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初めての感情

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警察官を数人引き連れて八尋家に到着し、玄関チャイムを鳴らすと少しの間を置いてゆっくりと引き戸が開いた。
警視正の私が来るのを予想していなかったらしい崇史さんは一瞬驚きの表情を向けたが、全ての状況を理解している私がいたほうが話がスムーズだと理解してくれたようで、私と警察官たちが中に入るのを許可してくれた。

その声にホッとして中に入ろうとした瞬間、壁に寄りかかる華奢な男性が私の目に入った。

「――っ!!」

なんだろう……目が離せない。
こんなこと初めてだ。

「あっ、崇史さん。あの方は?」

気になってどうしようもなくて尋ねると、崇史さんはスッと彼に視線を向けるとすぐに私に向き直り、

「彼は祖父の秘書をなさっていた方で、久代要さんです。彼も睡眠薬を飲まされていたようなので、病院を受診するように話をしました」

淡々とした口調で教えてくれた。

――逮捕された父親が、今回の計画を遂行するために家に残っていた邪魔な親族を睡眠薬で眠らせているんだ。睡眠薬自体に中毒性はなさそうだから直ちに病院への搬送は必要なかったが……

昨夜の成瀬の言葉が甦る。

親族だけだと思っていたが、彼もその被害に遭っていたとは……。
壁に寄りかかっている表情も苦しそうに見える。

すぐにでも駆け寄りたい気持ちが込み上げてきたが、突然警察官が近寄ってきたら怖がらせてしまうかもしれない。

「そうですか、それは心配ですね。では彼も含めてこの後のことは私にお任せください」

努めて冷静を装いながら崇史さんに申し出ると、崇史さんは一瞬驚きの表情を見せたが了承してくれた。
そして、壁に寄りかかる彼に

「久代さん。後のことはこの真壁警視正にお任せしていますので、安心してください」

と声をかけると、特に彼を気遣う様子もなくそのまま家を出て行った。

崇史さんが告げた『後のこと』というのは、昨夜の事件の処理についてだろうが、彼……久代さんのことも含めて任されたと解釈してもおかしくはないだろう。

一緒に来ていた警察官たちに親族たちの保護を任せ、私は一人で久代さんの元に近づいた。
私の姿にピクリと身体を震わせる。怖がらせているのかもしれない。
それも当然か。こんなにも朝早くに警察がやってきたのだからな。

「警視庁の真壁です。体調が優れないご様子ですね。まずは病院に行きましょうか」

警察手帳をしっかりと見せながらできるだけ優しい声をかけると、少し彼の表情が和らいだ気がした。

「あ、でも私は……」

「何かご心配なことがありますか?」

「秘書としてやらなければいけないことがまだ残っていますの――わっ!」

「――っ、危ないっ!!」

ふらつく身体を必死に起こそうとして倒れかけた彼の身体をさっと抱きかかえた。
腕の中の彼は今にも壊れてしまいそうなほど細い身体をしている。
こんな彼が睡眠薬を盛られたんだ。
いくら中毒性がないと言っても健康体の人間よりはダメージも大きいだろう。

「今は無理はなさらないほうがいいですよ」

「は、はい。すみません」

「とにかく病院を受診しましょう。これからやらなければならないことがあるなら尚更、しっかりと診てもらったほうが安心ですよ」

「で、でも……」

「さぁ、準備をしましょう」

こういうタイプは自分の体調など後回しで無理をしてしまう。
だからこそここは無理やりと言われても連れていかないといけない。

「貴重品だけ持って行きましょう。部屋はどちらですか?」

「あっ、こ、こちらです」

私が身体を支えているからか、もう諦めたようで私を廊下からほど近い部屋に案内してくれた。
襖を開くと漂ってくる線香の匂いにここが仏間なのだと分かった。

社長が亡くなったばかりだったな。

事件のことで頭がいっぱいになっていたが、社長秘書なら社長とも多くの時間を過ごしたはず。
まだ悲しみに沈んでいただろうに、あんな事件に巻き込まれて大変だったな。

部屋の隅に荷物がまとめて置かれているのを見つけた。

「これはあなたのものですか?」

「は。はい。そうです。私の荷物はそれだけです」

「では私が持ちましょう。その前にお参りをさせてください」

「えっ、あ、はい。どうぞ」

本当は線香をあげさせてもらいたいところだが、これから無人になる家で火事の危険は避けたい。
申し訳ないと思いつつ、手だけ合わせた。

「それでは行きましょうか」

まだふらつく彼を支えながら、部屋から出るとちょうど部下たちが親族を外に連れ出しているのが見えた。
あの女子高生の両親と思しき二人は大声で騒いでいたから大丈夫そうだが、部下たちに念の為に彼らも病院受診をさせてから警察に連れて行くことと指示を出し、先に行かせた。

親族たちを乗せたパトカーが走り去って行くのを見送った後で、私たちも家を出た。
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