21 / 21
21(終劇)
しおりを挟む
「私が!」
「だめだ!」
どちらが殺すか。
どちらも譲れなかった。
「いいか、君がやることじゃない。私は死になんて慣れている」
「私こそ、そうです。毒見が死ぬたび見送ってきました」
「はっ……こちらだって同じだ。命令違反をしたものを処罰したこともある。いまさら……」
「……」
互いに、周囲ばかりが死んできたのだ。
そういう立場として生かされてきた。
ツァンテリは、目の前で怯えるサティを見た。いつの間にか涙を流し、化粧をぐちゃぐちゃにした哀れな女だ。ひぃ、ひぃ、と呼吸をしながら二人を、切っ先を見上げている。
「ハ……」
気づけばツァンテリも涙を流していた。
つう、と涙が頬をつたい顎先から落ちて、ひくりとしゃくりあげた。
「ふ」
唇を閉じて、涙をこらえるように、気づけば笑ったような吐息になっていた。
泣き笑いの顔だ。ツァンテリは、今まで見てきた死について思った。どれも自分が望んだことではない。望んでいなかった。嫌だった。
「あは」
ツァンテリは、今度ははっきりと笑った。
「ふふ……殿下、私、私……嫌だわ、殺したくない。……殺したくない!」
「ああ、ツァンテリ、私もだ!」
そして小刀は放り投げられ、二人はすがりつくように抱き合った。
「嫌だ、もう、なにもかも!」
「そうだろう、そうだろうとも。嫌だ、すべてが。ずっと嫌だった! 君の悪口を言う皆も、私を讃えながら蔑む皆も!」
「みんな、みんな何もわかっていなかった。私のことも、あなたのことも! 私にはあなただけ、あなただけだった……」
「ツァンテリ」
「殿下。ああ、アベルト」
「もう……いい。君がいればいい」
二人は立ち上がり、もうあとも見なかった。
逃げるのだ。二人で生きるのだ。それ以外にいったい何があるだろう。玉座も国も、もうどうでもよかった。どうでもよくなってしまった。
「ま……待ちなさいよ……!」
サティはあまりの怒りに、恐怖を忘れて声をあげることができた。
落ちた小刀を拾い、ふらつきながら立ち上がる。
「このっ……泥棒猫! その男はあたしのものよ、あたしの!」
「いいや、サティ、君との婚約は破棄する」
能面のような顔で、アベルトは言った。それは最後の思いやりだったかもしれないし、意趣返しだったかもしれない。
「な」
「君も嬉しいだろう。君は、あんなに政略結婚を嫌っていたんだから」
「……なに、言ってるのよ。政略結婚?」
「王位のために君と結婚などできない。私は、真実の愛を見つけたのだから」
「は、ぁ……っ!?」
言いたいことを言ったら、もう何も用はない。
「ツァンテリ」
「ええ」
二人は手を取り合って走った。この場から、少しでも遠くへ。少しでも、自分たちを知らない場所へ。
国のこれからも、サティがその後どうしたかも、もうどうでもよかった。
けれど、二人が未来の喜びに満ちていたわけではない。
わかっているのだ。
「アベルト、どうか、どうか覚えていてね。この先何があっても、今、このときだけは、私はあなたを愛している。間違いなく、疑いようもなく、愛している。きっと忘れないで」
「もちろんだ、ツァンテリ。私も君を愛している。君だけを愛している。君のためなら何でもできる……」
今は。
人にかしずかれて育った二人が、苦労なく幸せになれるはずがない。二人はそれをわかっていた。
愛はきっとすり減るだろう。
生きてさえいけないかもしれない。
それでも二人は今、手を握り、走った。その先は誰も知らない。
「だめだ!」
どちらが殺すか。
どちらも譲れなかった。
「いいか、君がやることじゃない。私は死になんて慣れている」
「私こそ、そうです。毒見が死ぬたび見送ってきました」
「はっ……こちらだって同じだ。命令違反をしたものを処罰したこともある。いまさら……」
「……」
互いに、周囲ばかりが死んできたのだ。
そういう立場として生かされてきた。
ツァンテリは、目の前で怯えるサティを見た。いつの間にか涙を流し、化粧をぐちゃぐちゃにした哀れな女だ。ひぃ、ひぃ、と呼吸をしながら二人を、切っ先を見上げている。
「ハ……」
気づけばツァンテリも涙を流していた。
つう、と涙が頬をつたい顎先から落ちて、ひくりとしゃくりあげた。
「ふ」
唇を閉じて、涙をこらえるように、気づけば笑ったような吐息になっていた。
泣き笑いの顔だ。ツァンテリは、今まで見てきた死について思った。どれも自分が望んだことではない。望んでいなかった。嫌だった。
「あは」
ツァンテリは、今度ははっきりと笑った。
「ふふ……殿下、私、私……嫌だわ、殺したくない。……殺したくない!」
「ああ、ツァンテリ、私もだ!」
そして小刀は放り投げられ、二人はすがりつくように抱き合った。
「嫌だ、もう、なにもかも!」
「そうだろう、そうだろうとも。嫌だ、すべてが。ずっと嫌だった! 君の悪口を言う皆も、私を讃えながら蔑む皆も!」
「みんな、みんな何もわかっていなかった。私のことも、あなたのことも! 私にはあなただけ、あなただけだった……」
「ツァンテリ」
「殿下。ああ、アベルト」
「もう……いい。君がいればいい」
二人は立ち上がり、もうあとも見なかった。
逃げるのだ。二人で生きるのだ。それ以外にいったい何があるだろう。玉座も国も、もうどうでもよかった。どうでもよくなってしまった。
「ま……待ちなさいよ……!」
サティはあまりの怒りに、恐怖を忘れて声をあげることができた。
落ちた小刀を拾い、ふらつきながら立ち上がる。
「このっ……泥棒猫! その男はあたしのものよ、あたしの!」
「いいや、サティ、君との婚約は破棄する」
能面のような顔で、アベルトは言った。それは最後の思いやりだったかもしれないし、意趣返しだったかもしれない。
「な」
「君も嬉しいだろう。君は、あんなに政略結婚を嫌っていたんだから」
「……なに、言ってるのよ。政略結婚?」
「王位のために君と結婚などできない。私は、真実の愛を見つけたのだから」
「は、ぁ……っ!?」
言いたいことを言ったら、もう何も用はない。
「ツァンテリ」
「ええ」
二人は手を取り合って走った。この場から、少しでも遠くへ。少しでも、自分たちを知らない場所へ。
国のこれからも、サティがその後どうしたかも、もうどうでもよかった。
けれど、二人が未来の喜びに満ちていたわけではない。
わかっているのだ。
「アベルト、どうか、どうか覚えていてね。この先何があっても、今、このときだけは、私はあなたを愛している。間違いなく、疑いようもなく、愛している。きっと忘れないで」
「もちろんだ、ツァンテリ。私も君を愛している。君だけを愛している。君のためなら何でもできる……」
今は。
人にかしずかれて育った二人が、苦労なく幸せになれるはずがない。二人はそれをわかっていた。
愛はきっとすり減るだろう。
生きてさえいけないかもしれない。
それでも二人は今、手を握り、走った。その先は誰も知らない。
750
お気に入りに追加
1,128
この作品は感想を受け付けておりません。
あなたにおすすめの小説
白い結婚三年目。つまり離縁できるまで、あと七日ですわ旦那様。
あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
異世界に転生したフランカは公爵夫人として暮らしてきたが、前世から叶えたい夢があった。パティシエールになる。その夢を叶えようと夫である王国財務総括大臣ドミニクに相談するも答えはノー。夫婦らしい交流も、信頼もない中、三年の月日が近づき──フランカは賭に出る。白い結婚三年目で離縁できる条件を満たしていると迫り、夢を叶えられないのなら離縁すると宣言。そこから公爵家一同でフランカに考え直すように動き、ドミニクと話し合いの機会を得るのだがこの夫、山のように隠し事はあった。
無言で睨む夫だが、心の中は──。
【詰んだああああああああああ! もうチェックメイトじゃないか!? 情状酌量の余地はないと!? ああ、どうにかして侍女の準備を阻まなければ! いやそれでは根本的な解決にならない! だいたいなぜ後妻? そんな者はいないのに……。ど、どどどどどうしよう。いなくなるって聞いただけで悲しい。死にたい……うう】
4万文字ぐらいの中編になります。
※小説なろう、エブリスタに記載してます
七年間の婚約は今日で終わりを迎えます
hana
恋愛
公爵令嬢エミリアが十歳の時、第三王子であるロイとの婚約が決まった。しかし婚約者としての生活に、エミリアは不満を覚える毎日を過ごしていた。そんな折、エミリアは夜会にて王子から婚約破棄を宣言される。
聖女アマリア ~喜んで、婚約破棄を承ります。
青の雀
恋愛
公爵令嬢アマリアは、15歳の誕生日の翌日、前世の記憶を思い出す。
婚約者である王太子エドモンドから、18歳の学園の卒業パーティで王太子妃の座を狙った男爵令嬢リリカからの告発を真に受け、冤罪で断罪、婚約破棄され公開処刑されてしまう記憶であった。
王太子エドモンドと学園から逃げるため、留学することに。隣国へ留学したアマリアは、聖女に認定され、覚醒する。そこで隣国の皇太子から求婚されるが、アマリアには、エドモンドという婚約者がいるため、返事に窮す。
拝啓、婚約者様。ごきげんよう。そしてさようなら
みおな
恋愛
子爵令嬢のクロエ・ルーベンスは今日も《おひとり様》で夜会に参加する。
公爵家を継ぐ予定の婚約者がいながら、だ。
クロエの婚約者、クライヴ・コンラッド公爵令息は、婚約が決まった時から一度も婚約者としての義務を果たしていない。
クライヴは、ずっと義妹のファンティーヌを優先するからだ。
「ファンティーヌが熱を出したから、出かけられない」
「ファンティーヌが行きたいと言っているから、エスコートは出来ない」
「ファンティーヌが」
「ファンティーヌが」
だからクロエは、学園卒業式のパーティーで顔を合わせたクライヴに、にっこりと微笑んで伝える。
「私のことはお気になさらず」
婚約破棄はまだですか?─豊穣をもたらす伝説の公爵令嬢に転生したけど、王太子がなかなか婚約破棄してこない
nanahi
恋愛
火事のあと、私は王太子の婚約者:シンシア・ウォーレンに転生した。王国に豊穣をもたらすという伝説の黒髪黒眼の公爵令嬢だ。王太子は婚約者の私がいながら、男爵令嬢ケリーを愛していた。「王太子から婚約破棄されるパターンね」…私はつらい前世から解放された喜びから、破棄を進んで受け入れようと自由に振る舞っていた。ところが王太子はなかなか破棄を告げてこなくて…?
【完結】生贄になった婚約者と間に合わなかった王子
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
フィーは第二王子レイフの婚約者である。
しかし、仲が良かったのも今は昔。
レイフはフィーとのお茶会をすっぽかすようになり、夜会にエスコートしてくれたのはデビューの時だけだった。
いつしか、レイフはフィーに嫌われていると噂がながれるようになった。
それでも、フィーは信じていた。
レイフは魔法の研究に熱心なだけだと。
しかし、ある夜会で研究室の同僚をエスコートしている姿を見てこころが折れてしまう。
そして、フィーは国守樹の乙女になることを決意する。
国守樹の乙女、それは樹に喰らわれる生贄だった。
【完結】お荷物王女は婚約解消を願う
miniko
恋愛
王家の瞳と呼ばれる色を持たずに生まれて来た王女アンジェリーナは、一部の貴族から『お荷物王女』と蔑まれる存在だった。
それがエスカレートするのを危惧した国王は、アンジェリーナの後ろ楯を強くする為、彼女の従兄弟でもある筆頭公爵家次男との婚約を整える。
アンジェリーナは八歳年上の優しい婚約者が大好きだった。
今は妹扱いでも、自分が大人になれば年の差も気にならなくなり、少しづつ愛情が育つ事もあるだろうと思っていた。
だが、彼女はある日聞いてしまう。
「お役御免になる迄は、しっかりアンジーを守る」と言う彼の宣言を。
───そうか、彼は私を守る為に、一時的に婚約者になってくれただけなのね。
それなら出来るだけ早く、彼を解放してあげなくちゃ・・・・・・。
そして二人は盛大にすれ違って行くのだった。
※設定ユルユルですが、笑って許してくださると嬉しいです。
※感想欄、ネタバレ配慮しておりません。ご了承ください。
【短編完結】地味眼鏡令嬢はとっても普通にざまぁする。
鏑木 うりこ
恋愛
クリスティア・ノッカー!お前のようなブスは侯爵家に相応しくない!お前との婚約は破棄させてもらう!
茶色の長い髪をお下げに編んだ私、クリスティアは瓶底メガネをクイっと上げて了承致しました。
ええ、良いですよ。ただ、私の物は私の物。そこら辺はきちんとさせていただきますね?
(´・ω・`)普通……。
でも書いたから見てくれたらとても嬉しいです。次はもっと特徴だしたの書きたいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる