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 アズラージア側にとっても、現状はあまりよいものではない。
 それというのも上層部の意見が割れていて、このまま隣国を攻めるべきというものもいれば、穏便に町を築くべきだというもの、撤退だというもの、とにかく話がまとまっていない。

 仕方がないのでだらだらと話し合いをしている。
 しかしこの日は、アベルト王子の婚約者だというサティ男爵令嬢が話し合いに参加していた。気取った様子で背を反らしているのだが、着席の仕方にも、髪をかきあげる仕草にも貴族らしい品がない。

 そのようであっても婚約者にしたのだから、よほど優秀な令嬢なのだろう。
 彼女が何を言い出すのかと緊張したが、挨拶のあとは退屈そうにしているだけだった。いつもの、状況を確認し合うばかりの話し合いが始まる。

 しかし途中で焦れたようにサティが言い出した。

「ねえ、つまらないことを話してないで、さっさと決めてしまいましょうよ。もう二ヶ月も経ったのだもの。無駄はお互い嫌でしょ?」
「サティ」
「あなたは黙ってて」

 サティがそう言えば、アベルトが黙る。
 アズラージア側からも、その力関係は明らかだった。サティが自信にあふれた様子で言う。

「とりあえず、なんだっけ、そう、捕虜はもう必要ないのでしょう? これだけ長い間、返さなくて良かったんだから。こちらで処分しておくわ」
「は?」
「なっ……」
「やだ、殺したりしないわよ、血とか出たら汚いもの。そうじゃなくて、働き手を欲しがってる国がいるから、そっちに引き取って貰えばいいじゃない。捕虜の人だって、必要とされるところに行った方が幸せよ」

「なんということを!」
「え? 何よ、怖いわ、誰に言っているの」

 アズラージアの交渉官が思わず声を荒らげると、サティは唇を尖らせ、護衛の後ろに下がった。護衛といっても、彼女が常に連れている男だ。貴人に対する護衛にふさわしい距離など取らない。
 サティが彼に腕を回してすがりついても、引き離すようなことはしない。安心させるようにその背を撫でたほどだ。

「すぐにこの場を離れましょう」
「そうね。やっぱり野蛮な国だわ」

 サティと護衛たちが出ていったあと、アベルトは謝罪した。

「申し訳ない。彼女は……教育が、足りてなく」
「では、さきほどの言葉は……」
「捕虜の扱いについては、私が言い聞かせますので」

 だが、絶対に捕虜にひどいことをしないとは言えない。アベルトは弱い立場だ。さきほどの様子を見て、アズラージアの交渉官もそれに気づいてしまっただろう。
 彼女がそうすると言うのなら、止める自信は正直なところなかった。

「殿下が責任を持って、必ず捕虜の安全を確保してくださるのですな!?」
「……」

 言えない。
 つい先程までアベルトは、それでもサティには最低限の良識があると思っていた。しかしあの様子を見ては、とてもそうは思えない。
 城のものたちは彼女の味方だ。ほとんどが下位貴族だが、国の政に関わるものたちなのだ。彼らは裏切り者であるアベルトの言葉など聞かないだろう。

 つまりは、彼女の言葉で国が、民が動く。

(やはり、どうかしている)

 アベルトは思う。
 こんな国はどうかしている。おかしいのだ。あってはならない。
 いずれ滅ぶしかない、どうしようもない国に成り下がっている。

(公爵派に政権を渡すしかない。ツァンテリならば……)

 彼女ならば間違えないだろう。どのような状況でも冷静に、正しい道を見つけ出すに違いない。

(公爵派に亡命するか? 受け入れてもらえたとして、王家派は、私が誘拐されたと喧伝するだろう。どちらにしても戦いになる。人が死ぬ)

 ではどうすればいい。
 王家派が落ちぶれていくのを待っていればいいのか。周囲の国々は、それを見守ってなどくれまい。
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