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なぜ触れられない!
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信じがたいことに俺は目を見開き、手の入り込んだ肩を見る。乱暴に掴んではいけないと思わせる、弱々しくなめらかな肩だ。
しかし、掴むことができない。
何度見ても俺の手はシェリアの肩を突き抜けている。
「う、うわああっ!?」
「……そうね。私も、説得できなかったことは申し訳なく思うわ」
「いや、家族である僕こそがわからせるべきだった。兄さんがあれほど……ガルコス殿下の意図に気づいていないとは、思わなかった」
「ええ。……あの方は純粋すぎたのね」
「何を言っている……?」
驚いて距離を取った俺は、呆然と二人を見た。
情けなくもあげた悲鳴にさえ、二人は反応しない。まるで俺など存在していないかのように互いだけを見つめている。
ふらりとよろめいた。立っているこの床が失われたような気さえする。
「ひっ!?」
俺は倒れ込んでそのまま、シェリアの体の中を突き抜けていた。目の前が真っ赤になり、そしてまた肌の上から顔を出す。
「ひっ、い、いったい、なんなんだっ!」
シェリアは何の反応もしない。ユアンだけを見て話をしている。そしてユアンも、シェリアの体から突き出た俺など見てもいない。
「こ、これは……夢か……」
そうだ、夢に違いない。夢なのだ。ならば早く覚めてくれ。俺はミイと結婚して幸せになるのだ。ガルコス殿下に祝福されて。
「純粋……か。そうかもしれないな。兄さんは自分の都合のいいことしか聞かない耳を持っていた」
「そうね。何度、私と結婚しなければ命が危ういと言っても聞かなかったわ」
「……ごめん」
「いいえ、きっと説得方法を間違えてしまったのね。興奮させるばかりだった」
「家族でもない君に、兄さんの性格がわかるわけがない。僕がしっかり言い聞かせるべきだったんだ。……これ以上王家に逆らうと、命はないって」
「は、はは……」
なんというでたらめな会話だろう。
自分と結婚しないと命がないなどと、そういえばシェリアが言っていた。俺を脅したのだ。その脅しを弟もするべきだったと言っている。
だが夢だ。であれば、夢でよかったと思うべきだろう。俺は少し気を落ち着かせて、俺自身がつくったのだろう夢の世界を観察することにした。
さあ、いったい何を見せるつもりなんだ?
どんなことを聞かせるつもりなんだ?
「まあ、兄さんは、王家に逆らったつもりはなかったんだろうけど」
「そうね。ガルコス殿下に祝福された婚姻だって言っていたわ。間違いではないけれど……」
「そもそも、ガルコス殿下がミイ嬢を妾にするために、兄さんと結婚させることにした。それさえわかってなかったからね……」
「何を馬鹿な……」
俺は顔をしかめた。いくら俺の夢であっても、妄想がすぎるというものだ。
そんなことはありえない。俺とミイは恋愛関係にあったし、殿下はただの友人だったのだ。だいたい、落ちぶれた男爵家の娘であるミイが、妾とはいえ殿下と閨をともにすることはできない。
そう、せめて、伯爵以上の後ろ盾を持たなければ……。
「はっ……確かに、ミイを妾にするために、俺と結婚させるという理屈は通るがな……」
愛妾は既婚者であっても問題ない。むしろ、そちらの方が良いとされていた。万が一子供が出来ても、夫の子とされるからだ。
だが、そんな馬鹿な話はない。それでは俺はまるでただの当て馬、お飾りの夫ではないか。ガルコス殿下が友人である俺をそんな立場に置かせるはずがない。
「兄さんはうちの当主になると思っていたみたいだし」
「あなたが私と結婚して当主になる。だからこそミイさんとの結婚が認められたのよね?」
「そう。王太子の愛妾になるミイ嬢と結婚すれば、兄さんは不自由なく暮らしていけるはずだったんだけどね。うちの両親も喜んでいたのに」
俺は顔をしかめた。
要領のいいこの弟は、両親に過剰に評価されている。そのかわりのように、俺には何もできない、哀れな子だという目を向けるのだ。
夢の中でまでこんな話を聞かされるとは。
「俺だってやればできると証明したじゃないか! 殿下のご友人に選ばれ、信頼を得られたんだ。それにミイだって俺を褒めてくれた。今までの努力が報われなかったのは運が悪かっただけだ!」
しかし、掴むことができない。
何度見ても俺の手はシェリアの肩を突き抜けている。
「う、うわああっ!?」
「……そうね。私も、説得できなかったことは申し訳なく思うわ」
「いや、家族である僕こそがわからせるべきだった。兄さんがあれほど……ガルコス殿下の意図に気づいていないとは、思わなかった」
「ええ。……あの方は純粋すぎたのね」
「何を言っている……?」
驚いて距離を取った俺は、呆然と二人を見た。
情けなくもあげた悲鳴にさえ、二人は反応しない。まるで俺など存在していないかのように互いだけを見つめている。
ふらりとよろめいた。立っているこの床が失われたような気さえする。
「ひっ!?」
俺は倒れ込んでそのまま、シェリアの体の中を突き抜けていた。目の前が真っ赤になり、そしてまた肌の上から顔を出す。
「ひっ、い、いったい、なんなんだっ!」
シェリアは何の反応もしない。ユアンだけを見て話をしている。そしてユアンも、シェリアの体から突き出た俺など見てもいない。
「こ、これは……夢か……」
そうだ、夢に違いない。夢なのだ。ならば早く覚めてくれ。俺はミイと結婚して幸せになるのだ。ガルコス殿下に祝福されて。
「純粋……か。そうかもしれないな。兄さんは自分の都合のいいことしか聞かない耳を持っていた」
「そうね。何度、私と結婚しなければ命が危ういと言っても聞かなかったわ」
「……ごめん」
「いいえ、きっと説得方法を間違えてしまったのね。興奮させるばかりだった」
「家族でもない君に、兄さんの性格がわかるわけがない。僕がしっかり言い聞かせるべきだったんだ。……これ以上王家に逆らうと、命はないって」
「は、はは……」
なんというでたらめな会話だろう。
自分と結婚しないと命がないなどと、そういえばシェリアが言っていた。俺を脅したのだ。その脅しを弟もするべきだったと言っている。
だが夢だ。であれば、夢でよかったと思うべきだろう。俺は少し気を落ち着かせて、俺自身がつくったのだろう夢の世界を観察することにした。
さあ、いったい何を見せるつもりなんだ?
どんなことを聞かせるつもりなんだ?
「まあ、兄さんは、王家に逆らったつもりはなかったんだろうけど」
「そうね。ガルコス殿下に祝福された婚姻だって言っていたわ。間違いではないけれど……」
「そもそも、ガルコス殿下がミイ嬢を妾にするために、兄さんと結婚させることにした。それさえわかってなかったからね……」
「何を馬鹿な……」
俺は顔をしかめた。いくら俺の夢であっても、妄想がすぎるというものだ。
そんなことはありえない。俺とミイは恋愛関係にあったし、殿下はただの友人だったのだ。だいたい、落ちぶれた男爵家の娘であるミイが、妾とはいえ殿下と閨をともにすることはできない。
そう、せめて、伯爵以上の後ろ盾を持たなければ……。
「はっ……確かに、ミイを妾にするために、俺と結婚させるという理屈は通るがな……」
愛妾は既婚者であっても問題ない。むしろ、そちらの方が良いとされていた。万が一子供が出来ても、夫の子とされるからだ。
だが、そんな馬鹿な話はない。それでは俺はまるでただの当て馬、お飾りの夫ではないか。ガルコス殿下が友人である俺をそんな立場に置かせるはずがない。
「兄さんはうちの当主になると思っていたみたいだし」
「あなたが私と結婚して当主になる。だからこそミイさんとの結婚が認められたのよね?」
「そう。王太子の愛妾になるミイ嬢と結婚すれば、兄さんは不自由なく暮らしていけるはずだったんだけどね。うちの両親も喜んでいたのに」
俺は顔をしかめた。
要領のいいこの弟は、両親に過剰に評価されている。そのかわりのように、俺には何もできない、哀れな子だという目を向けるのだ。
夢の中でまでこんな話を聞かされるとは。
「俺だってやればできると証明したじゃないか! 殿下のご友人に選ばれ、信頼を得られたんだ。それにミイだって俺を褒めてくれた。今までの努力が報われなかったのは運が悪かっただけだ!」
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