7 / 9
「ひとりでお使いかな? えらいね」
しおりを挟む
「ついたあ……」
メリルはよろけて、道の脇で少し休んだ。
「ふう」
市場だ。
あまりにいつまでも着かないので、もう駄目かと思っていたところだ。
「にんじん、ムニどり、2本」
メリルは賑わう露店を見た。
人々は店に近づいて買い物をし、離れていく。その流れはあたりまえのようにスムーズで、遠い世界のことのようだ。
(はやくしなきゃ)
にんじんがそこにあるのが見える。
しかし店に近づくタイミングがよくわからない。次々やってくる人たちは、まるで魔法のように当たり前の動きをしている。
しばらく呆然と立って見ていたが、後ろから押された。
「あっ」
「あら、ごめんなさいね」
女性は謝ってくれたが、そのまま去っていき、メリルは何度か他の人にぶつかる。
「あ、あ、」
「気をつけろ!」
「ごめんなさい……」
なんとか店にたどり着き、意を決して声をあげた。
「あのう」
しかし気づいてもらえなかった。
ざわざわとした人の中で、メリルの声はあまり通らないようだ。
「すみません!」
「なんだい?」
腹に力を入れて声をあげると、ようやく気づいてくれた。メリルは急いで言う。
「にんじんとムニどり、2本」
「鳥? お嬢ちゃん、うちは野菜しか置いてないよ!」
彼の言葉に、店の中にいた他の男も「ははは」と声をあげて笑った。
「そ、そうなんですか……すみません」
何か間違ってしまったらしい。
メリルはすごすごと人の流れに沿って、他の店に向かった。「お嬢ちゃん、」と声をかけられた気がしたが、すでに距離があって、戻れそうにもない。
「にんじんと、ムニどり……」
両方ある店を探すのだ。
「……」
この人、人、人の中をすり抜けて、そんなことができるのだろうか。
「そこのお嬢さん」
「え?」
メリルが絶望に打ちひしがれていると、若い男が声をかけてきた。
「どうかしたのかい?」
「あ、あの……」
「手伝いが必要かな?」
メリルには救いの神に思えた。
知らない人についていってはいけない、などという言葉は思い出さない。だってすごく困っているのだ。
「わたし、にんじんと、ムニどりがいるの……」
「ああ、それならこっちだよ」
男はにこりと上品に笑って、メリルに手を差し出した。即座にメリルはその救いの手に飛びつく。
「ひとりでお使いかな? えらいね」
褒められてメリルは一瞬笑ったが、すぐにうつむいた。
「……そんなことないの。わたし、もう7つになるのに、おつかいもできないって、」
「そう? 厳しい家なんだね」
「そう……かな……」
メリルには他の家がどうかわからないので、なんとも言えない。
ただ教会で優しくしてもらえるのは、聖女だからだと知っていた。
「そうだよ。子供は遊んでるのが仕事だよ」
メリルはやはり何も言えない。
家にいても教会にいても、他の子と遊んだりはできないのだ。
「僕は、君みたいな子はえらいと思うな。……あ、こっちだよ」
「えらくなんて」
ないのだけれど、メリルは少し嬉しかった。
いるだけで褒められたり大事にされたりすることはあるが、行動を褒められることはあまりなかったのだ。
「少し歩くけど、大丈夫?」
メリルは頷いた。急いで帰らなければならないので、疲れたなどと言っていられない。
「ほんとにえらいなあ。……あの回復薬って、まだ持ってるの?」
「え?」
「あの男の子にあげてたじゃない」
「あ、いえ……もう、なくて」
誰かが舌打ちした。
「……?」
「ないのにあげちゃったんだ」
顔を上げると、男が微笑みを浮かべている。しかしわずかにその眉間が、苛立ちを示しているような気がした。
「あの」
「こっちだよ」
メリルはよろけて、道の脇で少し休んだ。
「ふう」
市場だ。
あまりにいつまでも着かないので、もう駄目かと思っていたところだ。
「にんじん、ムニどり、2本」
メリルは賑わう露店を見た。
人々は店に近づいて買い物をし、離れていく。その流れはあたりまえのようにスムーズで、遠い世界のことのようだ。
(はやくしなきゃ)
にんじんがそこにあるのが見える。
しかし店に近づくタイミングがよくわからない。次々やってくる人たちは、まるで魔法のように当たり前の動きをしている。
しばらく呆然と立って見ていたが、後ろから押された。
「あっ」
「あら、ごめんなさいね」
女性は謝ってくれたが、そのまま去っていき、メリルは何度か他の人にぶつかる。
「あ、あ、」
「気をつけろ!」
「ごめんなさい……」
なんとか店にたどり着き、意を決して声をあげた。
「あのう」
しかし気づいてもらえなかった。
ざわざわとした人の中で、メリルの声はあまり通らないようだ。
「すみません!」
「なんだい?」
腹に力を入れて声をあげると、ようやく気づいてくれた。メリルは急いで言う。
「にんじんとムニどり、2本」
「鳥? お嬢ちゃん、うちは野菜しか置いてないよ!」
彼の言葉に、店の中にいた他の男も「ははは」と声をあげて笑った。
「そ、そうなんですか……すみません」
何か間違ってしまったらしい。
メリルはすごすごと人の流れに沿って、他の店に向かった。「お嬢ちゃん、」と声をかけられた気がしたが、すでに距離があって、戻れそうにもない。
「にんじんと、ムニどり……」
両方ある店を探すのだ。
「……」
この人、人、人の中をすり抜けて、そんなことができるのだろうか。
「そこのお嬢さん」
「え?」
メリルが絶望に打ちひしがれていると、若い男が声をかけてきた。
「どうかしたのかい?」
「あ、あの……」
「手伝いが必要かな?」
メリルには救いの神に思えた。
知らない人についていってはいけない、などという言葉は思い出さない。だってすごく困っているのだ。
「わたし、にんじんと、ムニどりがいるの……」
「ああ、それならこっちだよ」
男はにこりと上品に笑って、メリルに手を差し出した。即座にメリルはその救いの手に飛びつく。
「ひとりでお使いかな? えらいね」
褒められてメリルは一瞬笑ったが、すぐにうつむいた。
「……そんなことないの。わたし、もう7つになるのに、おつかいもできないって、」
「そう? 厳しい家なんだね」
「そう……かな……」
メリルには他の家がどうかわからないので、なんとも言えない。
ただ教会で優しくしてもらえるのは、聖女だからだと知っていた。
「そうだよ。子供は遊んでるのが仕事だよ」
メリルはやはり何も言えない。
家にいても教会にいても、他の子と遊んだりはできないのだ。
「僕は、君みたいな子はえらいと思うな。……あ、こっちだよ」
「えらくなんて」
ないのだけれど、メリルは少し嬉しかった。
いるだけで褒められたり大事にされたりすることはあるが、行動を褒められることはあまりなかったのだ。
「少し歩くけど、大丈夫?」
メリルは頷いた。急いで帰らなければならないので、疲れたなどと言っていられない。
「ほんとにえらいなあ。……あの回復薬って、まだ持ってるの?」
「え?」
「あの男の子にあげてたじゃない」
「あ、いえ……もう、なくて」
誰かが舌打ちした。
「……?」
「ないのにあげちゃったんだ」
顔を上げると、男が微笑みを浮かべている。しかしわずかにその眉間が、苛立ちを示しているような気がした。
「あの」
「こっちだよ」
72
お気に入りに追加
646
あなたにおすすめの小説
【完結】どうやら魔森に捨てられていた忌子は聖女だったようです
山葵
ファンタジー
昔、双子は不吉と言われ後に産まれた者は捨てられたり、殺されたり、こっそりと里子に出されていた。
今は、その考えも消えつつある。
けれど貴族の中には昔の迷信に捕らわれ、未だに双子は家系を滅ぼす忌子と信じる者もいる。
今年、ダーウィン侯爵家に双子が産まれた。
ダーウィン侯爵家は迷信を信じ、後から産まれたばかりの子を馭者に指示し魔森へと捨てた。
もういらないと言われたので隣国で聖女やります。
ゆーぞー
ファンタジー
孤児院出身のアリスは5歳の時に天女様の加護があることがわかり、王都で聖女をしていた。
しかし国王が崩御したため、国外追放されてしまう。
しかし隣国で聖女をやることになり、アリスは幸せを掴んでいく。
聖女が降臨した日が、運命の分かれ目でした
猫乃真鶴
ファンタジー
女神に供物と祈りを捧げ、豊穣を願う祭事の最中、聖女が降臨した。
聖女とは女神の力が顕現した存在。居るだけで豊穣が約束されるのだとそう言われている。
思ってもみない奇跡に一同が驚愕する中、第一王子のロイドだけはただ一人、皆とは違った視線を聖女に向けていた。
彼の婚約者であるレイアだけがそれに気付いた。
それが良いことなのかどうなのか、レイアには分からない。
けれども、なにかが胸の内に燻っている。
聖女が降臨したその日、それが大きくなったのだった。
※このお話は、小説家になろう様にも掲載しています
失われた力を身に宿す元聖女は、それでも気楽に過ごしたい~いえ、Sランク冒険者とかは結構です!~
紅月シン
ファンタジー
聖女として異世界に召喚された狭霧聖菜は、聖女としての勤めを果たし終え、満ち足りた中でその生涯を終えようとしていた。
いや嘘だ。
本当は不満でいっぱいだった。
食事と入浴と睡眠を除いた全ての時間で人を癒し続けなくちゃならないとかどんなブラックだと思っていた。
だがそんな不満を漏らすことなく死に至り、そのことを神が不憫にでも思ったのか、聖菜は辺境伯家の末娘セーナとして二度目の人生を送ることになった。
しかし次こそは気楽に生きたいと願ったはずなのに、ある日セーナは前世の記憶と共にその身には聖女としての癒しの力が流れていることを知ってしまう。
そしてその時点で、セーナの人生は決定付けられた。
二度とあんな目はご免だと、気楽に生きるため、家を出て冒険者になることを決意したのだ。
だが彼女は知らなかった。
三百年の時が過ぎた現代では、既に癒しの力というものは失われてしまっていたということを。
知らぬままに力をばら撒く少女は、その願いとは裏腹に、様々な騒動を引き起こし、解決していくことになるのであった。
※完結しました。
※小説家になろう様にも投稿しています
【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!
暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい!
政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。
巻添え召喚されたので、引きこもりスローライフを希望します!
あきづきみなと
ファンタジー
階段から女の子が降ってきた!?
資料を抱えて歩いていた紗江は、階段から飛び下りてきた転校生に巻き込まれて転倒する。気がついたらその彼女と二人、全く知らない場所にいた。
そしてその場にいた人達は、聖女を召喚したのだという。
どちらが『聖女』なのか、と問われる前に転校生の少女が声をあげる。
「私、ガンバる!」
だったら私は帰してもらえない?ダメ?
聖女の扱いを他所に、巻き込まれた紗江が『食』を元に自分の居場所を見つける話。
スローライフまでは到達しなかったよ……。
緩いざまああり。
注意
いわゆる『キラキラネーム』への苦言というか、マイナス感情の描写があります。気にされる方には申し訳ありませんが、作中人物の説明には必要と考えました。
辺境地で冷笑され蔑まれ続けた少女は、実は土地の守護者たる聖女でした。~彼女に冷遇を向けた街人たちは、彼女が追放された後破滅を辿る~
銀灰
ファンタジー
陸の孤島、辺境の地にて、人々から魔女と噂される、薄汚れた少女があった。
少女レイラに対する冷遇の様は酷く、街中などを歩けば陰口ばかりではなく、石を投げられることさえあった。理由無き冷遇である。
ボロ小屋に住み、いつも変らぬ質素な生活を営み続けるレイラだったが、ある日彼女は、住処であるそのボロ小屋までも、開発という名目の理不尽で奪われることになる。
陸の孤島――レイラがどこにも行けぬことを知っていた街人たちは彼女にただ冷笑を向けたが、レイラはその後、誰にも知られずその地を去ることになる。
その結果――?
努力をしらぬもの、ゆえに婚約破棄であったとある記録
志位斗 茂家波
ファンタジー
それは起きてしまった。
相手の努力を知らぬ愚か者の手によって。
だが、どうすることもできず、ここに記すのみ。
……よくある婚約破棄物。大まかに分かりやすく、テンプレ形式です。興味があればぜひどうぞ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる