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14.

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2人が会場に足を踏み入れると同時に、先程まであちらこちらから聞こえていた賑やかな声がピタリと止んだ。


レティシアは、その瞳を少しばかり伏せながら、まるで水面の上を進むかのように淑やかに、そして軽やかにその足を進めた。

先程までの動揺は何処へやら、今のレティシアは立派なら淑女そのものである。


その会場に居た人々の視線が2人に釘付けになる。


一切浮ついた話が出ないことで有名なニコラウスが、見たことも無いような顔の女性をエスコートしているとなれば、両者ともに注目を向けるほかないだろう。


お母様の言うことを聞いて、念の為に所作やマナーを学んでおいてやっぱり正解だったわ…お母様ありがとう!!大好きです!!!!

レティシアは母の教えで、基本的な公の場でのマナーは一通り学んでいたのだ。

皆さん固まっていらっしゃるけどもしかして私何かおかしかった……かしら?


先程から、あちらこちらで動揺の声がぽつり、ぽつりと漏れ始めている。


「に、ニコラウス様が女性を………!?!?」

「あのような方見たことが無いけれど。」

「あちらの女性は誰だ!?名前は!?!?」


少しづつその声は大きくなっていった。



「もしかして私、変…、かしら?」

レティシアが不安げにニコラウスへ問いかけると、

「そんな訳ない。素晴らしい立ち居振る舞いだったよ。」

そう言ってニコラウスはレティシアにいつもと同様の笑みを向けた。


すると、会場からは大きな黄色い声が発せられた。

それを皮切りに、2人の元に人々が流れ込むように押しかけてきた。


「ニコラウス様!こちらの女は一体誰ですの!?」

「こんな方よりもあちらで私とお話致しませんか?私、以前からニコラウス様とお話がしたくて…」


今までニコラウスは、こういった場には、最低限しか出席せず、出たとしても一切女性を寄せ付けませんと言わんばかりのオーラを放ち、挨拶を済ませるのみに留まっている。

そして、そのあとはパーティーが終了するまで窓際にもたれつつ、同じ騎士仲間と話に耽る、と言うのがお決まりのパターンなのだ。


もしそこで女性が話しかけにいってもキッパリ断られる、それ以上でも、以下でもない。

そんな男があろうことか女性を連れているとあれば、ようやくニコラウスも女に興味を示したのかと思い、あわよくば自分も、と思うご令嬢方も少なくは無い、と言う話だ。


「ニコラウス様ぁ~、あちらに美味しいお料理があってぇ……」

「ず、ずるいですわ!最初に声をかけたのは私よ!!!」


やっぱりニコラウスってめちゃくちゃモテるじゃないの!こんなに沢山の人に囲まれたのんなんて何時ぶりよ、って………あっ!ちょっと待って、倒れる!!!

チリチリとした胸の痛みに密かに耐え忍んでいると、先程こちらに物凄い勢いで押し寄せて来たご令嬢方に押しに押された。

その圧に、少しよろけたと思った刹那、誰かにドレスの裾を思い切り踏んづけられたようで、レティシアは思い切り床に倒れ込んでしまった。

痛った……思い切り倒れ込んで尻もちついちゃったのね………ほんと恥ずかしい……。


ニコラウスはれレティシアの様子に気付いたようで、周囲にいた女にキッと眼光を鋭くし睨みつけると、その間を割って入り、レティシア左手を取り腰を支えるようにして起き上がらせた。

「ごめんなさい、ありがとう。」

「いいや、こちらこそ無理言って連れてきたようなものだ。本当にすまない。」

その様子を目の当たりにした人々はレティシアをじろりと嫌な目線で睨みつけた。


ニコラウスはレティシアに頭を下げると、くるりと背を向けた。





「すまないが、今日は気分が冴えない。」

そう言って目を尖らせると、その圧に押されたのか周りを取り囲んでいた人々は、一歩後ずさりした。




「その辺りに致しませんか?」


会場中の視線がその人物に注がれた。

「お待たせしてすみませんでした。本日このパーティーを開催させていただきました、エルフィストン家が長男カインツ・エルフィストンです。当主は後ほど来られますが、それまでは私が務めを果たさせていただきますので、どうぞ本日は心行くまでお楽しみ下さい。」

カインツからそう声が上がると会場はわぁっと盛り上がり、彼のもとへあいさつに伺おうと、大多数はニコラウス達から離れて行った。



やっと多くの人から解放され、二人は壁際に向かい歩き始めた。

「やっぱりニコラウスは大人気なのね。私、びっくりしちゃいましたよ。」

そう言ってレティシアは顔を傾け、小さく笑った。


「今日は本当にすまなかった……」

ニコラウスは苦々しい顔でそう言った。

「もう!さっきからそんなに謝らないでください!ここに来ると決めたのは私なんですから。」

「でも……」

このような押し問答をどのくらいつづけたのだろうか。しばらく壁際で攻防を続けていると、二人の横に一人の男が近寄ってきた。

「やぁ、ニコラウス様?」

「様はやめろ、カインツ。」


そう、カインツ・エルフィストンはニコラウスの幼馴染であり、数少ない友人なのだ。

そんなこともいざ知らず、レティシアは突然のことに戸惑いながらもスカートを持ち上げ、ぺこりと一礼をした。


「この子が噂のティアちゃん……「うるさい。」」

レティシアはこてんと首をかしげながら、ニコラウスに目線を送った。

「……大丈夫だコイツは、カインツは昔からの友人で……。」

なるほど、だからニコラウスは今日のパーティーに私のことを誘ったのね。

納得、納得と一人でうなずいていると何がおかしかったのか、カインツはくつくつと笑い始めた。

「ニコラウスの言っていた通り、本当にころころと表情が変わるんだね。レティシアは本当に面白いね。」


「あ、ありがとうございます……?」

褒められているのかは良くわからないが、取り敢えずお礼を言っておいた。


「もういいだろう?今日は疲れたからもう帰ってもいいか?」

「え、さすがにもう少し居なよ。もうすぐ父上も来るだろうし。」

「本音は?」

「一人じゃ息が詰まるから話し合い手になってくれ。頼む。」

そんなことを話しながら二人は、またもくつくつと音を立てて笑った。


ニコラウスも友人とはこんな風に砕けて話すのかと、私も彼と同等に話せるようになったらいいのにと、切に願うのであった。




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