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悩みは尽きない

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それからしばらくの間、俺はもちろん晴もまた忙しい日が続いていた。

フェリーチェのCMに出ることについて上層部の判断はもちろんOKが出て、フェリーチェの長谷川さんも喜んでいた。
その打ち合わせもしつつ、先日第二弾の撮影が終了したリュウールのポスターの完成データを持ってリュウールとの最終打ち合わせに入っていた。

今回のデザインももちろん風間に頼んだ。
上層部からもリュウールのポスターを最優先でというお達しが出ていたこともあって、かなり早い仕上がりとなった。
今日は午後からその完成データを持ってリュウールへと向かうことになっている。
晴は教授からの呼び出しということで今日は大学へと行っていて、久しぶりの別行動だ。

「今回の作品の出来も最高だな」

デザイン部オフィスで風間に完成データを見せてもらうと、素晴らしい出来に感動すらしてしまう。

「ああ。今回は前回よりも写真がすごかったからやりがいがあったよ。一応構図通りに前回より少しモデルのパーツを多めに出しておいたから、かなり華やかな印象だな。しかも、この一緒に写っている子、この子も最高だな。この子はモデルなのか?」

「いや、この子は香月くんの友達で、この時見学に来てたんだ。彼が香月くんの素の表情を引き出せるってことで、永山さんが彼を引っ張り出したんだ。彼の働き、いいだろう?」

「ああ。香月くんの表情も柔らかいし、何よりこの瞳。相手にかなり気を許してるな」

「そうなのか?」

風間の言葉に少し嫉妬めいたものが生まれたが、それは風間に一蹴されてしまった。

「ハハッ。妬いてるのか? 心配しなくとも、彼に向ける瞳は早瀬に向けるものとは全く違うよ。彼に向ける瞳には恋愛感情は一ミリも見えないからな」

「確かに。これをみていてもほんわかした気分にしかならないな」

「だろう? これ、早瀬が相手ならこの写真は撮れないな」

「そうか? 俺でも……」

「いやいや、早瀬が相手だときっと彼の瞳から愛情のオーラが出まくってポスターとして使えないな。化粧品よりも香月くんの色気の方に目がいってしまうからな」

そう指摘されるとなんとなく恥ずかしい気分になってしまうが……。
風間にはもう全てバレてるんだろう。俺の気持ちも晴とどんな関係なのかも。

「俺たちのことを知っても、風間は何も変わらないんだな」

「何を今さら。初めて俺に香月くんを会わせた時からあれだけ牽制しておいて。最初から香月くんが早瀬にとって特別な存在だってわかってたよ。それでどうこうする気もないし、お互いが好きで一緒にいるのなら周りがとやかくいうことでもないしな」

あくまでも自然体で接してくれる風間の優しさに触れ、心がじんわりと温かくなるのを感じた。


風間から完成データをもらって、午後リュウールへ行くと、約束の時間にはまだ少し早いというのに友利の姿が見えた。
おそらく完成データが待ち遠しくてたまらないのだろう。
前回もそうだったが、かなり期待しているようだ。
まぁ、その期待は裏切られることはないのだが。

驚く顔を見るのが楽しみだなとひとりほくそ笑みながら俺はロビーに入り友利に声をかけた。

「こんにちは。お待たせしてしまったようで申し訳ありません」

「早瀬さん。いえいえ、私が待ちきれずに勝手に早くから待っていただけですから」

友利の言葉にやっぱりかと思いながらも、

「ふふっ。そんなに楽しみに待っていてくださってこちらとしても嬉しい限りですよ」

と言うと、友利は嬉しそうに笑った。

「早瀬さんのその顔を見ると、今回の出来も?」

「ははっ。期待してくださって大丈夫ですよ」

「本当ですかっ! いいや、早くみたいなぁ」

興奮気味の友利と一緒に緒方部長たちが待つ会議室へと向かった。

トントントンとノックをしてカチャリと扉を開けると、そこにはすでに今日の会議のメンバーが勢揃いしていた。

「緒方部長、お待たせしてしまいまして申し訳ありません」

「いや、我々が待ちきれずに早く待っていただけだよ」

友利と全く同じ言葉を言ってきたので、思わず友利と顔を見合わせて笑ってしまった。

「失礼致しました。皆さまおまちかねの完成データはこちらです。すぐにお見せしますね」

パソコンに繋いで見せようとすると、緒方部長が慌てたように

「早瀬くん、悪いがこっちに繋いでくれないか?」

とプロジェクターを指差した。

「大きな画面で見たくてな」

よほど期待しているようだ。
ふふっ。早く驚く顔が見たいな。

「承知いたしました」

友利がテキパキと準備するパソコンに完成データを取り込み、プロジェクターからスクリーンへと投影すると、

「わぁっ!」

と感嘆の声が上がった。

「今回の出来も最高ですね!」

「ああ。永山くんのカメラの腕はもちろんだが、戸川くんの力は大きいな」

「本当ですね。これは次回、絶対に来てもらわないとっ!」

そうだ、あのことを言っておかないとな。

「そうそう、戸川くんですが、先日正式にリヴィエラさんとの所属事務所契約を済ませたと連絡がありました。
田村さんからリュウールさんの方に連絡が来ると思いますが、次回の撮影時には2人派遣ということで契約を済ませてもよろしいでしょうか?」

「ああ、もちろんだ! 戸川くんが了承してくれて助かるよ。なんせ、香月くんの自然な美しさをここまで引き出してくれるんだからな」

「そうですね。では、その方向で進めていくようリヴィエラさんの方には私の方から連絡しておきますので」

「ありがとう。頼むよ」

「ポスターはこれで改善点がなければこのまま印刷に回していきます。じっくりとご確認ください」

確かに確認するにはこのプロジェクターでの投影は正解だったかもしれないな。
会議室に来ているメンバーでじっくりと確認作業を行い、このままでOKとの了承を得てポスターはこのまま印刷に回すことが決まってホッとした。

これでリュウールのポスターについては残りの第三弾を残すのみだ。
次はフェリーチェとの話を進めなければな。

なんとか旅行前には大まかなところまで済ませたいものだが……そこまでは忙しい日々が続くな。


「いやぁ、本当に今回の出来は最高でしたね」

友利がロビーまで見送りをしてくれながら、今回のポスターについて反芻しながら笑みを浮かべた。

「いや、前回のもこれ以上ないくらい最高だと思ってたんですけどね、今回のはそれを超えてきたっていうか……とにかく凄かったですね」

もう最高だとか凄いだとかしか言葉の出ない様子の友利に苦笑しながらも、俺も今回のポスターの出来には自分の語彙力を疑うほど最高としか言いようがなかった。

「喜んでいただけて光栄ですよ。リュウールさんにとってこれは社運をかけた大事な商品ポスターですからね、これぐらい最高のものじゃないと!」

「ふふっ。そうですね。ありがとうございます! この神がかったポスターと共に営業にはこの前の分の倍は売り上げてきてもらいましょうか」

「ははっ。倍ですか、それはいいですね!」

こんなにスムーズに行くのも本当は珍しいんだ。
完成データで手直し要求されることもあるというのに、今回のリュウールとの取引には一度も手直しが入ったことはない。
それもこれもモデルといい、写真といい、全てが素晴らしいとしか言いようがない。

「ポスターが完成しましたら、すぐに納入に参りますのでまたご連絡いたします」

「ご連絡をお待ちしております!」

嬉しそうに手を振る友利にもう一度お辞儀をして、俺はリュウールを出た。

駐車場についてからスマホを確かめると、晴からメッセージが入っていた。

<お仕事中にごめんなさい。前に話していた、隆之さんがきてくれることになっているうちのゼミの飲み会ですが今週の金曜日の夜の都合はどうですか? 家に帰ってから尋ねるつもりでしたが、忘れてしまわないうちに先にメッセージを送ってみました。なので、時間のある時に教えてもらえたら大丈夫です>

ふふっ。晴らしいメッセージだな。
敬語なのもなんとなく新鮮で可愛い。

メッセージで返した方がいいのかもしれないが……晴の声が聞きたくなってきたな。

電話をかけてみて、取らなかったらメッセージを入れておくとするか。

プルルルル

ーはいっ!

たった一度の呼び出しで急いで取ったような晴の声が耳に入ってきた。

ー今、電話大丈夫だったか?

ーうん。さっき、教授のお使いも終わって今から帰ろうとしてたところだったからちょうどよかったよ。

ーそうか、ならよかった。

ー今日リュウールさんのところに完成データ持って行ったんでしょう?

ーああ。素晴らしい出来だって喜んでいたよ。手直しも一切なかったし。

ー本当に? よかったぁ。僕、心配してたんだ。

ー晴が心配することはないさ。写真は完璧だったんだから。

ーふふっ。隆之さん、ありがとう。

ーところで、さっきのメッセージだけど。

ーああ、そうだ。隆之さん、今週の金曜日はどうかな?

ー今のところアポイントも入っていないし、他に入りそうなものはないから大丈夫だと思うよ。

ーわぁっ、良かった。前澤くん! 早瀬さん、金曜日大丈夫だって!

晴の声が少し遠くで聞こえる。前澤くんとやらに報告しているみたいだ。
今、そいつと2人っきりなのか?
いや、他にもゼミの生徒がいるかもしれない。
勝手に勘違いして嫉妬するのは大人げないな。

ーああ、隆之さんごめんなさい。
幹事の前澤くんに隆之さんが出席できるって報告してて。

ーいや、気にしないでいい。それより、今、2人なのか?

ーうん。今日は呼ばれたのが僕と前澤くんだけだったんだ。
教授がお昼ご飯をご馳走してくれる代わりに教授の部屋の片付けを手伝ってて……書類が多くて大変だったよ。

ーああ。教授の部屋は昔から書類に囲まれてて、俺もゼミの時によく片づけに駆り出されてたよ。

そんな昔話をしながらも俺は晴が前澤とやらと2人でいるのが気になって仕方がない。

このまま大学まで迎えに行こうか。
そんな思いが湧き上がってきて、気づけば晴に迎えに行くから待っててと言ってしまっていた。


「ええっ? 仕事で疲れてるのに、わざわざ大学まで来てもらうなんて……」

「いや、リュウールから会社に完成データを渡しにいくんだが、大学はちょうどその間だし、晴を乗せてから会社に向かえば問題ないよ。帰りに食事でもして帰ろう。なっ、いいだろう?」

俺の勢いに呑まれたのか、晴は

「わかった、待ってるね」

と言ってくれた。

すぐに電話を切り、大学正門へと車を走らせた。

晴が一緒にいるという同じゼミの前澤というやつがどんな奴かちゃんと見ておかないとな。

渋滞にも引っかからずにスムーズに正門へと向かうと、2人の人影が見えた。
晴ともう1人がその前澤という男だろうか?

正門前で車を止めると、俺の車だと気づいた晴が駆け寄ってきた。
急いで扉を開け外に出た。

「隆之さん、迎えに来てくれてありがとう」

「本当にタイミングが良かったんだ。ちょうど通り道だったし」

「あっ、隆之さん。彼が同じゼミで今週の飲み会の幹事をしてくれる前澤くんだよ。
前澤くん、彼が……」

「早瀬さん、ですよね。初めまして。前澤裕也ゆうやといいます。香月くんにはいつも・・・仲良くしてもらっていて助かっています」

謙っているように見えて、なんとなくマウントを取られているような気がするのは気のせいか?
いや、気のせいではない。

ふうん。こいつ、やっぱり晴に好意を持ってるな。
だが、そう易々と負けてたまるか。
こっちは今まで気難しいクライアント相手にいろんな駆け引きをうまくやってきたんだからな。

「やぁ、晴から聞いてるよ。前澤くんはかなり優秀なんだってね」

「い、いえ……そんなことは」

「そうなんだよ。前澤くん、教授からどうしてもって誘われて院で研究を続けるんだって」

「そうか、二階堂教授も相変わらずだな。私もかなり誘われて大変だったからわかるよ。君の気持ちは」

「えっ? あ、はい。あ……ありがとうございます」

「今度の金曜日、君と話せるのも楽しみにしているよ」

そう言って俺は晴の手をとり、

「じゃあ晴、そろそろ行こうか? 一度会社に寄ってから食事をしに行こう。その後で家でゆっくりするとしよう」

と誘うと、晴は屈託の無い笑顔で

「はーい。じゃあ前澤くん、次は金曜日にね」

と言って、手を振り俺の車に乗り込んだ。

前澤は晴を引き留めたそうにしていたが、なすすべなくそのまま晴に

「じゃあな」

と手を振り返した。

車で走り去ってからもバックミラーには正門に佇む前澤の姿が写っていた。

晴は俺の知らないところでもいろんな男に好かれているんだろうな。
卒業して小蘭堂に勤めるようになれば、今よりは晴の交友を把握できるか。
本当なら家の中に閉じ込めて誰とも触れ合わせたくないくらいなのだがそんなことまではできるはずもないし。
はぁーっ。晴が可愛すぎて悩みは尽きないな。
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