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驚愕
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「ふぁっ?」
ラチェリナは目を覚ました。
鳥の声、知らない部屋、カーテンの引かれていない窓から朝日が落ちてくる。場違いに暖かく、のんきな日差しだった。
ラチェリナは素肌でその日差しを浴びている。裸なのだ。いや、裸の体にレナルドの体がくっついている。
「う……っ!?」
一瞬にして膨大な記憶に襲われた。すごかった。それは、もう、すごかった。触れるたびに体に走る痺れ、体の奥からやってくる波、レナルドの囁き。奔放に触れ合って何度も。
「あ、あああああ!」
ラチェリナは飛び起きた。
それに引っ張られるようにして、レナルドも目を覚ましたようだ。
「えっ、ラチェ……」
「ご、ご、ごめんなさい!」
シーツを引っ張って体を隠し、ラチェリナはそのまま這いつくばるように平伏した。
「わ、わたくしは、なんてことを! テティシアの大事なお兄様に!」
相手は年下だ。未婚の、可愛い男である。
それを酔いつぶしてこんなことになるなんて、年上で、出戻りの女がすることではない。
「ラ、ラチェリナ、様、顔を上げてください! これは俺の責任で……」
「いいえ! わたくしに責任があります。こ、こんなに良くして頂いたのに、この家の大事な嫡男に……ああ……」
いったいどう償えば良いのだろう。
男性の貞節は女性のものほど重視されてはいない。だが離縁された女と関係があったなど、彼の傷になることは間違いないだろう。
もしレナルドに結婚を考える相手が出来たとして、その彼女が過去の傷を嫌がるかもしれないのだ。
「なんてこと……」
「悪いのは私です。あなたのことが、」
「レナルド様!」
「はっ!?」
「内密に……いたしましょう……」
「……」
「いえ、これは事故です。野良猫に噛まれたと思ってお忘れください。何もなかったのです」
レナルドは苦しげに顔をしかめたあとで「あなたがそれをお望みなら」と言った。
それ以来、ラチェリナのメイリーフ家への足は遠のいた。招かれてもテティシアとだけ話して、できるだけ早く切り上げた。
いったいどのように落ち着かせればいいのか、ラチェリナにはわからなかった。レナルドは友人でいつづけることを望んでいるだろうか?
なかったことにしてしまったので話し合いもできない。
失敗してしまった。
いや、それ以前に、あんなことになってしまったのが失敗だ。若く未来のあるレナルドに汚点をつけてしまった。
そしてもうひとつ、気にかかることがあった。
「よりによって……」
レナルドといたしてしまった日は、妊娠しやすい日だった。王家にいる間、ずっと周囲が教えてくれていたので間違いない。
(まさかと思うけど)
いくらなんでも、そんな。
自分は不妊なのだから、大丈夫なはずだ。いや、不妊は問題なのだけれど、ここでは大丈夫なはずだ。
そう思いながら月日を数えたが、生理が来ない。
ラチェリナは絶望的な気分で待ち続けた。痩せていた間も生理は順調に来ていたが、数日遅れるくらいは普通にあった。王家にいた頃、うんざりするほどきちんと来ていた生理だ。
しかしいつまで経っても来ない。
覚悟を決めてラチェリナは町の聖医師の診察を受け、妊娠が確定してしまった。
(ああ、なんてこと、なんてこと神様、わたくしが悪いのです。あんなことで……レナルド様の未来を奪うわけにはいかない。年上のわたくしがちゃんとしていれば……)
ラチェリナの顔色を察した聖医師は堕胎について助言をくれたが、ラチェリナは首を振った。
(子供は欲しい……レナルド様の子よ、きっと可愛いわ。殺してしまうなんてできない。でも、じゃあ……こっそり産む? …………それも最悪だわ)
ラチェリナがただの離縁された女ならよかった。
元王子妃なのだ。そんな女がこっそり出産するなど、王家の落胤と疑ってくれと言っているようなものだ。
きちんと日数を数えればそんなわけはないとわかるが、人の記憶など曖昧なものだ。離縁したあとにそういうことがあったのでは、と思う者だっている。
今でこそ平和だが、王家の歴史にはいくつも血なまぐさい話がある。王位継承者のほとんどが命を失ったことだってある。
王家の子と疑われてしまえば、殺されてしまう可能性が少なからずあるのだ。
(どなたかと結婚をすれば……)
結婚したあとであれば、その男の子と考えられる。
多少、生まれるのが早い程度はよくあることだ。大目に見てもらえる。むしろ日数の話を持ち出すのであれば、王家の子でないこともわかるだろう。
(でも、誰と?)
レナルドの顔が浮かび、首を振る。
しかしいるだろうか。黙って腹の子の父になってくれ、それを絶対に外に漏らさない男だ。
侯爵家の力で見つけ出せるにしても、お互いにとって良い結果でなければならない。そんな相手を、できるだけ早く、可能なら今すぐにでも見つけ出さなければならない。
ラチェリナは目を覚ました。
鳥の声、知らない部屋、カーテンの引かれていない窓から朝日が落ちてくる。場違いに暖かく、のんきな日差しだった。
ラチェリナは素肌でその日差しを浴びている。裸なのだ。いや、裸の体にレナルドの体がくっついている。
「う……っ!?」
一瞬にして膨大な記憶に襲われた。すごかった。それは、もう、すごかった。触れるたびに体に走る痺れ、体の奥からやってくる波、レナルドの囁き。奔放に触れ合って何度も。
「あ、あああああ!」
ラチェリナは飛び起きた。
それに引っ張られるようにして、レナルドも目を覚ましたようだ。
「えっ、ラチェ……」
「ご、ご、ごめんなさい!」
シーツを引っ張って体を隠し、ラチェリナはそのまま這いつくばるように平伏した。
「わ、わたくしは、なんてことを! テティシアの大事なお兄様に!」
相手は年下だ。未婚の、可愛い男である。
それを酔いつぶしてこんなことになるなんて、年上で、出戻りの女がすることではない。
「ラ、ラチェリナ、様、顔を上げてください! これは俺の責任で……」
「いいえ! わたくしに責任があります。こ、こんなに良くして頂いたのに、この家の大事な嫡男に……ああ……」
いったいどう償えば良いのだろう。
男性の貞節は女性のものほど重視されてはいない。だが離縁された女と関係があったなど、彼の傷になることは間違いないだろう。
もしレナルドに結婚を考える相手が出来たとして、その彼女が過去の傷を嫌がるかもしれないのだ。
「なんてこと……」
「悪いのは私です。あなたのことが、」
「レナルド様!」
「はっ!?」
「内密に……いたしましょう……」
「……」
「いえ、これは事故です。野良猫に噛まれたと思ってお忘れください。何もなかったのです」
レナルドは苦しげに顔をしかめたあとで「あなたがそれをお望みなら」と言った。
それ以来、ラチェリナのメイリーフ家への足は遠のいた。招かれてもテティシアとだけ話して、できるだけ早く切り上げた。
いったいどのように落ち着かせればいいのか、ラチェリナにはわからなかった。レナルドは友人でいつづけることを望んでいるだろうか?
なかったことにしてしまったので話し合いもできない。
失敗してしまった。
いや、それ以前に、あんなことになってしまったのが失敗だ。若く未来のあるレナルドに汚点をつけてしまった。
そしてもうひとつ、気にかかることがあった。
「よりによって……」
レナルドといたしてしまった日は、妊娠しやすい日だった。王家にいる間、ずっと周囲が教えてくれていたので間違いない。
(まさかと思うけど)
いくらなんでも、そんな。
自分は不妊なのだから、大丈夫なはずだ。いや、不妊は問題なのだけれど、ここでは大丈夫なはずだ。
そう思いながら月日を数えたが、生理が来ない。
ラチェリナは絶望的な気分で待ち続けた。痩せていた間も生理は順調に来ていたが、数日遅れるくらいは普通にあった。王家にいた頃、うんざりするほどきちんと来ていた生理だ。
しかしいつまで経っても来ない。
覚悟を決めてラチェリナは町の聖医師の診察を受け、妊娠が確定してしまった。
(ああ、なんてこと、なんてこと神様、わたくしが悪いのです。あんなことで……レナルド様の未来を奪うわけにはいかない。年上のわたくしがちゃんとしていれば……)
ラチェリナの顔色を察した聖医師は堕胎について助言をくれたが、ラチェリナは首を振った。
(子供は欲しい……レナルド様の子よ、きっと可愛いわ。殺してしまうなんてできない。でも、じゃあ……こっそり産む? …………それも最悪だわ)
ラチェリナがただの離縁された女ならよかった。
元王子妃なのだ。そんな女がこっそり出産するなど、王家の落胤と疑ってくれと言っているようなものだ。
きちんと日数を数えればそんなわけはないとわかるが、人の記憶など曖昧なものだ。離縁したあとにそういうことがあったのでは、と思う者だっている。
今でこそ平和だが、王家の歴史にはいくつも血なまぐさい話がある。王位継承者のほとんどが命を失ったことだってある。
王家の子と疑われてしまえば、殺されてしまう可能性が少なからずあるのだ。
(どなたかと結婚をすれば……)
結婚したあとであれば、その男の子と考えられる。
多少、生まれるのが早い程度はよくあることだ。大目に見てもらえる。むしろ日数の話を持ち出すのであれば、王家の子でないこともわかるだろう。
(でも、誰と?)
レナルドの顔が浮かび、首を振る。
しかしいるだろうか。黙って腹の子の父になってくれ、それを絶対に外に漏らさない男だ。
侯爵家の力で見つけ出せるにしても、お互いにとって良い結果でなければならない。そんな相手を、できるだけ早く、可能なら今すぐにでも見つけ出さなければならない。
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