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人生初めてのキス※  <side晴>

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ふかふかのベッドの中で大好きな隆之さんの匂いに包まれながら、僕は夢を見ていた。

人生はじめてのキスがあまりにも衝撃的だったからだろう。
その前に受けた怖い思い出は僕の心から消えて無くなってしまっていた。

心に残っているのは大好きな隆之さんとの甘く蕩けるようなキス。
僕にとって決して忘れることのできない大切な出来事だ。

あの女性が突然迫ってきたあの時、間一髪で隆之さんが助けに来てくれて何の怪我もなかったどころか、隆之さんがずっと守っていてくれたことを知って嬉しかった。

自分の大好きな場所を汚され、壊されたと知って自分の居場所がもうなくなってしまったような気がして怖かったけれど、隆之さんがぎゅっと抱きしめてくれて

「もう、大丈夫だよ。何があっても俺が晴を守るから」

と言ってくれたから、安心できた。

それなのに、もう大丈夫だと思ったのに、田村さんに抱きつかれそうになった時、ふっと、あの時迫られた時の恐怖が脳内に甦った。

あの女性に直接何かをされたわけでもないのに、何かまた自分の大切なものを汚され、壊されるんじゃないかという不安が脳内を駆け巡り、何の関係ない田村さんを前に咄嗟に大声を出してしまったのはなんとかして自分を守ろうとしたのかもしれない。

体の震えを自分で止めることもできなくて、でも、田村さんに申し訳なくて早く止めなきゃと思うのに自分の身体が言うことを聞かなかった。

その時も守ってくれたのは隆之さんだった。

あの逞しい腕と落ち着く匂いに包まれているうちに、不思議と震えは止まった。
隆之さんが纏う、いつも僕の気持ちを落ち着けてくれるあの匂いはなんなのだろう。
まるでオレンジフラワーのような爽やかですっきりとした落ち着く匂いは、自分と隆之さんがまるでひとつの人間であるかのように感じさせてくれた。

離れたらまた壊れてしまう気がして、離さないでとしがみついたら、気がついた時には彼の唇が僕の唇に合わさっていた。
驚いて口を開けると、中に何かが入ってきた。

そして、僕の舌に優しく触れたり絡まってきたりする。

…あ…もしかして…これって…彼の舌?

口の中に誰かの舌が入るなんて思っても見なかった。
でも不思議と嫌悪感なんか何もなかった。

それよりも彼の舌に触られたところがどんどん甘く蕩けていくのが気持ちよくて、もっと触って欲しい、もっと気持ちよくなりたい、ただそれだけだった。

何も考えられず、気持ちよくなりたい…ただその思いだけで自然と僕の舌は彼の舌を追いかけていた。

どれくらいの時間、キスをしていたんだろう。
このまま永遠に続けばいいと思ったのに、呼吸はどんどん苦しくなっていく。
彼がそれに気づいてしまったのか、彼の舌が僕の口内から出て行こうとする。

ああ……離れてしまう……と思ったら、僕と彼の間にキラキラと光り輝く糸が繋がっていた。

その糸がなんとも言えず綺麗だなとぼんやりみていたら、離れていこうとした彼の唇がまた僕に合わさった。
そして、噛みつかれるようなキスをされたかと思ったら僕の唇を全て奪うように舐めとられた。

その舌使いがあまりにもセクシーで紳士的な彼の見たこともない野獣のような仕草にただただうっとりと魅入ってしまった。

身体全部が溶けてしまいそうなくらい気持ちいい彼とのはじめてのキスに幸せを噛み締めていたら、彼もこんなに気持ちいいキスははじめてだと言ってくれた。

彼のはじめてを僕が貰えたのが嬉しくて自然と笑みが溢れた。
抱きしめて僕の唇にまたキスをしてくれたのはあの野獣のような彼ではなく、いつものような紳士的な優しい彼だった。

どちらの彼も僕を好きだと言ってくれて、そして全身で僕を守ってくれている。だから僕も彼が好きだし、何も怖がることなんてないんだ……そう思ったら幸せが込み上げてきたと同時に田村さんに対してひどいことをしてしまったことを思い出した。

それでも彼は僕を優しく宥めてくれて、田村さんとの話し合いができるよう改めてセッティングしてくれた。
おかげで無事にリヴィエラとの専属モデル契約もまとまり、シュパースで食事をとることができた。

そういえばあれは僕の二十歳の誕生日だったか……あの時はオーナーの家で理玖とオーナーがお祝いをしてくれた。

オーナーがやっとみんなでお酒が飲めるなと、シャンパンを出してくれた。
慣れないうちはこれから…と一番飲みやすいシャンパンを注いでくれて、僕は嬉しくなってグラスを一気で飲み干した。

初めてのシャンパンは飲みやすくて美味しくて何度か注いでもらったのは辛うじて覚えてる。
でも、その後気づいた時には客間に寝かされていた。

僕が起きた時には二人から

「香月(ハル)は外でお酒は禁止! 飲むときは俺らと一緒の時だけだ!」

と注意された。

何にも覚えてないけど酔っ払ってよっぽど悪いことでもしちゃったんだろうか…それ以来、グラスにほんの少しくらいしか入れてもらえない。

美味しかったのになぁ……。

でも今日は隆之さんもいるし特別だ!

初めて飲む黒ビールは苦そうなのにすっきりとしていて、飲みやすかったからオーナーと理玖が隆之さんと話している間に、おかわりしちゃった。

ほんとに美味しかったんだ……あとは覚えてないけど。

良い匂いに抱きしめられながらゆらゆらと景色が進んでいく。

「ふふっ。良い匂い……あったかい……」

甘くて蕩けるような優しい声と落ち着く匂いが僕をぎゅっと抱きしめてくれる……僕はそんなしあわせな夢を見ていた。

朝の光に混ざって少し息苦しさを感じて、ふと目を覚ますと目の前に大きな壁があった。
あれ? 僕の部屋のこんなところに壁とかあったっけ……。

目の前の壁をぺたぺたと触りながら、自分が全然身動きができないことに気がついた。

「くすぐったいぞ、晴」

んっ?

隆之さんの声??

と思った途端、頭上からクックッと小さな笑い声が聞こえる。

顔を上げると、隆之さんが寝起きとは思えないような極上の笑みを僕に向けていた。

「わぁーっ。た、たかゆきさん?」

「起きたか? 昨日は一晩中くっついてくる晴を抱きしめながら寝られて最高だったな」

「えっ?」

「晴の方から抱っこ、抱っこ言ってて可愛かったな」

「ええっ?」

「それに……」

「わぁーーーっ! もういいです!!」

何にも覚えていないけれど、だからこそ隆之さんの口から語られる自分の姿が恥ずかしくてたまらなかった。

「なんだ、もう喋らせてくれないのか? あんなに可愛かったのに」

僕の頬っぺたを触りながら、隆之さんが笑顔を見せてくれる。

「僕、なんにも覚えてなくて……隆之さん……怒ってないの?」

「なんで怒るんだ? 晴が可愛くて堪らなかったのに」 

「ほんと?」

「ああ、本当だ。あ、でもひとつだけ約束な。晴はもう俺がいないところではお酒を飲むのはダメだぞ」

やっぱり僕は何かしでかしてしまったらしい……。
僕って酒癖が悪いのかな? もしかして暴れたりとか?

急に落ち込んだ僕を見て隆之さんは理由に気付いたのか、笑って頭を撫でてくれた。

「晴が思っているようなことはなかったよ。ただ、可愛すぎて心配なんだ。晴の可愛い姿を見るのは俺だけがいい。なっ」

「はい。何にも覚えてないですけど……恥ずかしい姿を見られるのは僕も隆之さんだけがいいです」

「じゃあ約束だぞ」

「はい」

返事をすると、隆之さんは僕の唇にさっとキスをしてこれは約束のキスだからなとウインクして見せた。

隆之さんのあまりの格好良さに、昨日の濃厚なキスを思い出してしまい、顔が熱くなるのを感じて咄嗟に隆之さんの胸に顔を埋めて火照る顔を隠した。

隆之さんの纏う匂いを無意識にすんすんと嗅いでいるとなんだかすごく落ち着いた。

「ふふっ……落ち着いたか? じゃあそろそろ起きるか。風呂にも入りたいだろ?」

お湯は溜まってるから、さっぱりしたら朝食にしようといって、隆之さんは僕をバスルームへと連れていってくれた。

朝からお風呂なんて贅沢だなぁ。
ゆっくりお湯に浸かっていると、昨日のアルコールがもうすっかり抜けて頭がだんだん冴えてきた。

――晴の方から、抱っこ、抱っこ言ってて可愛かったな

ふいにさっきの隆之さんの言葉を思い出す。

ひゃぁーーっ。僕、そんなこと言っちゃったんだ……。

恥ずかしさで居た堪れなくなって、両手でお湯をバチャバチャと顔に浴びせ拭いながら、ふぅと一息吐いた。

でも隆之さん、嫌そうな顔はしてなかったよね……。
むしろ、嬉しそうだったかも。
ああやって(覚えてないけど……)甘えていいのかな……。

隆之さんに抱きしめられるの大好きだし、まだ学生だし……いいよね。
そう自分に言い聞かせて気持ちを整理させてからお風呂を出た。

脱衣所で体を拭き終わると、下着は用意されていたけれど着替えがないことに気がついた。

あれ? と思いながら、下着姿じゃさすがに恥ずかしいし、とりあえず下着の上から脱衣所に置いてあった洗濯済みらしきパーカーに袖を通し、ペタペタとリビングへ向かう。

「隆之さん、着替えが見当たらなくて……これ借りちゃいました」

僕の声に隆之さんが振り向くと何故か何も喋らずにじーっと僕を見つめていた

「隆之さん??」

「あっ、ああ、悪い。今日は一緒に職場に行くからジャケットを着てもらおうと思って……」

「あ、そうなんですね。でも僕、スーツは昨日のしか持ってなくて……」

「ああ、それは大丈夫。この前、俺がよく買いに行っている店で晴に似合いそうなの用意しといたから。サイズも合うと思うよ」

「ええっ? そんな……いいんですか?」

「晴に似合うのを選ぶの楽しかったよ。さあ、俺の部屋に用意してるから行こうか」

僕の手をとって、隆之さんは部屋へと連れていってくれた。

「着替えたらリビングにおいで」


返事をして、部屋に入ると隆之さんの部屋のクローゼット前に僕が着るための服がハンガーにかけられて用意されていた。

黒の綿素材のカジュアルなテーラードジャケットと同素材のパンツ、インナーにはチャコールグレーの薄手のカットソーでかっちりしすぎずリラックスした印象で学生の僕にはスーツより着やすそうだった。

普段僕が着ている服とは全く違うテイストの服に袖を通すことに些か緊張してしまう。

サイズもぴったりだ。
隆之さん、何でわかったんだろう……すごいな。
ジャケットなんてスーツ以外で着たことなかったけど、これ、着やすくていいなぁ……。

「どうですか?」

普段とは違うテイストの洋服に身を包み、なんだか自分じゃないような感じに少し心が高鳴りながら部屋を出ると、リビングで待つ隆之さんの元へ行き感想を求めてみた。

「……」

隆之さんは僕の方を向いたまま微動だにしない。

さっきから、隆之さんの様子がおかしいな……。
僕、似合ってないのかな? 鏡で確認してから出てくれば良かった…。

「隆之さん?」

「あっ、悪い。あまりにも良く似合っていて……見惚れてしまったよ」

「ほんとですか? 隆之さん、何も言ってくれないから心配しちゃいました……」

「ああ、ごめんな……晴。ほら、こっちにきて」

隆之さんは僕の手をとって、大きな姿見に僕を映した。

「大人っぽくて格好いいな。服だけじゃなくて、髪型も変えたらもっと変わるかもしれないな」

モノトーンでシックに纏められたこのコーディネートは、童顔で可愛らしい印象の晴を大人っぽく洗練された雰囲気に仕上げてくれていた。


「え…っ…これ…僕?」

僕は普段、洋服は水色や白といった明るい色を好んで着ていたが、元々童顔なこともあって年齢よりかなり下に見られることも多く、いつかなんかは中学生に間違われたこともあった。
さすがにその時は少し凹んでしまった……。

生まれ持ったものは仕方ないとは思いつつも、童顔で可愛らしい顔つきは、実は僕のコンプレックスでもあった。

それが、これを着ていると少なくとも年齢相当に見えるからテンションが上がらずにはいられない。

「すごい!! 隆之さんの服の威力すごいですね!」

僕は嬉しくなって、鏡の前でいろんなポーズをとってみた。

「そうだろう。洋服も化粧品も選ぶものによって例えば……本人のコンプレックスさえも吹き飛ばしてしまうような威力を持つんだ。リュウールの商品も同じだよ。晴がこうやって笑顔になったように、リュウールの商品で笑顔になる人が増えるようなポスターを企画していこうな」

隆之さんが言ってくれた言葉は、僕には目から鱗だった。

そうか……広告ってこういうことなんだ!
自分が実際に体験してみてよくわかった。
すごい! 本当に隆之さんはすごい人だ!

この出来事は僕の中で漠然と捉えていたリュウールの商品を世に広める重要性を深く見つめ直すきっかけとなった。
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