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「貴様の役目など誰にでもできるのではないか?」

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「そもそもだ、貴様の役目など誰にでもできるのではないか?」
「え……?」

 ミュゼは眉を下げて困った。
 それは、自分自身で思っていたことだったからだ。

(でも、私は聖女だからお城につれてこられたんだよね?)

 ミュゼ自身は、気づいたらこの城で育っていた。
 部屋を与えられ、仕事を与えられていた。城にある魔道具に力を注ぎ、国を覆う大結界を維持する仕事だ。

 大結界はたしかにミュゼの力で発動している。
 ミュゼは自分の力が変換され、国を守る輝きになるのを感じていた。大結界は魔物の侵入を防ぎ、国に豊穣をもたらすという。

 だが、ミュゼがしているのは力を注ぐことだけだ。結界を張ることは魔道具がやってくれている。ミュゼひとりでは、何もできない。

「この城の魔道具は、かつての大聖女がもたらしたものだ。美しく気高く、国中の人々を癒やし、国を覆うほどの大結界を作り出した大聖女。それに比べてお前はなんだ」
「……」
「人を癒せもしない、結界が自分で張れるわけでもない。魔道具のただの燃料ではないか」
「……」
「何か言ったらどうだ? ……ふん、自分が燃料である分をわきまえているということか」

 ミュゼは何も言えない。
 何か言えば王子がまた不機嫌になることを知っているからだ。王子は不機嫌になると周囲に当たり散らすため、使用人たちにミュゼが恨まれてしまう。

 ただ、黙っていたからといって上機嫌になってくれるわけでもなかった。
 王子がミュゼの住む塔にやってくるとき、たいてい最初から王子の機嫌は悪いのだ。

「なんとか言えと言っている! 俺が、この俺が、魔道具の燃料を妻にするというのかっ!」
「……!」

 王子はミュゼの頬を打った。
 肉付きの悪いミュゼはふらついたが、倒れはしなかった。

 気の利いたことを言えればいいのだろう、とミュゼは思う。
 だがミュゼは言葉が上手くない。そもそも城で暮らしながら、誰とも話す機会がないのだ。高貴な人々はミュゼと会話をしようなどとしなかったし、使用人たちも、聖女とは名ばかりの、魔道具に力を注ぐことだけが仕事のミュゼを疎んでいた。

「……ああそうだ、燃料ならば誰でも良い、誰でも良いのだ……」

 更に打たれると思っていたが、ぶつぶつとつぶやいた王子は部屋を出ていった。
 ミュゼはひとつ息を吐く。

(よかった、あんまり疲れなかった)

 ミュゼの仕事は魔道具に力を注ぐだけだ。けれどその仕事で、ミュゼはぐったりと疲れてしまう。
 疲れて立ち上がれなくなっても、だれも助けてはくれない。余計に鬱陶しがられるだけだ。

 だから、できるだけ体力は使いたくない。
 ミュゼは粗末なベッドに身を横たえた。

 しかし、いくらもしないうちに叩き起こされることになる。

「ああっ!?」

 扉が開いてまた王子が姿を見せたかと思えば、強引にミュゼをベッドから引き落としたのだ。
 床に叩きつけられて、ミュゼは悲鳴をあげた。王子が今までいくらミュゼを厭っていても、ここまでの乱暴をされたことはなかった。

「ははっ、喜ぶがいい、燃料の役目から開放してやるぞ」
「……っ?」
「どうした、嫌だったのだろう? 役目のたびにわざとらしく疲れた顔をして! 不満があるなら辞めさせてやる。俺は優しい王子だからなぁ!」
「え、え……?」

 驚きに動けないでいるミュゼに、王子は上機嫌で話を続ける。

「後任のことなら心配するな。ここにいるルーチェが魔道具に力を注げる。おまけに癒やしの力まで持っている、まさに聖女だ。燃料でしかないおまえとは比べようもない」
「……ごきげんよう、先代さま? わたくしは伯爵家のルーチェ。燃料にしかなれないあなたさまより、ずっと良い仕事をしてみせますわ。どうぞ安心して、平民らしく自由にお暮らしになって?」
「魔道具に力を注いでもらったが、問題なく一瞬で終わったぞ?」
「まあ。仕方のないことですわ、平民では、きっとずいぶんお疲れになっていたのでしょう」

 ミュゼは困惑した。
 魔道具にはさきほどミュゼが力を注いだばかりだ。減っているのはわずかだけで、それを満たすのはとても簡単だっただろう。

 けれどミュゼが何を言おうとも、言い訳だと判断されるのはわかっていた。いつものことなのだ。
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