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「まあ、なんて図々しいのでしょう」
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「まあ、なんて図々しいのでしょう」
「……え?」
箱入り娘らしくおっとりと微笑んだ新妻の口から、辛辣な言葉が出る。
聞き間違いかとアンガダは眉を潜めて顔を近づけた。新妻メリナは迷惑そうに身を退いて言う。
「要するにあなた、貴族でいるために政略結婚はする。けれど女とは別れられない、ということですのね?」
「そ……っ」
それはそうだ。それは事実だが言い方がひどい。
アンガダには愛する女がいるのだ。その女はとてもアンガダの妻にふさわしくない身分だが、心を縛り付けることはできない。
「……そうだ。僕はナーチェを愛している。それはどうしようもないことと諦めてくれ。これは政略結婚なのだから」
「ええ、わかりますわ。人の心は良くも悪くも自由ですもの」
「わ、わかればいいんだ」
「でも私が言いたいのはそういうことではありません」
きっぱりと言うと、メリナは今度は逆に、ぐっとアンガダに顔を近づけてきた。
「なっ、なんだ」
「なんでわざわざ言ったのですか?」
「は?」
「貴族でいるために政略結婚をする、しかし女とは別れられない、せめて子どもができるまで我慢することもできない、女の存在を隠していることさえできない。あなたにできることって、いったい何です?」
「な、な!」
かっと頭に血が上るのがわかった。
「それでもまあ、できないなら仕方のないこと。ですがあなたはその尻拭いを、身ひとつで嫁いできて、頼る相手もいない妻に押し付けることを選んだ。まあ、なんて……図々しいのでしょう」
「言わせておけば……!」
「どうして言わせているのです。あなたに言い分があるならおっしゃって」
「うっ、ぐっ……」
なぜか言葉が出てこなかった。
いや、わかっているのだ。確かにアンガダはこの妻さえ従順であればすべてが上手くいくと思っていたのだ。
そう、頼る人のいない妻。身ひとつでこの子爵家にやってきた妻。
アンガダにとって彼女は異物であった。家族ではないのに、家族になろうとしている女だった。
だからアンガダにとって妻こそが「図々しい」のである。
「だ、だが、僕が愛しているのはナーチェだけだ」
「彼女だけ幸せになれば、誰が犠牲になろうと構わないということですね?」
「そ……っ、そうではない、君だって、そうだ、政略結婚じゃないか。神の前で嘘の誓いを立てた!」
「ええ、ええ、そうですとも。でも一度ついた嘘を突き通そうというくらいの気概はございます」
メリナが微笑む。とても美しいのに、決して揺るがない芯を感じさせる微笑みだった。
この女の心を変えさせることはできない……そう思ってしまった時点で、アンガダは負けたのだ。
「まるで愛しているかのように、あなたの妻という立場をこなしてみせましょう。ですからあなたにも、嘘を突き通していただきます」
「何……?」
「女と別れなくてもよろしい。私を愛さなくてもよろしい。仕事が忙しいとでもおっしゃって、彼女と会えばよろしいわ。でも、必ず私のところに帰ってきて、子どもをつくり、よい夫、よい父として振る舞いなさい。愛人がいるなんて絶対に気づかれないように」
「……」
「最初から、そうでしょう? そうすればよかったでしょう? 神に嘘をついたのだから、覚悟を決めて、その嘘を突き通しなさいませ」
妻の微笑みに、アンガダは震えた。
おっとりとして扱いやすいと思った女が、今は恐ろしいものに見えた。妻は恐ろしいものだと男たちは言うが、妻という地位を手に入れれば、だれもそうなってしまうのだろうか。
「……え?」
箱入り娘らしくおっとりと微笑んだ新妻の口から、辛辣な言葉が出る。
聞き間違いかとアンガダは眉を潜めて顔を近づけた。新妻メリナは迷惑そうに身を退いて言う。
「要するにあなた、貴族でいるために政略結婚はする。けれど女とは別れられない、ということですのね?」
「そ……っ」
それはそうだ。それは事実だが言い方がひどい。
アンガダには愛する女がいるのだ。その女はとてもアンガダの妻にふさわしくない身分だが、心を縛り付けることはできない。
「……そうだ。僕はナーチェを愛している。それはどうしようもないことと諦めてくれ。これは政略結婚なのだから」
「ええ、わかりますわ。人の心は良くも悪くも自由ですもの」
「わ、わかればいいんだ」
「でも私が言いたいのはそういうことではありません」
きっぱりと言うと、メリナは今度は逆に、ぐっとアンガダに顔を近づけてきた。
「なっ、なんだ」
「なんでわざわざ言ったのですか?」
「は?」
「貴族でいるために政略結婚をする、しかし女とは別れられない、せめて子どもができるまで我慢することもできない、女の存在を隠していることさえできない。あなたにできることって、いったい何です?」
「な、な!」
かっと頭に血が上るのがわかった。
「それでもまあ、できないなら仕方のないこと。ですがあなたはその尻拭いを、身ひとつで嫁いできて、頼る相手もいない妻に押し付けることを選んだ。まあ、なんて……図々しいのでしょう」
「言わせておけば……!」
「どうして言わせているのです。あなたに言い分があるならおっしゃって」
「うっ、ぐっ……」
なぜか言葉が出てこなかった。
いや、わかっているのだ。確かにアンガダはこの妻さえ従順であればすべてが上手くいくと思っていたのだ。
そう、頼る人のいない妻。身ひとつでこの子爵家にやってきた妻。
アンガダにとって彼女は異物であった。家族ではないのに、家族になろうとしている女だった。
だからアンガダにとって妻こそが「図々しい」のである。
「だ、だが、僕が愛しているのはナーチェだけだ」
「彼女だけ幸せになれば、誰が犠牲になろうと構わないということですね?」
「そ……っ、そうではない、君だって、そうだ、政略結婚じゃないか。神の前で嘘の誓いを立てた!」
「ええ、ええ、そうですとも。でも一度ついた嘘を突き通そうというくらいの気概はございます」
メリナが微笑む。とても美しいのに、決して揺るがない芯を感じさせる微笑みだった。
この女の心を変えさせることはできない……そう思ってしまった時点で、アンガダは負けたのだ。
「まるで愛しているかのように、あなたの妻という立場をこなしてみせましょう。ですからあなたにも、嘘を突き通していただきます」
「何……?」
「女と別れなくてもよろしい。私を愛さなくてもよろしい。仕事が忙しいとでもおっしゃって、彼女と会えばよろしいわ。でも、必ず私のところに帰ってきて、子どもをつくり、よい夫、よい父として振る舞いなさい。愛人がいるなんて絶対に気づかれないように」
「……」
「最初から、そうでしょう? そうすればよかったでしょう? 神に嘘をついたのだから、覚悟を決めて、その嘘を突き通しなさいませ」
妻の微笑みに、アンガダは震えた。
おっとりとして扱いやすいと思った女が、今は恐ろしいものに見えた。妻は恐ろしいものだと男たちは言うが、妻という地位を手に入れれば、だれもそうなってしまうのだろうか。
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