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プレゼント
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「晴、服を見に行くか?」
「あ、あの……嘘、なんです……」
「えっ?」
「隆之さんと2人で居たいなって思って……ごめんなさい」
そうか、誘われるかと思って咄嗟に理由を作ってくれたのか……。
あぁーーっ! もう、なんでこんなに可愛いんだ!
「晴、謝ることはないよ。俺も2人がいいと思ってたから……」
「ほんとに?」
「ああ。でも、せっかくだから服を見にいってみないか? 俺が選んでやるよ」
「はい。是非」
少し俯いていた晴が顔を上げてにっこりと笑顔を見せてくれた。
メンズフロアは5~6階だ。
晴の年齢なら5階の方が良いだろうか?
なんて思いながら、エスカレーターを上がっていった。
5階に着くと、途端に女性向けの華やかなフロアから落ち着いた照明のシックな色合いに変わる。
ここはプライベートはもちろんビジネスシーンでも使えるようなカジュアルな服装を多く取り揃えているブランドが揃っている。
これから就職して社会人になる晴には持ってこいの場所だ。
「晴、こっちだよ」
晴の手をとって、俺の行きつけの店へと案内する。
「わぁっ、ここ隆之さんっぽい」
「そうだろう。ここで晴の服も買ったんだ。ちょっと見ていこう」
少し緊張している様子の晴を連れて中へ入ると、いつも担当してくれる店員が走り寄ってくる。
「早瀬さま、いらっしゃいませ。今日はどういった物をお探しでいらっしゃいますか?」
「ああ、今日はこの子に店を紹介しに来たんだ。ゆっくり見せてもらうよ」
「どうぞごゆっくりご覧ください。何か気になるものがございましたらお声がけくださいませ」
そう言ってお辞儀をするとささっと離れていった。
ここは無理矢理な接客がないから有難いんだよな。
「隆之さん、ここ、すごく高そう……」
「そうでもないさ。さぁ、見てまわろう」
値段なんて気にしなくていいのに。
こういうところ、晴は本当に可愛いよな。
晴は興味津々と言った様子で店内を見回っていたが、ある場所で足が止まった。
「何か気になるのがあったか?」
「隆之さん、見て! あの時計すごく格好良い!」
晴の視線の先にあるショーケースには、文字盤の大きなブルーグレーの時計があった。
なかなかセンスあるな。
俺は後ろに控える店員の彼に目配せして、この時計をショーケースから出してもらった。
それを手に取り、晴の腕にはめてやる。
「ああ、よく似合ってる。晴はどう思う?」
「うん。着け心地もいいし、文字盤も大きいから見やすくていいです」
「こちらは他に黒、グリーン、青がございますが、色白なお客様にはこちらのブルーグレーが一番お似合いですね」
これならうちの会社でも使えるしちょうど良いな。
「じゃあこれを貰おう」
「えっ?」
「晴、つけて帰るか?」
「えっ? いや、そうじゃなくて……これ、買うんですか?」
「気に入らなかったか?」
「いやいや、そうじゃなくて……高い、ですよ……」
「値段なんか気にしなくていいよ。就職祝いにしてもいいし」
「えっ? でも……」
「晴、素直に喜んでくれた方が俺は嬉しいよ」
そういうと、晴はありがとうございますと笑顔で言ってくれた。
今のコーディネートにもぴったりだぞと言うと、晴は嬉しそうにじゃあつけて帰りたいですと言ってくれて、その通りにしてもらった。
晴の腕に俺の買った時計が付いていると思うだけで、俺はとても幸せな気分になっていた。
ケースやらを紙袋に入れてもらい、店を後にすると
「隆之さん、時計ありがとうございました。大切にしますね」
と腕時計を俺に見せながら、愛おしそうに眺めるその姿があまりにも嬉しそうでほんの少しその時計に嫉妬してしまった。
「ねぇ、隆之さん。今度はぼくに選ばせてください。時計の御礼です」
そう言って俺を引っ張って、フロアを隅々まで見ていくと、フロアの端にあるセレクトショップの前で足を止めた。
ここは確か最近この百貨店に入った店だったな。
「ちょっとここ見てみても良いですか?」
「ああ、入ろう」
中に入ると、なるほどセンスが良くて面白いものを結構取り揃えてるな。
晴は宝物を探すかのようにキョロキョロと見て回っている。
そして、あるショーケースに近づいたと思ったら、店員をすぐに呼び商品に指差して出してもらうよう頼んでいた。
何が晴の目に止まったんだろうと思っていると、取り出されたのはネクタイピン。
シンプルなシルバーのピンに何か小さな石が付いている。
ブルー? いや、光の具合でグレーにも見えるな。
小さいけれどインパクトは十分だ。
俺が持っているネクタイのどれにも合いそうで良いな。
「こちらはスピネルという石で和名を尖晶石と言うんです。一般的には赤いスピネルが有名なんですが、こちらの色もとても味わい深くて綺麗ですよね。ああ、お客さまが付けられている時計と同じお色味ですね」
柔かに説明してくれる男性店員を前に晴はもうそのネクタイピンに釘付けだ。
「隆之さん、これどうですか?」
「ああ、とても気に入ったよ」
そう言うと、晴は嬉しそうに店員に向かって
「すみません、これをください。あの……プレゼントでお願いします」
と少し恥ずかしそうに頼んでくれた。
晴の気持ちが嬉しくて、俺は財布を出そうとしてそれを引っ込めることにした。
ありがとうございましたー! の言葉を背に店を出てから、晴が
「いつも傍にいてくださって、ありがとうございます」
という言葉と共にネクタイピンの入った箱を渡してくれた。
軽くて小さな紙袋だったけれど、俺にとっては晴の想いがいっぱい詰まった大きな大きなプレゼントだった。
「晴、ありがとう。大切にするからな」
俺たちは幸せな気持ちで神楽百貨店を後にした。
「晴、ご飯食べて帰ろうか」
「はい。なら、シュパースに行きたいです!」
「ああ、良いな。ここからだったら30分もかからないし、歩いて行くか?」
晴が賛成してくれて、シュパースまでゆっくり喋りながら歩いて行くことにした。
「そうだ、先にアルに連絡しとくか」
「そうですね。今日理玖もいたらいいんだけどなぁ……」
晴は前会った時のことを気にしているようだ。
アルと話して勘違いってことがわかったからもう気にしてないとは言ってたみたいだけど、晴は直接会って謝りたいのかもしれないな。
俺はスマホを取り出し、アルへと電話をかけた。
3度目のコールで取ったアルはなんだか機嫌が良さそうな声をしていた。
ーHallo、ユキ。元気かい?
ーああ、元気だよ。ありがとう。今電話大丈夫か?
ー大丈夫だ。どうした、何かあったか?
ーいや、今からシュパースに行こうと思って……席は空いてるかな?
ーああ、悪い。今日は臨時休業してるんだ。
ーえっ? 臨時休業? 何かあったのか?
ーいや、Heute istmein Geburtstag
ーええっ? そうなのか?
Alles Gute zum Geburtstag!
ーDankeschön! それで、リクがお祝いしてくれてるんだ。私は幸せだよ。
ああ、なるほど。だから上機嫌だったのか。
じゃあこれ以上邪魔するわけにはいかないな。
ーそうか、良かったな! じゃあまた今度お店に行くよ。Alles Gute zum Geburtstag!
俺が急いで電話を切ると、晴は
「オーナーの誕生日、今日だったんですか?」
と驚いていた。
「ああ、そうみたいだ。そんな日に可愛い恋人のいるアルが店を開けるわけないな」
「可愛い恋人……ふふっ。そうですね。この前理玖と会った時に再来週だと言ってたんですけど、もうそんな日が経ってたんですね。バタバタして忘れてました」
「そうだな。今度会った時にでも何かプレゼントしようか」
「はい。そういえば、結局理玖はオーナーに何をプレゼントしたのかな……。それも今度聞いてみよっと」
晴が自分のことのように嬉しそうに笑っていた。
「晴、どこで食べようか?」
「そうですね……、あっ……この前、橘さんに連れて行ってもらったあの洋食屋さんはどうですか?」
「ああ、あそこならここからそんなに離れてないし、行ってみるか」
晴はあそこの食事気に入ってたからな。
昼間も落ち着いた雰囲気の店で良いなと思っていたが、古い洋館は夜来るとまた雰囲気が違うな。
扉を開けカランコロンと鳴るドアベルの音も夜の方が響いている感じがする。
「ああ、いらっしゃい。また来てくれたんですね」
「覚えていてくれたんですか?」
「ああ、そりゃあね。橘が誰か連れて来たのも初めてだし、それがこんな美形と可愛い子ならおぼえないわけないよ」
俺にウインクしてもらってもどうしようもないが……似合っているからなんともいえないな。
前と同じ席に案内され、晴はオムライス、俺はカニクリームコロッケを頼んだ。
「こういう洋食屋さんのクリームコロッケって、すっごく美味しいですよね。僕も何度か作ったことあるんですけど、結構手間暇かかって大変なんですよね」
そうなのか……料理上手な晴が言うくらいだから相当手間がかかるんだろうな。
「今度一緒に作ってみるか?」
「隆之さんとだったら楽しく作れそうで良いですね。ふふっ」
そんな話をしながら、そういえばと思い出した。
「さっき貰った旅行券見てみないか?」
「ああ、そうですね」
そう言って晴は紙袋の中から抽選会で貰った旅行券を取り出した。
目録に入っていたパンフレットを見て俺たちは驚いた。
「晴、これ凄いな!」
「ほんと……びっくりです!」
てっきりどこかの温泉旅館でも行けるのかと思っていたら、なんと温泉付きコテージ宿泊券だった。
しかも4名までオッケーだなんて!!
「あっ、隆之さん! これ、理玖とオーナーも誘いませんか?」
「2人を?」
「はい。せっかく4人使えるし、コテージならみんなで泊まれるから楽しそう。それに……オーナーのお誕生日会もできるじゃないですか!」
確かにいいアイディアだな。
せっかくの機会だし、なんてったって温泉付きコテージだぞ。
滅多にいけないところだし、2人も喜ぶだろ。
「そうだな、今日は邪魔だろうから明日にでも連絡してみるか」
「はい。みんなで行けたら良いですね」
俺は晴と2人だけでも十分楽しいんだけど、まぁ、あの2人ならいいか。
すると、お待ちどうさまとちょうど料理を運んできた悠さんが晴の持っていたパンフレットに視線を向けた。
「あれ? このコテージ、行くんですか?」
「ここ知ってるんですか?」
「はい。去年、恋人と泊まりに行ったんですけど、ここめちゃくちゃおすすめですよ!!」
悠さんの力説っぷりに若干驚いたけれど、温泉から見える景色やら、その近くにあるテーマパークの話やらいろいろ聞いて晴は目が輝いている。
「食事は材料が用意してあって各自でってことなんですけど、お願いしたら作ってもらえますよ。俺は料理人なんで良い食材用意してもらって作るだけで助かりました」
なるほど、ここが旅館とは違うところだな。
「僕も料理は好きなのでそんなところで作れたら楽しそうだな」
「ああ、料理好きならもうここはバッチリですよ!」
そう言って悠さんはどうぞごゆっくりお召し上がりくださいといって離れていった。
「晴、食べようか」
「はい。いただきます」
晴はスプーンいっぱいにオムライスを乗せて、小さな口を一生懸命大きく開けてパクッと食べた。
ムグッモグッモグッ
「やっぱりここのオムライスとってもおいし~い」
蕩けるような笑顔で微笑む晴の唇の端にはケチャップが残っている。
俺はそのケチャップを親指でさっと拭い取り、舌でペロッと舐めとった。
「ここのケチャップは甘くて美味しいな」
ニヤリと笑ってそう言うと晴は少し照れた様子で、もう! と小さく呟いた。
「隆之さん、こっちも食べてください」
さっきと同じようにスプーンに少し多めにオムライスを乗せるとあ~んといって差し出してきた。
俺は口を開けてそれを食べて見せると、晴は嬉しそうに
「隆之さんもケチャップついちゃってますよ」
と言って俺を見つめながら指で拭い、舌で舐めとってくれた。
その仕草がとてつもなくエロくて、俺はつい見惚れてしまった。
晴は小悪魔のようにふふっと笑みを溢して、
「隆之さんも照れちゃいましたか?」
と嬉しそうに尋ねてきた。
俺は照れた晴が見たくてわざと見せつけるんだが、晴は無自覚にやるからタチが悪い。
「晴が可愛すぎておかしくなりそうだよ」
そういってやると、晴はキョトンとしながらも笑っていた。
楽しく食事を終え、気づけば周りにお客さんも増えていた。
やっぱりここは人気なんだなと思いながら、会計へと向かった。
「ごちそうさまでした」
伝票を差し出すと、晴がさっと財布を取り出した。
晴がどうしてもと言い張って、ここで言い合うのもなと思い今日は払ってもらうことにした。
ドアベルを背に外へ出てから、
「晴、ごちそうさま。ありがとう」
とお礼を言うと、
「隆之さんにご馳走できてよかったです!」
と嬉しそうに笑った。
きっと毎回俺が支払うことに気を遣っていたんだろう。
普通の大学生なら、社会人が払って当然、お金持ってるんだから当然という態度を見せるだろう。
最初こそ気を遣っても数回経つうちに財布も出さなくなるものだろうし、俺もそういうものだろうと思っていた。
晴ならどんなものでも買ってあげたいし、どんな支払いでもしてあげたいから別にいいんだが、晴はむしろ対等でいたがる。
それはこの前俺のことを恋人だと自覚してから余計強まったんだと思う。
だから、今日は俺にネクタイピンをプレゼントしてくれたり食事をご馳走してくれたんだ。
晴は俺とずっと一緒にいたいと思っているから、奢られるだけになるのは嫌なんだろうな。
それが感じられて俺はすごく嬉しいんだ。
「あ、あの……嘘、なんです……」
「えっ?」
「隆之さんと2人で居たいなって思って……ごめんなさい」
そうか、誘われるかと思って咄嗟に理由を作ってくれたのか……。
あぁーーっ! もう、なんでこんなに可愛いんだ!
「晴、謝ることはないよ。俺も2人がいいと思ってたから……」
「ほんとに?」
「ああ。でも、せっかくだから服を見にいってみないか? 俺が選んでやるよ」
「はい。是非」
少し俯いていた晴が顔を上げてにっこりと笑顔を見せてくれた。
メンズフロアは5~6階だ。
晴の年齢なら5階の方が良いだろうか?
なんて思いながら、エスカレーターを上がっていった。
5階に着くと、途端に女性向けの華やかなフロアから落ち着いた照明のシックな色合いに変わる。
ここはプライベートはもちろんビジネスシーンでも使えるようなカジュアルな服装を多く取り揃えているブランドが揃っている。
これから就職して社会人になる晴には持ってこいの場所だ。
「晴、こっちだよ」
晴の手をとって、俺の行きつけの店へと案内する。
「わぁっ、ここ隆之さんっぽい」
「そうだろう。ここで晴の服も買ったんだ。ちょっと見ていこう」
少し緊張している様子の晴を連れて中へ入ると、いつも担当してくれる店員が走り寄ってくる。
「早瀬さま、いらっしゃいませ。今日はどういった物をお探しでいらっしゃいますか?」
「ああ、今日はこの子に店を紹介しに来たんだ。ゆっくり見せてもらうよ」
「どうぞごゆっくりご覧ください。何か気になるものがございましたらお声がけくださいませ」
そう言ってお辞儀をするとささっと離れていった。
ここは無理矢理な接客がないから有難いんだよな。
「隆之さん、ここ、すごく高そう……」
「そうでもないさ。さぁ、見てまわろう」
値段なんて気にしなくていいのに。
こういうところ、晴は本当に可愛いよな。
晴は興味津々と言った様子で店内を見回っていたが、ある場所で足が止まった。
「何か気になるのがあったか?」
「隆之さん、見て! あの時計すごく格好良い!」
晴の視線の先にあるショーケースには、文字盤の大きなブルーグレーの時計があった。
なかなかセンスあるな。
俺は後ろに控える店員の彼に目配せして、この時計をショーケースから出してもらった。
それを手に取り、晴の腕にはめてやる。
「ああ、よく似合ってる。晴はどう思う?」
「うん。着け心地もいいし、文字盤も大きいから見やすくていいです」
「こちらは他に黒、グリーン、青がございますが、色白なお客様にはこちらのブルーグレーが一番お似合いですね」
これならうちの会社でも使えるしちょうど良いな。
「じゃあこれを貰おう」
「えっ?」
「晴、つけて帰るか?」
「えっ? いや、そうじゃなくて……これ、買うんですか?」
「気に入らなかったか?」
「いやいや、そうじゃなくて……高い、ですよ……」
「値段なんか気にしなくていいよ。就職祝いにしてもいいし」
「えっ? でも……」
「晴、素直に喜んでくれた方が俺は嬉しいよ」
そういうと、晴はありがとうございますと笑顔で言ってくれた。
今のコーディネートにもぴったりだぞと言うと、晴は嬉しそうにじゃあつけて帰りたいですと言ってくれて、その通りにしてもらった。
晴の腕に俺の買った時計が付いていると思うだけで、俺はとても幸せな気分になっていた。
ケースやらを紙袋に入れてもらい、店を後にすると
「隆之さん、時計ありがとうございました。大切にしますね」
と腕時計を俺に見せながら、愛おしそうに眺めるその姿があまりにも嬉しそうでほんの少しその時計に嫉妬してしまった。
「ねぇ、隆之さん。今度はぼくに選ばせてください。時計の御礼です」
そう言って俺を引っ張って、フロアを隅々まで見ていくと、フロアの端にあるセレクトショップの前で足を止めた。
ここは確か最近この百貨店に入った店だったな。
「ちょっとここ見てみても良いですか?」
「ああ、入ろう」
中に入ると、なるほどセンスが良くて面白いものを結構取り揃えてるな。
晴は宝物を探すかのようにキョロキョロと見て回っている。
そして、あるショーケースに近づいたと思ったら、店員をすぐに呼び商品に指差して出してもらうよう頼んでいた。
何が晴の目に止まったんだろうと思っていると、取り出されたのはネクタイピン。
シンプルなシルバーのピンに何か小さな石が付いている。
ブルー? いや、光の具合でグレーにも見えるな。
小さいけれどインパクトは十分だ。
俺が持っているネクタイのどれにも合いそうで良いな。
「こちらはスピネルという石で和名を尖晶石と言うんです。一般的には赤いスピネルが有名なんですが、こちらの色もとても味わい深くて綺麗ですよね。ああ、お客さまが付けられている時計と同じお色味ですね」
柔かに説明してくれる男性店員を前に晴はもうそのネクタイピンに釘付けだ。
「隆之さん、これどうですか?」
「ああ、とても気に入ったよ」
そう言うと、晴は嬉しそうに店員に向かって
「すみません、これをください。あの……プレゼントでお願いします」
と少し恥ずかしそうに頼んでくれた。
晴の気持ちが嬉しくて、俺は財布を出そうとしてそれを引っ込めることにした。
ありがとうございましたー! の言葉を背に店を出てから、晴が
「いつも傍にいてくださって、ありがとうございます」
という言葉と共にネクタイピンの入った箱を渡してくれた。
軽くて小さな紙袋だったけれど、俺にとっては晴の想いがいっぱい詰まった大きな大きなプレゼントだった。
「晴、ありがとう。大切にするからな」
俺たちは幸せな気持ちで神楽百貨店を後にした。
「晴、ご飯食べて帰ろうか」
「はい。なら、シュパースに行きたいです!」
「ああ、良いな。ここからだったら30分もかからないし、歩いて行くか?」
晴が賛成してくれて、シュパースまでゆっくり喋りながら歩いて行くことにした。
「そうだ、先にアルに連絡しとくか」
「そうですね。今日理玖もいたらいいんだけどなぁ……」
晴は前会った時のことを気にしているようだ。
アルと話して勘違いってことがわかったからもう気にしてないとは言ってたみたいだけど、晴は直接会って謝りたいのかもしれないな。
俺はスマホを取り出し、アルへと電話をかけた。
3度目のコールで取ったアルはなんだか機嫌が良さそうな声をしていた。
ーHallo、ユキ。元気かい?
ーああ、元気だよ。ありがとう。今電話大丈夫か?
ー大丈夫だ。どうした、何かあったか?
ーいや、今からシュパースに行こうと思って……席は空いてるかな?
ーああ、悪い。今日は臨時休業してるんだ。
ーえっ? 臨時休業? 何かあったのか?
ーいや、Heute istmein Geburtstag
ーええっ? そうなのか?
Alles Gute zum Geburtstag!
ーDankeschön! それで、リクがお祝いしてくれてるんだ。私は幸せだよ。
ああ、なるほど。だから上機嫌だったのか。
じゃあこれ以上邪魔するわけにはいかないな。
ーそうか、良かったな! じゃあまた今度お店に行くよ。Alles Gute zum Geburtstag!
俺が急いで電話を切ると、晴は
「オーナーの誕生日、今日だったんですか?」
と驚いていた。
「ああ、そうみたいだ。そんな日に可愛い恋人のいるアルが店を開けるわけないな」
「可愛い恋人……ふふっ。そうですね。この前理玖と会った時に再来週だと言ってたんですけど、もうそんな日が経ってたんですね。バタバタして忘れてました」
「そうだな。今度会った時にでも何かプレゼントしようか」
「はい。そういえば、結局理玖はオーナーに何をプレゼントしたのかな……。それも今度聞いてみよっと」
晴が自分のことのように嬉しそうに笑っていた。
「晴、どこで食べようか?」
「そうですね……、あっ……この前、橘さんに連れて行ってもらったあの洋食屋さんはどうですか?」
「ああ、あそこならここからそんなに離れてないし、行ってみるか」
晴はあそこの食事気に入ってたからな。
昼間も落ち着いた雰囲気の店で良いなと思っていたが、古い洋館は夜来るとまた雰囲気が違うな。
扉を開けカランコロンと鳴るドアベルの音も夜の方が響いている感じがする。
「ああ、いらっしゃい。また来てくれたんですね」
「覚えていてくれたんですか?」
「ああ、そりゃあね。橘が誰か連れて来たのも初めてだし、それがこんな美形と可愛い子ならおぼえないわけないよ」
俺にウインクしてもらってもどうしようもないが……似合っているからなんともいえないな。
前と同じ席に案内され、晴はオムライス、俺はカニクリームコロッケを頼んだ。
「こういう洋食屋さんのクリームコロッケって、すっごく美味しいですよね。僕も何度か作ったことあるんですけど、結構手間暇かかって大変なんですよね」
そうなのか……料理上手な晴が言うくらいだから相当手間がかかるんだろうな。
「今度一緒に作ってみるか?」
「隆之さんとだったら楽しく作れそうで良いですね。ふふっ」
そんな話をしながら、そういえばと思い出した。
「さっき貰った旅行券見てみないか?」
「ああ、そうですね」
そう言って晴は紙袋の中から抽選会で貰った旅行券を取り出した。
目録に入っていたパンフレットを見て俺たちは驚いた。
「晴、これ凄いな!」
「ほんと……びっくりです!」
てっきりどこかの温泉旅館でも行けるのかと思っていたら、なんと温泉付きコテージ宿泊券だった。
しかも4名までオッケーだなんて!!
「あっ、隆之さん! これ、理玖とオーナーも誘いませんか?」
「2人を?」
「はい。せっかく4人使えるし、コテージならみんなで泊まれるから楽しそう。それに……オーナーのお誕生日会もできるじゃないですか!」
確かにいいアイディアだな。
せっかくの機会だし、なんてったって温泉付きコテージだぞ。
滅多にいけないところだし、2人も喜ぶだろ。
「そうだな、今日は邪魔だろうから明日にでも連絡してみるか」
「はい。みんなで行けたら良いですね」
俺は晴と2人だけでも十分楽しいんだけど、まぁ、あの2人ならいいか。
すると、お待ちどうさまとちょうど料理を運んできた悠さんが晴の持っていたパンフレットに視線を向けた。
「あれ? このコテージ、行くんですか?」
「ここ知ってるんですか?」
「はい。去年、恋人と泊まりに行ったんですけど、ここめちゃくちゃおすすめですよ!!」
悠さんの力説っぷりに若干驚いたけれど、温泉から見える景色やら、その近くにあるテーマパークの話やらいろいろ聞いて晴は目が輝いている。
「食事は材料が用意してあって各自でってことなんですけど、お願いしたら作ってもらえますよ。俺は料理人なんで良い食材用意してもらって作るだけで助かりました」
なるほど、ここが旅館とは違うところだな。
「僕も料理は好きなのでそんなところで作れたら楽しそうだな」
「ああ、料理好きならもうここはバッチリですよ!」
そう言って悠さんはどうぞごゆっくりお召し上がりくださいといって離れていった。
「晴、食べようか」
「はい。いただきます」
晴はスプーンいっぱいにオムライスを乗せて、小さな口を一生懸命大きく開けてパクッと食べた。
ムグッモグッモグッ
「やっぱりここのオムライスとってもおいし~い」
蕩けるような笑顔で微笑む晴の唇の端にはケチャップが残っている。
俺はそのケチャップを親指でさっと拭い取り、舌でペロッと舐めとった。
「ここのケチャップは甘くて美味しいな」
ニヤリと笑ってそう言うと晴は少し照れた様子で、もう! と小さく呟いた。
「隆之さん、こっちも食べてください」
さっきと同じようにスプーンに少し多めにオムライスを乗せるとあ~んといって差し出してきた。
俺は口を開けてそれを食べて見せると、晴は嬉しそうに
「隆之さんもケチャップついちゃってますよ」
と言って俺を見つめながら指で拭い、舌で舐めとってくれた。
その仕草がとてつもなくエロくて、俺はつい見惚れてしまった。
晴は小悪魔のようにふふっと笑みを溢して、
「隆之さんも照れちゃいましたか?」
と嬉しそうに尋ねてきた。
俺は照れた晴が見たくてわざと見せつけるんだが、晴は無自覚にやるからタチが悪い。
「晴が可愛すぎておかしくなりそうだよ」
そういってやると、晴はキョトンとしながらも笑っていた。
楽しく食事を終え、気づけば周りにお客さんも増えていた。
やっぱりここは人気なんだなと思いながら、会計へと向かった。
「ごちそうさまでした」
伝票を差し出すと、晴がさっと財布を取り出した。
晴がどうしてもと言い張って、ここで言い合うのもなと思い今日は払ってもらうことにした。
ドアベルを背に外へ出てから、
「晴、ごちそうさま。ありがとう」
とお礼を言うと、
「隆之さんにご馳走できてよかったです!」
と嬉しそうに笑った。
きっと毎回俺が支払うことに気を遣っていたんだろう。
普通の大学生なら、社会人が払って当然、お金持ってるんだから当然という態度を見せるだろう。
最初こそ気を遣っても数回経つうちに財布も出さなくなるものだろうし、俺もそういうものだろうと思っていた。
晴ならどんなものでも買ってあげたいし、どんな支払いでもしてあげたいから別にいいんだが、晴はむしろ対等でいたがる。
それはこの前俺のことを恋人だと自覚してから余計強まったんだと思う。
だから、今日は俺にネクタイピンをプレゼントしてくれたり食事をご馳走してくれたんだ。
晴は俺とずっと一緒にいたいと思っているから、奢られるだけになるのは嫌なんだろうな。
それが感じられて俺はすごく嬉しいんだ。
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