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 王家派と公爵派は、そうして互いに競い合うように出兵した。
 兵の数は公爵派が多い。しかし多くの兵はその実、ツァンテリとその婚約者の護衛と世話係であり、彼らは戦闘に参加しない。実際に動ける兵の数は王家派のほうが多いだろう。

 先に辺境にたどり着いたのは公爵派の方だ。

「我らが着いたからにはもう心配はない!」

 立派な鎧をつけ、民衆に剣を振り上げて見せた彼はラードルと言う。ツァンテリの婚約者であり、隣国イヴァナの公爵家次男だ。
 イヴァナ王家にはかつてこの国の姫が嫁いでおり、その息子王子が臣籍降下して始まったのが公爵家だ。血筋としては充分、ツァンテリに釣り合うだろう。

 生まれがそうさせるのか教育の賜物か、その姿には王のごとき威厳があった。
 疲弊した辺境の兵士たちが歓声をあげる。いつ敵兵が襲ってくるともしれない状況では、兵が増えただけでありがたいことだ。

「ここは我が国にとって重要な地だ。ゆえに我らが力をもって守り抜く。今まで耐えてきた辺境の民に感謝を。そして勝利をもたらそう!」

 ラードルは力強く言い、隣にいるツァンテリに微笑みかけた。ツァンテリは強く頷いて彼に体を寄せ、ともに剣を握る。
 信頼し合う婚約者の姿に歓声が増した。




 一方で王子アベルトの到着は静かなものだった。
 先に到着したのが公爵派であったためか、同じような到着の「挨拶」はしなかった。迎えた民に軽く手を振ったのみだ。きらびやかな装備もない。
 公爵家の二人よりも親しみやすい、あるいは頼りない王子として、民に噂された。

 到着後、アベルトはすぐに公爵派の陣地へ向かった。ともかくも兵を動かすならば、先についたものたちと足並みを揃えるべきだろう。

「これはこれはアベルト殿下、私はツァンテリの婚約者のラードル。お会いできて光栄だ」

 ラードルの挨拶はいくら場合が場合としても簡易すぎ、王子を馬鹿にしたものだったが、アベルトは気にならない。どうせ馬鹿にされ続けた王子だ。

「こちらこそ、ラードル殿、よろしく頼む。急で申し訳ないが、これからについて話したい。貴殿はこの周辺に兵を?」
「……ああ。人家の多い場所を守っている」
「わかった。では、我々は南に基地を作ろうと思う。人の少ない場所だから、狙って侵入されるかもしれない」
「確かに、そうだな」

 平然とアベルト王子が事務的な話をするので、ラードルは顔をしかめた。
 王家と公爵家の因縁はもちろんわかっているし、ツァンテリの元婚約者であることから、負けるまいという気分でいたのだ。

 攻撃的な態度で迎えた自分が馬鹿のように思えてくる。
 これは軟弱王子というより、鈍感王子というべきかもしれない。それとも、そう装っているだけなのだろうか。
 考えてみれば、毒にも薬にもならない王子ならば、婚約破棄など言い出さないだろう。

「距離をとってもらったほうが我々も助かる。兵同士がいがみ合ってはやっていられないからな」
「では我々は南へ。失礼する」
「……ずいぶん急なことだ」

 ラードルは苦笑した。
 たとえ内心いがみ合う同士でも、笑顔で食事くらいはするのが普通だ。上位貴族の考えでは、王子の態度は無礼なものだった。

「ああそうだ! 元婚約者に挨拶くらいしていったらどうだろう」

 ラードルは自分の後ろにいるツァンテリを示した。まるで影のように、ずっとそこに控えている。
 乗馬用のズボンを履き、華美な姿ではない。しかし背を伸ばした姿、人形のような容貌はそのままだった。

「アベルト殿下には感謝しているんだ。彼女とこうして婚約できたのだから」
「……久しぶりだな、ミラッダ嬢。元気そうでよかった」
「ええ」

 ツァンテリの返答は、他のものから見れば気のないものだっただろう。
 けれどツァンテリは、声が震えないように体に力を入れなければならなかった。そのくらいに緊張していたのだ。

 視線が絡むだけで、胸を締め上げられる心地がする。
 それはアベルトも同じだった。どうにか平然と言葉を吐く。

「婚約おめでとう」
「ありがとうございます。殿下も」
「うん」

 互いに微笑む。
 今の二人にとって、内容など意味のないものだった。こうして視線を交わし言葉をかけること、それだけでも、奇跡的な機会なのだ。

「どうぞお幸せに」
「君も」

 そして会話を長引かせようとも思わなかった。
 共にいればいるほど、互いを危険に晒すのがわかっている。結ばれることを諦めても、二人ともまだ、そのような結果を求めてはいなかった。

 ただ、わかっている。

(どちらかしか生き残れない)

 王家派と公爵派は、もはやひとつのものには戻れない。受け入れられるはずがない。二人が無理に婚姻したとしても、どちらかが、あるいは両方が命を失うだけだ。
 アベルトもツァンテリも、そんなことは望んでいなかった。
 できれば相手に生きていてほしいと、そう願っている。
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