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心強い存在
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「それで少し気になることがあるが……」
賢将さんの真剣な表情に、すぐに話の内容を理解した。
「直くんが診察を怖がっていたことですね」
「ああ。日本にいた時も、アフリカでもそんなケースを見たことがあるが、十中八九何かトラウマを持っているに違いない。そのことについて、何か知っていることがあれば教えて欲しい」
絢斗が直くんのことについて話ができた時間はそこまで長くはない。だから、実母に虐待を受けていたことまでは話はできなかったことだろう。今回のトラウマについてその実母が関わっているのか、それとも全く違うところなのかはまだわからないとしか言いようがないが、実母の件については情報を共有しておくべきだろう。
「今回のトラウマとはまた別の話ですが……」
と前置きをして、直くんに関わる全ての話をできるだけ感情を入れずに話をした。
「――ここにきて、体調を崩したことがなかったので、診察にトラウマがあるというのは初めて知りました」
「そうか……それなら、今日私を呼んでくれて正解だったな。目を覚まして病院だったらとんでもないことになっていたかもしれない」
賢将さんの言葉にどきっとさせられる。確かにそうだ。ちょうどいいタイミングで賢将さんが戻ってきてくれてよかった。
「だが、ここで生活を始めて数ヶ月。その間、あの子の身体が体調を崩さずにいられたのは、卓くんの栄養バランスの良い食事と、家族の愛情のおかげだろう。今日の熱はここしばらくの生活とかけ離れた時間を過ごしたからで、誰にでも起こりうることだから心配しないでいい」
「お父さんが戻ってきてくれてよかった。これから直くんが体調を崩してもいつでも診てもらえるね」
「ああ。任せておきなさい。もしどうしても病院にかからなければいけない時は、私が勤めることになっている友人の病院に連れて行こう」
「お父さんの友人で病院を経営しているのは何人か知ってるけど、どの人?」
「ああ。清吾のところだよ。今、私が住んでいるところも清吾の息子が所有しているマンションを借りているだ。病院からは目と鼻の先でかなり便利な場所だよ」
「清吾さんって、倉橋くんのお父さんだね」
「ああ、そうだ。清吾の病院なら安心して直くんを連れて行けるからな」
「うん。そうだね」
倉橋くんは、桜城大学の卒業生で絢斗の親友である皐月くんと私の友人、いやここは親友というべきか、志良堂の教え子でもある。私たちにとっても縁のある人物だ。なんせ、倉橋くんの会社の顧問弁護士は志良堂の息子で私の後輩である安慶名伊織なのだから。
賢将さんが倉橋くんの父上の病院に勤務するのなら、直くんが桜守に入学した後も主治医として登録できる。直くんにとっては心強いに違いない。
「それで直くんのトラウマだが、本来ならそのトラウマとなった理由を知っておいた方が良いんだ。何か方法はないか?」
「それなら私に任せてください。私の全ての人脈を使って、調査してみせます。そして、そこに犯罪が隠れていたとしたら確実に私の手で暴いてみせますよ」
「それは頼もしいな。絢斗はもうしばらくはオンラインでの授業を続けられるんだろう?」
「うん。月に二度くらいは行かなければいけない日も出てくるかもしれないけど、それはなんとかするよ」
「その時は私に言いなさい。私が直くんのそばにいよう。私の家に連れて行っても構わないよ」
「ありがとう。お父さんが直くんをみててくれたら安心だよ。ねぇ、卓さん」
「ああ、そうだな。あれだけ直くんも賢将さんに心を許していたし、直くんを守ってくれる存在が増えたのは嬉しいことだ」
「私はいつでも手を貸すから遠慮なく声をかけてくれ。きっと寛さんも同じことを言うはずだ。だから、卓くん……悪いことは言わない。寛さんにも早く直くんのことを伝えたほうがいい。そうしたら帰国の日を早めてでもすぐに帰ってくるはずだよ。まぁ、少しの文句は覚悟しておいたほうがいいだろうがな」
ニヤリと笑みを向けられて背筋が少しヒヤッとする。確かに冗談抜きで文句は言われるだろうな……。それでも可愛い直くんに会わせれば機嫌もすぐに治るはずだ。
「今夜連絡してみます」
「ああ。そのほうがいい。とりあえず、今日は帰るとしよう。何か急変があれば連絡してくれ。すぐに飛んでくるよ。直くんには私の連絡先とメッセージアプリのIDを教えておいてくれ。ああ、それよりもメモを残しておくほうがいいか。悪い、紙とペンを貸してくれないか?」
絢斗がすぐに立ちあがろうとしたのを制して、私はサッと賢将さんの前に紙とペンを置いた。絢斗はこういう時にすぐにどこの場所だったかを思い出すのが難しいからな。できるほうがやればいい、私は絢斗との生活でそれを身体に叩き込んでいるからこれを苦だと思ったこともないし、むしろ絢斗の手間にならなければいいとさえ感じている。これが一生を共にする夫夫の姿だと私は思っている。
「ありがとう。直くんは好きな動物やキャラクターはあるか?」
「昇くんから貰ったクマのぬいぐるみを大切にしてるよ。それにこの前が初めてのウサギに喜んでた」
「そうか、直くんもウサギが好きなのか。そういうところも絢斗とよく似ているな」
賢将さんは嬉しそうに笑うとさらさらっと紙にウサギとクマの可愛い絵を描き、その下に賢将さんの連絡先とメッセージアプリのIDを書いた。
「これを直くんに渡しておいてくれ」
「うん。直くん、喜ぶと思う」
おじいちゃんからのメモを直くんが喜ばないわけがないからな。
駐車場に向かう賢将さんを今度は二人で見送りに行った。
賢将さんの真剣な表情に、すぐに話の内容を理解した。
「直くんが診察を怖がっていたことですね」
「ああ。日本にいた時も、アフリカでもそんなケースを見たことがあるが、十中八九何かトラウマを持っているに違いない。そのことについて、何か知っていることがあれば教えて欲しい」
絢斗が直くんのことについて話ができた時間はそこまで長くはない。だから、実母に虐待を受けていたことまでは話はできなかったことだろう。今回のトラウマについてその実母が関わっているのか、それとも全く違うところなのかはまだわからないとしか言いようがないが、実母の件については情報を共有しておくべきだろう。
「今回のトラウマとはまた別の話ですが……」
と前置きをして、直くんに関わる全ての話をできるだけ感情を入れずに話をした。
「――ここにきて、体調を崩したことがなかったので、診察にトラウマがあるというのは初めて知りました」
「そうか……それなら、今日私を呼んでくれて正解だったな。目を覚まして病院だったらとんでもないことになっていたかもしれない」
賢将さんの言葉にどきっとさせられる。確かにそうだ。ちょうどいいタイミングで賢将さんが戻ってきてくれてよかった。
「だが、ここで生活を始めて数ヶ月。その間、あの子の身体が体調を崩さずにいられたのは、卓くんの栄養バランスの良い食事と、家族の愛情のおかげだろう。今日の熱はここしばらくの生活とかけ離れた時間を過ごしたからで、誰にでも起こりうることだから心配しないでいい」
「お父さんが戻ってきてくれてよかった。これから直くんが体調を崩してもいつでも診てもらえるね」
「ああ。任せておきなさい。もしどうしても病院にかからなければいけない時は、私が勤めることになっている友人の病院に連れて行こう」
「お父さんの友人で病院を経営しているのは何人か知ってるけど、どの人?」
「ああ。清吾のところだよ。今、私が住んでいるところも清吾の息子が所有しているマンションを借りているだ。病院からは目と鼻の先でかなり便利な場所だよ」
「清吾さんって、倉橋くんのお父さんだね」
「ああ、そうだ。清吾の病院なら安心して直くんを連れて行けるからな」
「うん。そうだね」
倉橋くんは、桜城大学の卒業生で絢斗の親友である皐月くんと私の友人、いやここは親友というべきか、志良堂の教え子でもある。私たちにとっても縁のある人物だ。なんせ、倉橋くんの会社の顧問弁護士は志良堂の息子で私の後輩である安慶名伊織なのだから。
賢将さんが倉橋くんの父上の病院に勤務するのなら、直くんが桜守に入学した後も主治医として登録できる。直くんにとっては心強いに違いない。
「それで直くんのトラウマだが、本来ならそのトラウマとなった理由を知っておいた方が良いんだ。何か方法はないか?」
「それなら私に任せてください。私の全ての人脈を使って、調査してみせます。そして、そこに犯罪が隠れていたとしたら確実に私の手で暴いてみせますよ」
「それは頼もしいな。絢斗はもうしばらくはオンラインでの授業を続けられるんだろう?」
「うん。月に二度くらいは行かなければいけない日も出てくるかもしれないけど、それはなんとかするよ」
「その時は私に言いなさい。私が直くんのそばにいよう。私の家に連れて行っても構わないよ」
「ありがとう。お父さんが直くんをみててくれたら安心だよ。ねぇ、卓さん」
「ああ、そうだな。あれだけ直くんも賢将さんに心を許していたし、直くんを守ってくれる存在が増えたのは嬉しいことだ」
「私はいつでも手を貸すから遠慮なく声をかけてくれ。きっと寛さんも同じことを言うはずだ。だから、卓くん……悪いことは言わない。寛さんにも早く直くんのことを伝えたほうがいい。そうしたら帰国の日を早めてでもすぐに帰ってくるはずだよ。まぁ、少しの文句は覚悟しておいたほうがいいだろうがな」
ニヤリと笑みを向けられて背筋が少しヒヤッとする。確かに冗談抜きで文句は言われるだろうな……。それでも可愛い直くんに会わせれば機嫌もすぐに治るはずだ。
「今夜連絡してみます」
「ああ。そのほうがいい。とりあえず、今日は帰るとしよう。何か急変があれば連絡してくれ。すぐに飛んでくるよ。直くんには私の連絡先とメッセージアプリのIDを教えておいてくれ。ああ、それよりもメモを残しておくほうがいいか。悪い、紙とペンを貸してくれないか?」
絢斗がすぐに立ちあがろうとしたのを制して、私はサッと賢将さんの前に紙とペンを置いた。絢斗はこういう時にすぐにどこの場所だったかを思い出すのが難しいからな。できるほうがやればいい、私は絢斗との生活でそれを身体に叩き込んでいるからこれを苦だと思ったこともないし、むしろ絢斗の手間にならなければいいとさえ感じている。これが一生を共にする夫夫の姿だと私は思っている。
「ありがとう。直くんは好きな動物やキャラクターはあるか?」
「昇くんから貰ったクマのぬいぐるみを大切にしてるよ。それにこの前が初めてのウサギに喜んでた」
「そうか、直くんもウサギが好きなのか。そういうところも絢斗とよく似ているな」
賢将さんは嬉しそうに笑うとさらさらっと紙にウサギとクマの可愛い絵を描き、その下に賢将さんの連絡先とメッセージアプリのIDを書いた。
「これを直くんに渡しておいてくれ」
「うん。直くん、喜ぶと思う」
おじいちゃんからのメモを直くんが喜ばないわけがないからな。
駐車場に向かう賢将さんを今度は二人で見送りに行った。
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