3 / 4
後悔
しおりを挟む
「ああ、なぜ……」
大神官は嘆いた。
眼の前には息子の死体がある。大神官に次ぐ地位を持つ彼は、地方で頻発する魔物の侵攻の様子を見に行ったのだ。
浄域を張れる巫女も、護衛も同行していた。
「も、申し訳ありません……」
眼の前でひざまずいているのはその護衛だ。
息子は死に、巫女は死に、そして彼だけが傷を負いながら生き残った。いや、息子と巫女が食われているうちに逃げたのだ。
「しかし、浄域が張られていなかったのです! 魔物が浄域に入り込んできたのです。あのようなことは初めてで、対応が遅れました。巫女どのがきちんと浄域を張ってくだされば、いつものように……」
「いつものように?」
「ええ、浄域ごしに魔物を倒すのであれば、簡単なことなのです」
大神官は理解できず、呆然と護衛の男を見る。
浄域は魔物をひるませ、近づかなくさせるものだ。しかし魔物が入ってこない効果はないし、いきりたった魔物を大人しくさせることもない。
「どのように……倒すのだ……」
大神官は喉の乾きを感じながら聞いた。
この護衛の男は元は自警団にいて、よく魔物を倒すので教会で雇った。浄域に入り込んできた魔物を、誰よりも多く倒したはずだ。
「浄域を挟めば魔物は入ってこられませんから、あとは逃さないことが大事なのです。できるだけ早く、強烈な一撃を入れることです。いつもはそうなのです。巫女がきちんと浄域さえ張ってくれれば……」
「馬鹿な……それは結界だ。結界越しに、攻撃してもこない魔物を倒して、あれほど偉ぶっていたというのか! 金を受け取っていたというのか……!」
護衛の男は心外だという顔をして言った。
「そうです。それが我々の仕事ですよ。町に近づいてきた魔物を倒して、人々を安心させていたじゃないですか?」
魔物を倒す自警団に金を渡しているのは王家だ。
しかし、そのために教会への支援が減っているのは間違いなかった。結界がなければそのような戦い方はありえないというのに、本末転倒ではないか。
しかし大神官は何も言うことができなかった。
すでにセーラはいなくなり、彼の息子も死んでしまったのだ。何を言ったところでどうなるというのだろう。
今も教会の外には、不満を抱えた人々が押しかけているのだ。
「教会は堕落した!」
「神の加護を失った!」
「浄域を張れる巫女を派遣しろ!」
「は、はは……」
「何を笑っているのですか!? 大神官様、いったい何が起こってるんですか? 浄域を張れる巫女はいるのですよね?」
「ああ、いるとも、いるとも、ははは!」
もはやどうでもよかった。
大神官にはわかっていた。神に見捨てられた、見捨てられても仕方のない間違いを犯したのだ。
「金の亡者め!」
「はは、ははっ」
いくら金があっても息子は戻ってこない。
護衛の男に復讐しようという気にもなれなかった。どうせ放っておいても死ぬだろう。魔物を倒して金を稼いで生きていた男なのだ。結界のない中でも人々は彼を前線に引っ張り出すに違いない。
「セーラ……」
震える声で聖女の名を呼んだが、彼女はすでにこの国にはいないだろう。大神官は冷たい床に膝をついた。高価な貴石でつくられた床だが、彼を助けてはくれない。
金で平和が、命が買えるなら、どれだけ安かったか。
しかしもはや、金では買えない。
大神官は嘆いた。
眼の前には息子の死体がある。大神官に次ぐ地位を持つ彼は、地方で頻発する魔物の侵攻の様子を見に行ったのだ。
浄域を張れる巫女も、護衛も同行していた。
「も、申し訳ありません……」
眼の前でひざまずいているのはその護衛だ。
息子は死に、巫女は死に、そして彼だけが傷を負いながら生き残った。いや、息子と巫女が食われているうちに逃げたのだ。
「しかし、浄域が張られていなかったのです! 魔物が浄域に入り込んできたのです。あのようなことは初めてで、対応が遅れました。巫女どのがきちんと浄域を張ってくだされば、いつものように……」
「いつものように?」
「ええ、浄域ごしに魔物を倒すのであれば、簡単なことなのです」
大神官は理解できず、呆然と護衛の男を見る。
浄域は魔物をひるませ、近づかなくさせるものだ。しかし魔物が入ってこない効果はないし、いきりたった魔物を大人しくさせることもない。
「どのように……倒すのだ……」
大神官は喉の乾きを感じながら聞いた。
この護衛の男は元は自警団にいて、よく魔物を倒すので教会で雇った。浄域に入り込んできた魔物を、誰よりも多く倒したはずだ。
「浄域を挟めば魔物は入ってこられませんから、あとは逃さないことが大事なのです。できるだけ早く、強烈な一撃を入れることです。いつもはそうなのです。巫女がきちんと浄域さえ張ってくれれば……」
「馬鹿な……それは結界だ。結界越しに、攻撃してもこない魔物を倒して、あれほど偉ぶっていたというのか! 金を受け取っていたというのか……!」
護衛の男は心外だという顔をして言った。
「そうです。それが我々の仕事ですよ。町に近づいてきた魔物を倒して、人々を安心させていたじゃないですか?」
魔物を倒す自警団に金を渡しているのは王家だ。
しかし、そのために教会への支援が減っているのは間違いなかった。結界がなければそのような戦い方はありえないというのに、本末転倒ではないか。
しかし大神官は何も言うことができなかった。
すでにセーラはいなくなり、彼の息子も死んでしまったのだ。何を言ったところでどうなるというのだろう。
今も教会の外には、不満を抱えた人々が押しかけているのだ。
「教会は堕落した!」
「神の加護を失った!」
「浄域を張れる巫女を派遣しろ!」
「は、はは……」
「何を笑っているのですか!? 大神官様、いったい何が起こってるんですか? 浄域を張れる巫女はいるのですよね?」
「ああ、いるとも、いるとも、ははは!」
もはやどうでもよかった。
大神官にはわかっていた。神に見捨てられた、見捨てられても仕方のない間違いを犯したのだ。
「金の亡者め!」
「はは、ははっ」
いくら金があっても息子は戻ってこない。
護衛の男に復讐しようという気にもなれなかった。どうせ放っておいても死ぬだろう。魔物を倒して金を稼いで生きていた男なのだ。結界のない中でも人々は彼を前線に引っ張り出すに違いない。
「セーラ……」
震える声で聖女の名を呼んだが、彼女はすでにこの国にはいないだろう。大神官は冷たい床に膝をついた。高価な貴石でつくられた床だが、彼を助けてはくれない。
金で平和が、命が買えるなら、どれだけ安かったか。
しかしもはや、金では買えない。
492
お気に入りに追加
763
あなたにおすすめの小説
【完結】王子は聖女と結婚するらしい。私が聖女であることは一生知らないままで
雪野原よる
恋愛
「聖女と結婚するんだ」──私の婚約者だった王子は、そう言って私を追い払った。でも、その「聖女」、私のことなのだけど。
※王国は滅びます。
姉妹差別の末路
京佳
ファンタジー
粗末に扱われる姉と蝶よ花よと大切に愛される妹。同じ親から産まれたのにまるで真逆の姉妹。見捨てられた姉はひとり静かに家を出た。妹が不治の病?私がドナーに適応?喜んでお断り致します!
妹嫌悪。ゆるゆる設定
※初期に書いた物を手直し再投稿&その後も追記済
農民から聖女にそして王子様との婚約だけど婚約破棄からの王子様をざまぁ!
京月
恋愛
ある日農民から聖女として祀り上げられたサリーは神様に気に入られ様々な危機から国を救った
この功績のおかげで国中の憧れのである王子様との婚約も決まった
しかし王子様は人気取りの為だけに私を利用したのだった
挙句に婚約破棄までされた私は神様とともに王子様に罰を与える
召喚聖女が来たのでお前は用済みだと追放されましたが、今更帰って来いと言われても無理ですから
神崎 ルナ
恋愛
アイリーンは聖女のお役目を10年以上してきた。
だが、今回とても強い力を持った聖女を異世界から召喚できた、ということでアイリーンは婚約破棄され、さらに冤罪を着せられ、国外追放されてしまう。
その後、異世界から召喚された聖女は能力は高いがさぼり癖がひどく、これならばアイリーンの方が何倍もマシ、と迎えが来るが既にアイリーンは新しい生活を手に入れていた。
義妹と一緒になり邪魔者扱いしてきた婚約者は…私の家出により、罰を受ける事になりました。
coco
恋愛
可愛い義妹と一緒になり、私を邪魔者扱いする婚約者。
耐えきれなくなった私は、ついに家出を決意するが…?
「聖女はもう用済み」と言って私を追放した国は、今や崩壊寸前です。私が戻れば危機を救えるようですが、私はもう、二度と国には戻りません【完結】
小平ニコ
ファンタジー
聖女として、ずっと国の平和を守ってきたラスティーナ。だがある日、婚約者であるウルナイト王子に、「聖女とか、そういうのもういいんで、国から出てってもらえます?」と言われ、国を追放される。
これからは、ウルナイト王子が召喚術で呼び出した『魔獣』が国の守護をするので、ラスティーナはもう用済みとのことらしい。王も、重臣たちも、国民すらも、嘲りの笑みを浮かべるばかりで、誰もラスティーナを庇ってはくれなかった。
失意の中、ラスティーナは国を去り、隣国に移り住む。
無慈悲に追放されたことで、しばらくは人間不信気味だったラスティーナだが、優しい人たちと出会い、現在は、平凡ながらも幸せな日々を過ごしていた。
そんなある日のこと。
ラスティーナは新聞の記事で、自分を追放した国が崩壊寸前であることを知る。
『自分が戻れば国を救えるかもしれない』と思うラスティーナだったが、新聞に書いてあった『ある情報』を読んだことで、国を救いたいという気持ちは、一気に無くなってしまう。
そしてラスティーナは、決別の言葉を、ハッキリと口にするのだった……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる