ヶ月前に婚約者の恋人から「私達愛し合っているから婚約を破棄しろ」と怒鳴り込まれた。この赤毛の女性は誰?え?婚約者のジョアンの恋人?初耳です。ジョアンとは従兄妹同士の幼馴染。ジョアンの父親である侯爵はフアナの伯父でもあった。怒り心頭の伯父。されどフアナは夫に愛人がいても一向に構わない。というよりも、結婚一ヶ月前に破棄など常識に考えて無理である。無事に結婚は済ませたものの、夫は新妻を蔑ろにする。何か勘違いしているようですが、伯爵家の世継ぎは私から生まれた子供がなるんですよ?父親?別に書類上の夫である必要はありません。そんな、フアナに最高の「種」がやってきた。 他サイトにも公開中。

処理中です...