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21(終劇)

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「私が!」
「だめだ!」

 どちらが殺すか。
 どちらも譲れなかった。

「いいか、君がやることじゃない。私は死になんて慣れている」
「私こそ、そうです。毒見が死ぬたび見送ってきました」
「はっ……こちらだって同じだ。命令違反をしたものを処罰したこともある。いまさら……」
「……」

 互いに、周囲ばかりが死んできたのだ。
 そういう立場として生かされてきた。

 ツァンテリは、目の前で怯えるサティを見た。いつの間にか涙を流し、化粧をぐちゃぐちゃにした哀れな女だ。ひぃ、ひぃ、と呼吸をしながら二人を、切っ先を見上げている。

「ハ……」

 気づけばツァンテリも涙を流していた。
 つう、と涙が頬をつたい顎先から落ちて、ひくりとしゃくりあげた。

「ふ」

 唇を閉じて、涙をこらえるように、気づけば笑ったような吐息になっていた。
 泣き笑いの顔だ。ツァンテリは、今まで見てきた死について思った。どれも自分が望んだことではない。望んでいなかった。嫌だった。

「あは」

 ツァンテリは、今度ははっきりと笑った。

「ふふ……殿下、私、私……嫌だわ、殺したくない。……殺したくない!」
「ああ、ツァンテリ、私もだ!」

 そして小刀は放り投げられ、二人はすがりつくように抱き合った。

「嫌だ、もう、なにもかも!」
「そうだろう、そうだろうとも。嫌だ、すべてが。ずっと嫌だった! 君の悪口を言う皆も、私を讃えながら蔑む皆も!」
「みんな、みんな何もわかっていなかった。私のことも、あなたのことも! 私にはあなただけ、あなただけだった……」
「ツァンテリ」
「殿下。ああ、アベルト」
「もう……いい。君がいればいい」

 二人は立ち上がり、もうあとも見なかった。
 逃げるのだ。二人で生きるのだ。それ以外にいったい何があるだろう。玉座も国も、もうどうでもよかった。どうでもよくなってしまった。

「ま……待ちなさいよ……!」

 サティはあまりの怒りに、恐怖を忘れて声をあげることができた。
 落ちた小刀を拾い、ふらつきながら立ち上がる。

「このっ……泥棒猫! その男はあたしのものよ、あたしの!」
「いいや、サティ、君との婚約は破棄する」

 能面のような顔で、アベルトは言った。それは最後の思いやりだったかもしれないし、意趣返しだったかもしれない。

「な」
「君も嬉しいだろう。君は、あんなに政略結婚を嫌っていたんだから」
「……なに、言ってるのよ。政略結婚?」
「王位のために君と結婚などできない。私は、真実の愛を見つけたのだから」
「は、ぁ……っ!?」

 言いたいことを言ったら、もう何も用はない。

「ツァンテリ」
「ええ」

 二人は手を取り合って走った。この場から、少しでも遠くへ。少しでも、自分たちを知らない場所へ。
 国のこれからも、サティがその後どうしたかも、もうどうでもよかった。

 けれど、二人が未来の喜びに満ちていたわけではない。
 わかっているのだ。

「アベルト、どうか、どうか覚えていてね。この先何があっても、今、このときだけは、私はあなたを愛している。間違いなく、疑いようもなく、愛している。きっと忘れないで」
「もちろんだ、ツァンテリ。私も君を愛している。君だけを愛している。君のためなら何でもできる……」

 今は。
 人にかしずかれて育った二人が、苦労なく幸せになれるはずがない。二人はそれをわかっていた。
 愛はきっとすり減るだろう。
 生きてさえいけないかもしれない。

 それでも二人は今、手を握り、走った。その先は誰も知らない。
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