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晴と理玖を愛でる会

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俺たちの視線に気付いたのか、理玖が居心地悪そうにしながらも

「こんばんは。お邪魔します」

と挨拶をして中に入ってきた。

晴はすぐに理玖を自分の隣に座らせ、

「ねぇ、何飲む?」

と聞いている。
あそこだけみると、大学生の飲み会のようだ。
周りにいるビシッとスーツを着た大人とのギャップがかなり大きくて笑ってしまいそうになる。

「ああ、俺こっち来る時注文してきたから大丈夫。後でア、いや、オーナーが持ってきてくれるって」

「ふふっ。そうなんだ。理玖、よかったね」

「なんだよ、変な笑い方するなよ」

「ふふっ。だってぇー」

2人の戯れは本当に癒される。
そう思っているのは俺だけではない。
現に2人のやりとりをみんな楽しそうにみているのだから。

いち早く我に返ったらしい桜木部長が理玖に声をかける。

「戸川くん、仕事終わりに誘って悪かったね。でも来てくれて嬉しいよ。香月くんもこんなおじさんばっかりの中に1人だと居心地悪いだろうからね、君が来てくれて喜んでるんじゃないかな」

「そんなおじさんだなんて……。みなさん、すごく素敵な方達ばかりだから緊張しますけど、こういう機会は滅多にないので嬉しいです。なぁ、香月、初対面の人もいらっしゃるみたいだから紹介してくれないか?」

「ああ、そうだ! ごめんね」

晴は理玖に謝りながら、順番に長谷川さんとテオドールさん、そして折原さんを紹介した。

「ええーっ! あそこのチョコレートショップのオーナーさんなんですかっ! すごいっ!」

「君みたいな可愛い子に知ってもらえてるなんて嬉しいな、なぁソウスケ」

「テオが先に答えるなよ。戸川くん、ここから近いんだしいつでも遊びに来てよ」

テオドールさんも折原さんも、理玖が晴の大事な親友だと知ってすっかり理玖には気を許してるみたいだ。
桜木部長も前回のリュウールの撮影の件で、理玖のことを相当買ってるしな。

ただあんまり理玖に近づくと、アルが怖いからな。
俺もかなり狭量な方だが、アルの理玖に対する執着はもっとだろう。
部長たちがあまり理玖に近づきすぎないように気を配らないとな。

理玖は聡いけど、自分のことに関しては晴同様鈍くなるからな。
そこがあの2人が親友たる所以なのかもしれないが……。

「実はこの前、お店に行ったんですよ。でも、お店閉まっちゃってて入れなくって、今度リベンジしようって思ってたんです」

「そうだったのか……それは悪いことしたね。連絡くれたら次は必ず開けておくから」

「えっ、いいんですか?」

「もちろん! 香月くんの友達なら大歓迎だよ」

理玖も意外と甘党なんだな。

「ありがとうございます!」

と何度もお礼を言って目を輝かせて喜んでいる姿を見ると、可愛く思えて口元が緩んでしまう。

「フェリーチェさんって、香月の大好きなあのパンのとこだよな?」

「うん。そうそう! よく覚えてるね」

「覚えもするよ。お前、高校の時、毎日のように購買にあったフェリーチェのパン買ってたじゃん。出遅れて買えなかった時は今にも泣きそうな顔してさ、ははっ。あの時の香月、めっちゃ可愛かったよな」

「そんな昔の恥ずかしい話、こんなところでしないでよ!!」

晴が本当にフェリーチェのパンを愛しているという事実が明るみになって、長谷川さんの顔が分かりやすく綻んだ。


「香月くん、学生時代から食べてるって言ってくれてたけど、そこまでとは……嬉しいよ。香月くんの泣き顔、私も見たかったなぁ。ははっ」

「もうっ! 長谷川さんまで揶揄わないでくださいよ。大体、フェリーチェさんのパンが美味しすぎるからいけないんですよ」

むぅっと頬を膨らませながらそんな文句を言ったって可愛いだけなんだが……。
現に晴の可愛さに部屋にいたものみんなが見惚れてしまっているじゃないか。

「あ、ああ。ごめん、ごめん。うちのファンだって話聞くのは私も嬉しくてね」

慌てたように長谷川さんが立ち上がって声をかけると、
晴は

「ふふっ。大好きですよ、フェリーチェのパン」

と長谷川さんに向かって満面の笑みを浮かべた。

あーあ、これで完全に落ちたな。

せっかく必死に理性を保っていただろうに……晴の笑顔に合わせて『大好き』なんて言われたら、そりゃあもうどうすることもできないさ。

長谷川さんはもう何も話すこともできないまま、よろよろと自分の席に座り込んだ。

「長谷川さん?」

心配そうに晴が声をかけるが、長谷川さんはまだ項垂れたままだ。
きっと目を合わせると危ないとわかっているのだろう。

「香月くん、心配しなくていい。酔いが回ったみたいだ。このまま座らせておけば、大丈夫だよ」

察した桜木部長がそういうと、晴はまだ心配そうな表情はしていたが納得したようだった。

そんなタイミングを狙ったのかは分からないが、この空気を打破するように部屋の扉がノックされた。
どうやらアルが来てくれたようだ。

急いで扉を開けると、アルがいくつかの飲み物と料理を持って立っていた。

「やあ、ユキ。開けてくれてありがとう」

「いやぁ。ちょうどいいところに来てくれたよ、アル」

小声でそう話しかけると、一瞬??? という表情を浮かべたアルだったが、チラリと部屋の中に目を向けるとすぐに状況を把握したようで、ニヤリと笑みを浮かべた。

そして、素知らぬふりして少し大きな声で

「今日は来てくれてありがとうございます! うちのオススメ料理と美味しいビールお持ちしました!
これはサービスなのでどうぞ召し上がってください」

と言いながら、テーブルにそれらを並べた。

まずそれに食いついたのはテオドールさんだ。

<Oh! Wunderbar素晴らしい! まさか、日本でこのビールに出会えるなんて!!>

<そうでしょう? 日本広しといえどもこのビールはうちだけでしか飲めない一品なんですよ>

<そうだろうな。さすが、君の店だな>

ドイツ語で盛り上がる2人を見ながら、桜木部長も折原さんも驚いている。
おっ、長谷川さんも気になって顔を上げているな。
晴にやられて腰砕けになってしまっていたがもうすっかり落ち着いたようだ。良かった。

それにしてもこのビール、そんなにすごいビールなのか?
確かに他所で見たことない銘柄だが……そういえばアルの店以外では見たことがない、かもしれないな。


「ねぇ、アル。それってそんなすごいビールなの?」

俺たちがアルの持ってきたビールであまりにも大騒ぎしていたから気になったんだろう。
理玖が珍しく俺たちの前で『アル』と名前で呼びかけた。

その瞬間、テオドールさんの顔がピクリと動いたのを俺は見逃さなかった。

「ああ。リク。ここで働いているのに知らなかったのかい? このビールはね、生産量が特に少なくてね。ドイツにいてもなかなか飲めない希少性の高いビールなんだよ」


「へぇー、知らなかった」

理玖も隣にいる晴も目をキラキラと輝かせながらアルの持っているビールに見入っているが、理玖はともかく晴に酒を飲ませるわけにはいかない。

それはアルもよくわかっていることだろう。

「リクは味見してみてもいいが、ハルはダメだぞ」

そう念を押すことを忘れなかった。

「はぁーい」

ものすごく残念そうに見つめているが、ついこの前失態を犯してしまったばかりということもあり、晴はおとなしく自分のアプフェルショーレを美味しそうに飲んでいた。

「リク、飲んでみるか?」

「いいの?」

理玖がテオドールさんに

<少しいただいても?>

とドイツ語で断りを入れると、テオドールさんは満面の笑みで了承した。

アルがグラスに注いだビールをぐびっと口に含むと、

「ああっ! 何これ、すごく美味しい!」

と目を輝かせて喜んでいた。

「びっくりしただろう?」

「うん。なんだろう、ビールなのになんかワインみたいな、でも口当たりはすっごく柔らかくて飲みやすいのにビールみたいな苦味は残ってて……なんだか不思議な感じ」

<おお、君よくわかってるね。そこまで感じ取れたらバッチリだよ>

<あ、ありがとうございます。そんなに褒められると照れちゃいますね>

ビールのせいか、それともテオドールさんに褒められたからなのか、にこやかに笑う理玖の頬がほんのりと赤くなって何となく色っぽい雰囲気を醸し出している。

<君、このまま一緒に飲もうか>

<えっ? でも俺……>

<悪いが、この子は私のものなのでお誘いはお断りします>

テオドールさんの誘いをアルがピシャリと撥ねつけた。

理玖はもちろん俺と晴と折原さんは全てのやりとりを聞いていたから、アルが今、どれほど怒っているのか感じ取っていたが、ドイツ語が達者でない桜木部長と長谷川さんにもアルがピリついたニュアンスは感じ取ったようだ。

「おい、大丈夫なのか?」

小声で問いかけてくる桜木部長を手で制して、アルに声をかけようとすると先に理玖が

<すみません。そういうことなので俺は一緒には飲めません>

とはっきりと断りを入れた。

その瞬間、アルは信じられないと言った表情で理玖を見やり、テオドールさんは笑顔を見せた。
その対照的な表情に俺はどちらになんと声をかけようかとしばし悩んだ。

「あ、あの……」

悩んだ末にテオドールさんに声をかけようとすると、突然テオドールさんが

「はははっ」

と大声で笑い出した。

あまりにも突然の行動にピリついた雰囲気が一瞬にして霧散していくのを感じた。

<彼が君のものだってわかってたよ。だからちょっと揶揄っただけさ>

ニヤリと笑みを浮かべ、アルと理玖に向けてそう言い放った。

<な、なんで……>

理玖は驚いているようだったが、アルは揶揄われていたことに気づいていたのだろう。

<揶揄ってるとはわかってはいたが、リクに関しては聞き流すことなどできないんだ。雰囲気を悪くして申し訳ないが、揶揄うならリク以外のことにしてくれないか?>

もはやテオドールさんに敬語すらも使わないアルに驚きながらも、理玖のことに冗談が通じないのはそれだけ深く思っているからなのだろうと思えた。
俺だって、自分の目の前で晴を誘われたら例え揶揄っているのだとしても聞き流すことなどできない。
私がそばにいながら手助けもしないなんて、そんなことをすれば晴だって傷つくだろう。

アルの対応は恋人を不安がらせないためには、そして自分の思いをきちんとわからせるためには必要なことだったろう。

<ああ、今回のことは私が悪かった。許してくれ。もう二度と君の恋人のことで揶揄ったりしないよ>

<わかってくれたらそれでいいんですよ>

アルの表情がにこやかになり、そのまま理玖に笑顔を向けると理玖はホッとしたように笑っていた。

晴も一連のやり取りを心配そうに見つめていたが、アルの笑顔を見て安心したようだ。

<テオ! 揶揄うのはいい加減にしろよ!>

折原さんだけは怒って、テオドールさんに文句を言っていたがなんとか和やかな雰囲気に戻ってくれて助かった。

アルはそれでも一応テオドールさんを警戒したのか、理玖を自分の隣から移動させることはしなかったが、理玖が晴にデザートを食べようと誘ったときだけはアルは進んで晴の元に行かせていた。

それはなぜかと尋ねられれば、その様子を見れば一目瞭然だ。

悩みに悩んだ挙句に2種類のデザートを選び、2人でシェアしながら食べる様子は見ているだけで癒される。

俺もそれが見たくて2人を眺めていると、テオドールさんも折原さんも長谷川さんもそして、桜木部長までもが2人を笑顔で見つめていた。

なんだか今日の飲みは2人を愛でるための会のようになってしまったが、まぁ、みんな仕事に疲れた心を癒されてよかったのかもしれない。

これからこの会が増えそうな、そんな予感がしないでもない。
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