1 / 7
「貴様の役目など誰にでもできるのではないか?」
しおりを挟む
「そもそもだ、貴様の役目など誰にでもできるのではないか?」
「え……?」
ミュゼは眉を下げて困った。
それは、自分自身で思っていたことだったからだ。
(でも、私は聖女だからお城につれてこられたんだよね?)
ミュゼ自身は、気づいたらこの城で育っていた。
部屋を与えられ、仕事を与えられていた。城にある魔道具に力を注ぎ、国を覆う大結界を維持する仕事だ。
大結界はたしかにミュゼの力で発動している。
ミュゼは自分の力が変換され、国を守る輝きになるのを感じていた。大結界は魔物の侵入を防ぎ、国に豊穣をもたらすという。
だが、ミュゼがしているのは力を注ぐことだけだ。結界を張ることは魔道具がやってくれている。ミュゼひとりでは、何もできない。
「この城の魔道具は、かつての大聖女がもたらしたものだ。美しく気高く、国中の人々を癒やし、国を覆うほどの大結界を作り出した大聖女。それに比べてお前はなんだ」
「……」
「人を癒せもしない、結界が自分で張れるわけでもない。魔道具のただの燃料ではないか」
「……」
「何か言ったらどうだ? ……ふん、自分が燃料である分をわきまえているということか」
ミュゼは何も言えない。
何か言えば王子がまた不機嫌になることを知っているからだ。王子は不機嫌になると周囲に当たり散らすため、使用人たちにミュゼが恨まれてしまう。
ただ、黙っていたからといって上機嫌になってくれるわけでもなかった。
王子がミュゼの住む塔にやってくるとき、たいてい最初から王子の機嫌は悪いのだ。
「なんとか言えと言っている! 俺が、この俺が、魔道具の燃料を妻にするというのかっ!」
「……!」
王子はミュゼの頬を打った。
肉付きの悪いミュゼはふらついたが、倒れはしなかった。
気の利いたことを言えればいいのだろう、とミュゼは思う。
だがミュゼは言葉が上手くない。そもそも城で暮らしながら、誰とも話す機会がないのだ。高貴な人々はミュゼと会話をしようなどとしなかったし、使用人たちも、聖女とは名ばかりの、魔道具に力を注ぐことだけが仕事のミュゼを疎んでいた。
「……ああそうだ、燃料ならば誰でも良い、誰でも良いのだ……」
更に打たれると思っていたが、ぶつぶつとつぶやいた王子は部屋を出ていった。
ミュゼはひとつ息を吐く。
(よかった、あんまり疲れなかった)
ミュゼの仕事は魔道具に力を注ぐだけだ。けれどその仕事で、ミュゼはぐったりと疲れてしまう。
疲れて立ち上がれなくなっても、だれも助けてはくれない。余計に鬱陶しがられるだけだ。
だから、できるだけ体力は使いたくない。
ミュゼは粗末なベッドに身を横たえた。
しかし、いくらもしないうちに叩き起こされることになる。
「ああっ!?」
扉が開いてまた王子が姿を見せたかと思えば、強引にミュゼをベッドから引き落としたのだ。
床に叩きつけられて、ミュゼは悲鳴をあげた。王子が今までいくらミュゼを厭っていても、ここまでの乱暴をされたことはなかった。
「ははっ、喜ぶがいい、燃料の役目から開放してやるぞ」
「……っ?」
「どうした、嫌だったのだろう? 役目のたびにわざとらしく疲れた顔をして! 不満があるなら辞めさせてやる。俺は優しい王子だからなぁ!」
「え、え……?」
驚きに動けないでいるミュゼに、王子は上機嫌で話を続ける。
「後任のことなら心配するな。ここにいるルーチェが魔道具に力を注げる。おまけに癒やしの力まで持っている、まさに聖女だ。燃料でしかないおまえとは比べようもない」
「……ごきげんよう、先代さま? わたくしは伯爵家のルーチェ。燃料にしかなれないあなたさまより、ずっと良い仕事をしてみせますわ。どうぞ安心して、平民らしく自由にお暮らしになって?」
「魔道具に力を注いでもらったが、問題なく一瞬で終わったぞ?」
「まあ。仕方のないことですわ、平民では、きっとずいぶんお疲れになっていたのでしょう」
ミュゼは困惑した。
魔道具にはさきほどミュゼが力を注いだばかりだ。減っているのはわずかだけで、それを満たすのはとても簡単だっただろう。
けれどミュゼが何を言おうとも、言い訳だと判断されるのはわかっていた。いつものことなのだ。
「え……?」
ミュゼは眉を下げて困った。
それは、自分自身で思っていたことだったからだ。
(でも、私は聖女だからお城につれてこられたんだよね?)
ミュゼ自身は、気づいたらこの城で育っていた。
部屋を与えられ、仕事を与えられていた。城にある魔道具に力を注ぎ、国を覆う大結界を維持する仕事だ。
大結界はたしかにミュゼの力で発動している。
ミュゼは自分の力が変換され、国を守る輝きになるのを感じていた。大結界は魔物の侵入を防ぎ、国に豊穣をもたらすという。
だが、ミュゼがしているのは力を注ぐことだけだ。結界を張ることは魔道具がやってくれている。ミュゼひとりでは、何もできない。
「この城の魔道具は、かつての大聖女がもたらしたものだ。美しく気高く、国中の人々を癒やし、国を覆うほどの大結界を作り出した大聖女。それに比べてお前はなんだ」
「……」
「人を癒せもしない、結界が自分で張れるわけでもない。魔道具のただの燃料ではないか」
「……」
「何か言ったらどうだ? ……ふん、自分が燃料である分をわきまえているということか」
ミュゼは何も言えない。
何か言えば王子がまた不機嫌になることを知っているからだ。王子は不機嫌になると周囲に当たり散らすため、使用人たちにミュゼが恨まれてしまう。
ただ、黙っていたからといって上機嫌になってくれるわけでもなかった。
王子がミュゼの住む塔にやってくるとき、たいてい最初から王子の機嫌は悪いのだ。
「なんとか言えと言っている! 俺が、この俺が、魔道具の燃料を妻にするというのかっ!」
「……!」
王子はミュゼの頬を打った。
肉付きの悪いミュゼはふらついたが、倒れはしなかった。
気の利いたことを言えればいいのだろう、とミュゼは思う。
だがミュゼは言葉が上手くない。そもそも城で暮らしながら、誰とも話す機会がないのだ。高貴な人々はミュゼと会話をしようなどとしなかったし、使用人たちも、聖女とは名ばかりの、魔道具に力を注ぐことだけが仕事のミュゼを疎んでいた。
「……ああそうだ、燃料ならば誰でも良い、誰でも良いのだ……」
更に打たれると思っていたが、ぶつぶつとつぶやいた王子は部屋を出ていった。
ミュゼはひとつ息を吐く。
(よかった、あんまり疲れなかった)
ミュゼの仕事は魔道具に力を注ぐだけだ。けれどその仕事で、ミュゼはぐったりと疲れてしまう。
疲れて立ち上がれなくなっても、だれも助けてはくれない。余計に鬱陶しがられるだけだ。
だから、できるだけ体力は使いたくない。
ミュゼは粗末なベッドに身を横たえた。
しかし、いくらもしないうちに叩き起こされることになる。
「ああっ!?」
扉が開いてまた王子が姿を見せたかと思えば、強引にミュゼをベッドから引き落としたのだ。
床に叩きつけられて、ミュゼは悲鳴をあげた。王子が今までいくらミュゼを厭っていても、ここまでの乱暴をされたことはなかった。
「ははっ、喜ぶがいい、燃料の役目から開放してやるぞ」
「……っ?」
「どうした、嫌だったのだろう? 役目のたびにわざとらしく疲れた顔をして! 不満があるなら辞めさせてやる。俺は優しい王子だからなぁ!」
「え、え……?」
驚きに動けないでいるミュゼに、王子は上機嫌で話を続ける。
「後任のことなら心配するな。ここにいるルーチェが魔道具に力を注げる。おまけに癒やしの力まで持っている、まさに聖女だ。燃料でしかないおまえとは比べようもない」
「……ごきげんよう、先代さま? わたくしは伯爵家のルーチェ。燃料にしかなれないあなたさまより、ずっと良い仕事をしてみせますわ。どうぞ安心して、平民らしく自由にお暮らしになって?」
「魔道具に力を注いでもらったが、問題なく一瞬で終わったぞ?」
「まあ。仕方のないことですわ、平民では、きっとずいぶんお疲れになっていたのでしょう」
ミュゼは困惑した。
魔道具にはさきほどミュゼが力を注いだばかりだ。減っているのはわずかだけで、それを満たすのはとても簡単だっただろう。
けれどミュゼが何を言おうとも、言い訳だと判断されるのはわかっていた。いつものことなのだ。
121
お気に入りに追加
944
あなたにおすすめの小説
元聖女になったんですから放っておいて下さいよ
風見ゆうみ
恋愛
私、ミーファ・ヘイメルは、ローストリア国内に五人いる聖女の内の一人だ。
ローストリア国の聖女とは、聖なる魔法と言われる、回復魔法を使えたり魔族や魔物が入ってこれない様な結界を張れる人間の事を言う。
ある日、恋愛にかまけた四人の聖女達の内の一人が張った結界が破られ、魔物が侵入してしまう出来事が起きる。
国王陛下から糾弾された際、私の担当した地域ではないのに、四人そろって私が悪いと言い出した。
それを信じた国王陛下から王都からの追放を言い渡された私を、昔からの知り合いであり辺境伯の令息、リューク・スコッチが自分の屋敷に住まわせると進言してくれる。
スコッチ家に温かく迎えられた私は、その恩に報いる為に、スコッチ領内、もしくは旅先でのみ聖女だった頃にしていた事と同じ活動を行い始める。
新しい暮らしに慣れ始めた頃には、私頼りだった聖女達の粗がどんどん見え始め、私を嫌っていたはずの王太子殿下から連絡がくるようになり…。
※史実とは関係ない異世界の世界観であり、設定も緩くご都合主義です。魔法も存在します。作者の都合の良い世界観や設定であるとご了承いただいた上でお読み下さいませ。
※クズがいますので、ご注意下さい。
婚約解消して次期辺境伯に嫁いでみた
cyaru
恋愛
一目惚れで婚約を申し込まれたキュレット伯爵家のソシャリー。
お相手はボラツク侯爵家の次期当主ケイン。眉目秀麗でこれまで数多くの縁談が女性側から持ち込まれてきたがケインは女性には興味がないようで18歳になっても婚約者は今までいなかった。
婚約をした時は良かったのだが、問題は1か月に起きた。
過去にボラツク侯爵家から放逐された侯爵の妹が亡くなった。放っておけばいいのに侯爵は簡素な葬儀も行ったのだが、亡くなった妹の娘が牧師と共にやってきた。若い頃の妹にそっくりな娘はロザリア。
ボラツク侯爵家はロザリアを引き取り面倒を見ることを決定した。
婚約の時にはなかったがロザリアが独り立ちできる状態までが期間。
明らかにソシャリーが嫁げば、ロザリアがもれなくついてくる。
「マジか…」ソシャリーは心から遠慮したいと願う。
そして婚約者同士の距離を縮め、お互いの考えを語り合う場が月に数回設けられるようになったが、全てにもれなくロザリアがついてくる。
茶会に観劇、誕生日の贈り物もロザリアに買ったものを譲ってあげると謎の善意を押し売り。夜会もケインがエスコートしダンスを踊るのはロザリア。
幾度となく抗議を受け、ケインは考えを改めると誓ってくれたが本当に考えを改めたのか。改めていれば婚約は継続、そうでなければ解消だがソシャリーも年齢的に次を決めておかないと家のお荷物になってしまう。
「こちらは嫁いでくれるならそれに越したことはない」と父が用意をしてくれたのは「自分の責任なので面倒を見ている子の数は35」という次期辺境伯だった?!
★↑例の如く恐ろしく省略してます。
★9月14日投稿開始、完結は9月16日です。
★コメントの返信は遅いです。
★タグが勝手すぎる!と思う方。ごめんなさい。検索してもヒットしないよう工夫してます。
♡注意事項~この話を読む前に~♡
※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。【妄想史であり世界史ではない】事をご理解ください。登場人物、場所全て架空です。
※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。
※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。
※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません
所詮、わたしは壁の花 〜なのに辺境伯様が溺愛してくるのは何故ですか?〜
しがわか
ファンタジー
刺繍を愛してやまないローゼリアは父から行き遅れと罵られていた。
高貴な相手に見初められるために、とむりやり夜会へ送り込まれる日々。
しかし父は知らないのだ。
ローゼリアが夜会で”壁の花”と罵られていることを。
そんなローゼリアが参加した辺境伯様の夜会はいつもと雰囲気が違っていた。
それもそのはず、それは辺境伯様の婚約者を決める集まりだったのだ。
けれど所詮”壁の花”の自分には関係がない、といつものように会場の隅で目立たないようにしているローゼリアは不意に手を握られる。
その相手はなんと辺境伯様で——。
なぜ、辺境伯様は自分を溺愛してくれるのか。
彼の過去を知り、やがてその理由を悟ることとなる。
それでも——いや、だからこそ辺境伯様の力になりたいと誓ったローゼリアには特別な力があった。
天啓<ギフト>として女神様から賜った『魔力を象るチカラ』は想像を創造できる万能な能力だった。
壁の花としての自重をやめたローゼリアは天啓を自在に操り、大好きな人達を守り導いていく。
【完結】婚約破棄されたから静かに過ごしたかったけど無理でした
かんな
恋愛
カトリーヌ・エルノーはレオナルド・オルコットと婚約者だ。
二人の間には愛などなく、婚約者なのに挨拶もなく、冷え切った生活を送る日々。そんなある日、殿下に婚約破棄を言い渡され――?
異世界ゆるり紀行 ~子育てしながら冒険者します~
水無月 静琉
ファンタジー
神様のミスによって命を落とし、転生した茅野巧。様々なスキルを授かり異世界に送られると、そこは魔物が蠢く危険な森の中だった。タクミはその森で双子と思しき幼い男女の子供を発見し、アレン、エレナと名づけて保護する。格闘術で魔物を楽々倒す二人に驚きながらも、街に辿り着いたタクミは生計を立てるために冒険者ギルドに登録。アレンとエレナの成長を見守りながらの、のんびり冒険者生活がスタート!
***この度アルファポリス様から書籍化しました! 詳しくは近況ボードにて!
今さら、私に構わないでください
ましゅぺちーの
恋愛
愛する夫が恋をした。
彼を愛していたから、彼女を側妃に迎えるように進言した。
愛し合う二人の前では私は悪役。
幸せそうに微笑み合う二人を見て、私は彼への愛を捨てた。
しかし、夫からの愛を完全に諦めるようになると、彼の態度が少しずつ変化していって……?
タイトル変更しました。
噂好きのローレッタ
水谷繭
恋愛
公爵令嬢リディアの婚約者は、レフィオル王国の第一王子アデルバート殿下だ。しかし、彼はリディアに冷たく、最近は小動物のように愛らしい男爵令嬢フィオナのほうばかり気にかけている。
ついには殿下とフィオナがつき合っているのではないかという噂まで耳にしたリディアは、婚約解消を申し出ることに。しかし、アデルバートは全く納得していないようで……。
※二部以降雰囲気が変わるので、ご注意ください。少し後味悪いかもしれません(主人公はハピエンです)
※小説家になろうにも掲載しています
◆表紙画像はGirly Dropさんからお借りしました
(旧題:婚約者は愛らしい男爵令嬢さんのほうがお好きなようなので、婚約解消を申し出てみました)
王家も我が家を馬鹿にしてますわよね
章槻雅希
ファンタジー
よくある婚約者が護衛対象の王女を優先して婚約破棄になるパターンのお話。あの手の話を読んで、『なんで王家は王女の醜聞になりかねない噂を放置してるんだろう』『てか、これ、王家が婚約者の家蔑ろにしてるよね?』と思った結果できた話。ひそかなサブタイは『うちも王家を馬鹿にしてますけど』かもしれません。
『小説家になろう』『アルファポリス』(敬称略)に重複投稿、自サイトにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる