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王子が元聖女と離縁したら城が傾いた。
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「元聖女アルメリア・イシスよ。望み通り離縁してやる。貴様は王太子の妻でありながら、全くその勤めを放棄しているのだからな!」
「あら、まあ」
アルメリアは自らの夫、ということになっている王太子を一瞥してから、書類に目を戻してペンを走らせた。
予想よりも早かったけれど、やるだけのことはやった。
「一応聞きますけれど、王太子の妻の勤めって何ですか?」
「なんて方……」
思わず、というようにもれた声は、王太子の隣にいる女性からだ。美しい銀色の髪が流れる腰は、しっかり王太子の腕に抱かれている。
「妻たるもの、王太子を愛し、お支えするのが仕事でしょう」
「愛か。愛はないわね。……あなたにはおありなのかしら?」
「もちろんですわ! ああ、どうして惹かれずにいられるでしょう。強く、気高く、お優しい。この素晴らしいお方が王の御子として生まれついた、神の采配に感謝いたします。私の心は、民の心は、いつでも殿下の御許にあります。私がお役に立てるというのなら、この身を賭してお仕えいたしましょう」
「お、おう」
アルメリアは淑女らしからぬ声をたててしまった。
が、まあ聞きたいことは聞けたのでよしとしよう。うっとりと語るさまは誰かに言わされている様子はない。嫌味ったらしく「元聖女」などと言われているが、夫と閨をともにしていない彼女は未だ、聖女の力を失っていない。
(まあそれが嫌だったんだろうけど)
ともかく変わらず聖女の力を持つ彼女には、人が真実の心で語っているかどうかはなんとなくわかるのだ。
(すっごい素直な嘘つきさんだ)
全力で自分の欲に素直。
欲というのは悪いものではない。人を支え、人を前向きにさせる力だ。
がんばってもらおう。
「こっちの都合を一切無視して結婚しておいて、愛されたいなんてのは、それはわがままというものよ、旦那様」
「無礼な。薄汚い平民の娘を、功績を評価して召し上げてやったのだ! それに感謝も見せず、義務すら果たさない。思い上がりも甚だしい!」
「王妃様がかわいそうだから、ある程度義務は果たしたけれど……もういいわね。では、あとのことはよろしく」
「最後まで忌々しい女だ……!」
「今まで引き立ててくださった殿下にその態度、見損ないました。元聖女アルメリア様」
「はいはい。では私、アルメリア・イシスは、王太子の妻の務めを放棄します」
宣言と共にアルメリアは、常に城に注いでいた力をゆっくり弱めていった。
「は?」
王子が首を傾げた。
部屋の内装の色がわずかにくすんだ、それに気づいたのだろう。さすが育ちがいいだけある。
「なに……? きゃっ」
女は王子に抱きついた。
天井から土埃が落ちてきたからだ。
「な、なんだ。一体……」
城が揺れる。
「ああ、やっぱり、こうなるわね。でもまあ……崩れずにはすむ、かしら。うん、大丈夫そうね」
傾いてはいるけれど、踏みとどまった。
「何をしたんだ、アルメリア!」
「今まで支えていた私の力を解除しただけよ」
「な、なぜそんな……」
「古い城だものね……崩れないようにまず地盤を支えて、壁も強化、色味を上げて見栄えをよくして、住み着く虫や小動物を眠らせて、あとこれが一番大変なのだけれど、ここ、夏は暑くて冬は寒いのよねえ。隙間風をぜんぶ閉じると窒息しちゃうから、温度を均一に保つ結界……」
城の管理は大変である。
なにしろ古い。修復にも多大な費用がかかる。
多くの国では複数人の魔術師を雇っているが、信じがたいことに、この国では「家の管理は妻の務め」とされ、城の管理も王妃の役目、それがあたりまえとされている。
長らくそれを担ってきた王妃は、アルメリアの婚姻と共に引退した。涙を流して侘びていたが、喜びが隠しきれていなかった。
「……まあ、がんばって。大丈夫、お金でもなんとかなるから」
女が悲鳴をあげた。
はたして彼女の実家に、城を物理で支えるだけの資産はあるのだろうか。引退した王妃は豊富な魔力を持っていたが、それでも大変そうだった。
庶民の娘であるアルメリアが王室に入ることを許されたのは、ありあまる聖女としての力を期待されてのことだ。実際、アルメリアにはさほどの苦なく行えた。
だが聖女の仕事は城の管理ではない。
「さて、復帰しますか」
城に縛り付けられて過ごした時間も、思ったほど無駄ではなかった。少しは庶民のための政策が行えたし、国の上層部に顔も繋げた。
しかし神の妻として誓いを立て、得られるのが聖女の力だ。当然それは多くの民のために使われるべきだろう。
それになにより、素直に感謝してくれる相手に使いたいに決まっている。
「ま、待て、アルメリア、貴様に栄誉ある仕事を……」
「待ってください! きゃあっ!」
「うあああああ!」
「あ、お気をつけて。それじゃあ、今までお世話になりました」
アルメリアは自分用の結界を張り、城を急いで後にした。
聖女の力は命を奪わない。よって、眠らされていた虫……よくある黒いのが、一気に目覚め、蠢き始めていたからだ。
「あら、まあ」
アルメリアは自らの夫、ということになっている王太子を一瞥してから、書類に目を戻してペンを走らせた。
予想よりも早かったけれど、やるだけのことはやった。
「一応聞きますけれど、王太子の妻の勤めって何ですか?」
「なんて方……」
思わず、というようにもれた声は、王太子の隣にいる女性からだ。美しい銀色の髪が流れる腰は、しっかり王太子の腕に抱かれている。
「妻たるもの、王太子を愛し、お支えするのが仕事でしょう」
「愛か。愛はないわね。……あなたにはおありなのかしら?」
「もちろんですわ! ああ、どうして惹かれずにいられるでしょう。強く、気高く、お優しい。この素晴らしいお方が王の御子として生まれついた、神の采配に感謝いたします。私の心は、民の心は、いつでも殿下の御許にあります。私がお役に立てるというのなら、この身を賭してお仕えいたしましょう」
「お、おう」
アルメリアは淑女らしからぬ声をたててしまった。
が、まあ聞きたいことは聞けたのでよしとしよう。うっとりと語るさまは誰かに言わされている様子はない。嫌味ったらしく「元聖女」などと言われているが、夫と閨をともにしていない彼女は未だ、聖女の力を失っていない。
(まあそれが嫌だったんだろうけど)
ともかく変わらず聖女の力を持つ彼女には、人が真実の心で語っているかどうかはなんとなくわかるのだ。
(すっごい素直な嘘つきさんだ)
全力で自分の欲に素直。
欲というのは悪いものではない。人を支え、人を前向きにさせる力だ。
がんばってもらおう。
「こっちの都合を一切無視して結婚しておいて、愛されたいなんてのは、それはわがままというものよ、旦那様」
「無礼な。薄汚い平民の娘を、功績を評価して召し上げてやったのだ! それに感謝も見せず、義務すら果たさない。思い上がりも甚だしい!」
「王妃様がかわいそうだから、ある程度義務は果たしたけれど……もういいわね。では、あとのことはよろしく」
「最後まで忌々しい女だ……!」
「今まで引き立ててくださった殿下にその態度、見損ないました。元聖女アルメリア様」
「はいはい。では私、アルメリア・イシスは、王太子の妻の務めを放棄します」
宣言と共にアルメリアは、常に城に注いでいた力をゆっくり弱めていった。
「は?」
王子が首を傾げた。
部屋の内装の色がわずかにくすんだ、それに気づいたのだろう。さすが育ちがいいだけある。
「なに……? きゃっ」
女は王子に抱きついた。
天井から土埃が落ちてきたからだ。
「な、なんだ。一体……」
城が揺れる。
「ああ、やっぱり、こうなるわね。でもまあ……崩れずにはすむ、かしら。うん、大丈夫そうね」
傾いてはいるけれど、踏みとどまった。
「何をしたんだ、アルメリア!」
「今まで支えていた私の力を解除しただけよ」
「な、なぜそんな……」
「古い城だものね……崩れないようにまず地盤を支えて、壁も強化、色味を上げて見栄えをよくして、住み着く虫や小動物を眠らせて、あとこれが一番大変なのだけれど、ここ、夏は暑くて冬は寒いのよねえ。隙間風をぜんぶ閉じると窒息しちゃうから、温度を均一に保つ結界……」
城の管理は大変である。
なにしろ古い。修復にも多大な費用がかかる。
多くの国では複数人の魔術師を雇っているが、信じがたいことに、この国では「家の管理は妻の務め」とされ、城の管理も王妃の役目、それがあたりまえとされている。
長らくそれを担ってきた王妃は、アルメリアの婚姻と共に引退した。涙を流して侘びていたが、喜びが隠しきれていなかった。
「……まあ、がんばって。大丈夫、お金でもなんとかなるから」
女が悲鳴をあげた。
はたして彼女の実家に、城を物理で支えるだけの資産はあるのだろうか。引退した王妃は豊富な魔力を持っていたが、それでも大変そうだった。
庶民の娘であるアルメリアが王室に入ることを許されたのは、ありあまる聖女としての力を期待されてのことだ。実際、アルメリアにはさほどの苦なく行えた。
だが聖女の仕事は城の管理ではない。
「さて、復帰しますか」
城に縛り付けられて過ごした時間も、思ったほど無駄ではなかった。少しは庶民のための政策が行えたし、国の上層部に顔も繋げた。
しかし神の妻として誓いを立て、得られるのが聖女の力だ。当然それは多くの民のために使われるべきだろう。
それになにより、素直に感謝してくれる相手に使いたいに決まっている。
「ま、待て、アルメリア、貴様に栄誉ある仕事を……」
「待ってください! きゃあっ!」
「うあああああ!」
「あ、お気をつけて。それじゃあ、今までお世話になりました」
アルメリアは自分用の結界を張り、城を急いで後にした。
聖女の力は命を奪わない。よって、眠らされていた虫……よくある黒いのが、一気に目覚め、蠢き始めていたからだ。
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