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断罪しに来たのでしょうか?

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「いい加減にしてください! 私じゃないって言ってるでしょ!」
「……これは調査だ。何も君だけを疑ってはいない」
「疑ってるじゃないですかっ!」

 アデラが声を荒らげて、クリフト様の言葉を否定しています。私は身の置きどころもない心地で、相変わらずネズミのように天井裏に身を潜めているのでした。
 どうしてこんなことになったのでしょう。

「しかしだ、君はお喋……会話が好きだろう。誰かにうっかり話したということは、あるんじゃないのか?」
「ろくに休暇もないのにどうやって! 仕事中だって、盗み聞きしてる余裕なんてないです。あたしがどれだけ働いてると思ってるんですか!」
「それはすまないと思っている。少しだけ考えてみて欲しい」
「考えて、ありえないって言ってるんです!」

 アデラが疑われているのは私のせいです。
 まさか天井裏をうろつく者がいるなど、誰も思っていないようでした。となれば部屋を出ていない私が、犯人であるはずがありません。もしこっそり部屋を出ていたとしても、それを誰かに伝える方法がないはずなのですから。

「アデラさん、休みのたびにお酒を飲んでるって聞きましたよ。そういう時に……」
 他の使用人がまるで諌めるように言いました。

「喋ってないっていってるでしょ! お酒くらい誰でも飲むわよ!」
「由緒正しい家に仕えているのですから、そういう警戒くらいしないと」
「私じゃないって言ってるの! あんた耳も悪いのね!」

「……落ち着きなさい。アデラ、休みに酒場に行っているのか?」
「里下がりした時に家族でワインを飲んでるだけです!」
「家族が相手では気も緩むだろう」
「だから……!」

 とても聞いていられず、私は両耳を塞いで首を振りました。そうしている間にも、アデラはまるで犯人に確定したかのように扱われているのです。

「では、君の家族に話を聞かせてもらいたい」
「……信じられない! あたしほど真面目に働いてる人がどこにいるんです!? どいつもこいつも、ろくに動かないんだから!」
「君の働きはわかっているよ。ただ、だからといって、ここは貴族の家だ。内情が漏れるのは……」
「奥様は穀潰しで、娼婦が妻の顔をしてるって!? そんなのそっちが勝手に、」
「アデラ!」

 クリフト様が強く彼女を叱りつけました。
「この屋敷の品位を汚すことは許さない。何度も言ったはずだ!」
「品位ってなによ、ただのろくでなし……」
「アデラ! 黙って!」

 使用人仲間の声が遮りました。しん、と静寂が広がり、クリフト様が言いました。
「君はやはりうちにふさわしくない人間のようだ」

「……」
「……ク、クリフト様、アデラは悪い子ではないのです」
「やめてよ! 仕事もできないくせに、あたしを庇おうっていうの!?」
「そんな」
「いいわ、もう辞めます。それでいいんでしょ!」

「待ちなさい!」
「家族に話が聞きたいならそうしてください。お金でももらわないと、素直に答えるかわかりませんけど!」

 ばたばたと走る音が聞こえました。追いかけていくと、アデラの部屋から、いろいろなものをひっくり返すような音が聞こえます。
 荷物をまとめて、本当にこの家の使用人を辞めるつもりなのでしょう。

「……私のせいだ……」
 すべて私のせいで、ラーミア様はいなくなり、更には罪もない使用人が疑われ、職を失うことになろうとしているのです。
 私は呆然として自室に戻り、重い体を丸めました。

 盗み聞きなんてしなければ。
 いえ、小説なんて書かなければ。
 せめて、名前を変えていれば。

 こんなことにはならなかったでしょう。
(でも、ただ、書いただけで、こんな……こんなことになるなんて)
 想像もしていませんでした。私は愚かだったのでしょうか。

 そうでなければいいのに、と心のどこかで思っています。他の誰かのせいであればいいのに。シーナならばそう言ってくれるでしょうか?
 いえ、シーナのお友達なら。
 浮気したクリフト様が悪いのだと言ってくれるでしょうか?

 それとも私を嫁入りさせておいて、いないかのように扱った当主様が。クリフト様が。
 どうしようもなく口の悪いアデラが。

 ……それでも私が望んだことでした。私にはこの話を断り、一人で市井で暮らすという選択もできたのです。けれど誰かに頼りたかったから、ここに嫁いできたのです。
 私は弱い人間でした。
 それだけならばよかったのに、人の秘密を覗き、それを小説にして、私の欲を満たしてしまっていたのです。

「なんてこと……」
 一番の悪女はきっと私でした。

「ちょっと!」
「えっ……」
「出てきて! 言いたいことがあります」

 アデラの声でした。
 私が犯人であることに気づいて、断罪しに来たのでしょうか?
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