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「……寂しくなります」

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「辞めることになったの」
「え……?」
 私が死刑囚の気持ちで扉を開けると、アデラは嫌そうに言いました。

「辞めることになったの。だから悪いけど、明日からあなたのお世話はできません。手際の悪い誰かが来るだろうけど、あたしのせいじゃありませんから、」
「辞めてしまうの……?」

 引き止めてもどうしようもないことはわかっていて、問いかけました。本当に、辞めてしまうのでしょうか。
 私はアデラが犯人でないことは知っています。潔白が明らかになることも、もしかするとあるかもしれないでしょう。

「……ええ、辞めるんです。もうこんなところ、辞めてやるんだから……」
「そう」
 私は悲しくなりましたが、悪いのは私です。これ以上、ひどい職場と思いながら務めてほしいとは言えません。

「……寂しくなります」
 私はそう言いました。
 するとアデラは目を見開いて私を見ました。思わず悲鳴をあげそうになります。その目には真犯人が写っているのでしょうか?

「ふん。……残念だけどね」
 ですがアデラはにやりと笑いました。

「とても、残念です。アデラは……とても、よく、してくれたので」
「そうでしょ?」
「ええ。他の方よりずっと、テキパキしていて……」
「そりゃそうよ。まあ、あたしが出来るっていうより、他の奴らが無能すぎるんだけどね」

 アデラはにやつきが隠せないくらいに嬉しそうです。せめて彼女をいい気分で送り出したい私も、嬉しくなりました。
 もっと褒め言葉を探します。

「それに話していて楽しいので、いなくなるなんて寂しいです」
 これは本当のことです。アデラがいなくなったら、私は誰とも会話できなくなってしまうでしょう。
「ふうん」
「……寂しいです、とても」
「そう」

 つんとアデラは鼻を高くして言いました。
「でもまあ、しょうがないわ。もう決めたことだから。あなたも大人なんだから一人で頑張ってちょうだい」
「はい」
 私は少しおかしくなり、笑うことができました。奥様扱いでないのは最初からですが、もう友達か、なんなら年下くらいの言葉遣いです。

「とろくさいあなたに教えておいてあげる。奥様なんて言われていい気で暮らしてたら痛い目見るわよ」
「そう……なんですか?」
「そうよ。若旦那様には愛人がいるし、あなたの子供を生む妻を見繕うつもりよ。あなたの子供なら、伯爵家を乗っ取れるんでしょ?」
「私の子供ということになっているのなら」

 つまり私が黙っていれば問題ないということです。
 いえ、黙らせるか、私の信用を地に落とせば、私が何を言っても誰も聞いてはくれないでしょう。もともと社交界に出なければ、貴族社会での発言力などないようなものです。

 名ばかりの伯爵家でも、この家のご当主様なら使いようを知っているのでしょう。父が子供のことをどう考えていたかは知りませんが、もともとそういう契約です。伯爵家を譲り渡すかわりに、私の面倒を見る、という。

「つまりあんたは用無しってこと。……気をつけなさいよ」
「……」
「それだけよ! ま、頑張りなさい」
「ありがとうございます」

 私の礼を聞いたのかどうか、アデラは颯爽と走っていきました。ずいぶん機嫌が良くなったようでした。

 もちろん彼女は私の心配などしていなかったのでしょう。
 ただ、褒められに来たのです。

 皆に引き止められなかったので、自分の価値を見失っていたのでしょう。アデラはそういう欲に忠実そうで、私は羨ましく思いました。

 扉を閉じると私は一人きりでした。

 外に出てはいけないと言われています。
 言われています。

「……」
 だから私は、この扉から外に出たことがありません。
 天井裏をネズミのように這っていただけ。本当に、人間ではない生活をしていたのでしょう。

 閉じた扉を私は開きました。

 そして足を踏み出しました。
 場所はわかっています。

 ゆっくり、ゆっくりと歩きます。自分が何をしようとしているのか、わかるようでわかりません。いえ、やはりわかっています。
 私は何も考えていません。
 ただ、そうしたいと思ったのです。

「ご当主様。お話したいことがあります」
「……サヘル嬢、か……?」
「はい」

 追い返されるかと思いましたが、堂々とした私に何を思ったか、ご当主様は部屋に入れてくださいました。
 私は貴族らしいマナーも、挨拶も知りません。
 ただ、率直に言いました。

「クリフト様に子供ができたら、私を自由にして下さいませんか?」
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