上 下
1 / 59

倉橋さんからの依頼

しおりを挟む
私の名前は安慶名あげな伊織いおり。35歳。
桜城大学法学部を卒業後、司法修習を経て弁護士としての道を歩き始め、昨年独立して念願だった自分の法律事務所を開業した。

大学の先輩である蓮見はすみ周平しゅうへいさんから、弟たちの会社の顧問弁護士になってほしいと言われたのは仕事にも慣れ、ようやく自信を持って弁護士だと言えるようになった26歳の時だった。

大学時代、特にお世話になった周平さんからの頼みに断る理由などなく、また、当時勤めていた法律事務所の所長である磯山いそやま弁護士も同じ桜城大学のOBで周平さんの会社の顧問弁護士をしている関係から、喜んで賛成してくれたこともあり、私は喜んでその依頼を受けることにした。

すぐに弟さんである涼平りょうへいさんを紹介され、その会社が芸能事務所だったことに驚きはしたが、出演先や所属しているタレントとの契約関係を細かく決めたり、マスコミ等による名誉毀損やプライバシー侵害への対応、またインターネット上での誹謗中傷への対応など通常の企業とはまた違う仕事内容にやりがいを感じていた。
また、事務所のタレントさんたちの話をよく聞いておくことで、何かあった時にすぐに気づきやすいことも肌で感じていた。


芸能事務所の代表である倉橋さんは交友関係も広く自社のタレントを売り込むのがうまい。
経営や企業戦略に長けた涼平さんはあえて事務所を大きくすることなく、少数精鋭で多方面から望まれる事務所を作り上げている。
そして、芸能事務所にとってなくてはならない存在なのが、スカウトマンの浅香さん。
彼の素晴らしい目で見つけた役者は演技力に長け、主役脇役を問わずにオファーが殺到している。

このそれぞれ別々の力を持った3人の共同事務所だからこそ、この事務所経営はうまくいっているのだろう。
私は顧問弁護士という立場で彼らの仕事を支えられることに誇りを持っていた。

そこから8年の時を経て私が事務所を離れ独立するときも、彼らは引き続き私に顧問弁護士を続けてほしいと言ってくれたお陰で彼らとの縁はまだ続いている。

そんなある日、倉橋さんから

安慶名あげなさん、もしよければ私のもう一つの会社でも顧問弁護士をお願いできませんか?」

と声をかけられた。

「実は、今まで顧問弁護士をお願いしていた人が奥さまの海外赴任に一緒についていかれることになり弁護士を辞められるんですよ。それで急遽新しく顧問弁護士を探さないといけないのですが、安慶名さん以外に信頼できる方をすぐに見つけられる自信がなくて……安慶名さんにぜひお願いしたいのですがいかがでしょうか?」

倉橋さんの会社の場所は沖縄県の離島、その中でも秘境と呼ばれる西表島にあり、観光ツアー会社だという話は聞いていた。

沖縄と聞いて私はいろいろな思いが込み上げてきた。

倉橋さんが私の過去を知っているかは分からないが、私は沖縄出身で、安慶名という名は沖縄がルーツだ。
両親と祖母は疾うの昔に亡くなっていて、祖父との2人暮らしだったのだが、私が高校1年の冬に祖父が亡くなり東京にいるという遠戚に引き取られることになっていた。

しかし、葬儀に参列してくれた祖父の教え子だという志良堂しらどう宗一郎そういちろうさんに声をかけてもらったことがきっかけで、私は東京の志良堂家に引き取られることとなった。

志良堂さんは私が目指していた桜城大学で教授を務めていて、しかもパートナーである鳴宮なるみや皐月さつきさんも准教授だと聞いて驚いた。
志良堂家での生活は本当に居心地が良く愛情を持って伊織と名を呼んでくれる彼らを、私も宗一郎さん、皐月さんと呼ばせてもらっていた。
私を尊重してくれる2人との生活で勉強にも集中でき、無事桜城大学への合格を果たしたのだ。
大学内ではやはり人の目が気になり、私は志良堂教授、鳴宮准教授と呼んでいたが、2人は変わらず私を伊織と呼んでくれた。
そんなところも大好きな2人だった。


祖父と別れ沖縄から離れて約20年、自分の法律事務所を開業し新たな道を歩き始めた私に、こうやって沖縄との縁が生まれたのは何かしらの意味があるのだろうと感じた。

住んでいた沖縄本島ではないが、久しぶりに沖縄の地に足を踏み入れるというのも面白いかもしれない。

「とりあえず一度会社に伺わせてください」

気づけば倉橋さんにそう頼んでいた。

『すぐに飛行機のチケットを取ります!』と言ってくれた倉橋さんに、

「いえ、私もうすぐ夏季休暇を取る予定でしたので、旅行がてら西表まで自分で行ってみますよ」

というと、倉橋さんは驚いた顔をしながらも

「ふふっ。その気持ちわかります。きっと安慶名さんも離島の美しさに嵌りますよ」

とニヤリと笑って、一枚の名刺をくれた。

「石垣島イリゼリゾート? これ、浅香さんの……」

「はい。そこには俺と蓮見専用の部屋があるので、予約なしでいつでも泊まれるんです。
良かったらそこにも足を運んでみてください」

「ですが、いいんですか?」

「もちろんです。安慶名さんにはいつもお世話になっていますから。ホテルには私からも連絡を入れておきますのでご安心ください。あ、そうそう、その部屋、離れなので女性を連れ込んでも大丈夫ですよ」

パチンとウィンクして見せる倉橋さんに、

「いえ、私はゲイなのでその心配はいりませんよ」

と言ってみた。

彼はどんな反応をするだろう?
これで嫌がってさっきの話が無しになるのであればそれもまた受け入れよう。
いつまでも隠しておくことでもないからな。

「ああ、そうでしたか。別に男性でも構いませんよ。好きに使ってくださって結構です」

そう言ってにっこりと笑う倉橋さんに驚いた。
こうまで表情を変えずに受け入れてもらえたのは初めてかもしれない。

大学時代、周平さんに打ち明けた時はすぐに受け入れてくれたが、伝えたその瞬間は流石に驚いていたからな。

倉橋さんの寛大さに驚きながら、

「ありがとうございます。ですが、私は自分がゲイだと自認してからは一生添い遂げたいと思う人とだけ付き合おうと決めましたから……。1人でゆっくり過ごさせていただきますね」

自分の思いを伝えると、彼は、

「ああ、安慶名さんらしいですね。そういう気持ち、大切だと思います。私もいつかそういう人に巡り会えたらとは思いますが、なかなか難しいですね。ただ自分だけを見つめてくれる人に出会いたいとはずっと思ってはいるんですがね……」

と少し寂しげな表情で話していた。
自由奔放に遊んでいるようなイメージだったが、彼の根本には彼をそうさせてしまうような何か深い闇があるのかもしれない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

宰相閣下の執愛は、平民の俺だけに向いている

飛鷹
BL
旧題:平民のはずの俺が、規格外の獣人に絡め取られて番になるまでの話 アホな貴族の両親から生まれた『俺』。色々あって、俺の身分は平民だけど、まぁそんな人生も悪くない。 無事に成長して、仕事に就くこともできたのに。 ここ最近、夢に魘されている。もう一ヶ月もの間、毎晩毎晩………。 朝起きたときには忘れてしまっている夢に疲弊している平民『レイ』と、彼を手に入れたくてウズウズしている獣人のお話。 連載の形にしていますが、攻め視点もUPするためなので、多分全2〜3話で完結予定です。 ※6/20追記。 少しレイの過去と気持ちを追加したくて、『連載中』に戻しました。 今迄のお話で完結はしています。なので以降はレイの心情深堀の形となりますので、章を分けて表示します。 1話目はちょっと暗めですが………。 宜しかったらお付き合い下さいませ。 多分、10話前後で終わる予定。軽く読めるように、私としては1話ずつを短めにしております。 ストックが切れるまで、毎日更新予定です。

『ユキレラ』義妹に結婚寸前の彼氏を寝取られたど田舎者のオレが、泣きながら王都に出てきて運命を見つけたかもな話

真義あさひ
BL
尽くし男の永遠の片想い話。でも幸福。 ど田舎村出身の青年ユキレラは、結婚を翌月に控えた彼氏を義妹アデラに寝取られた。 確かにユキレラの物を何でも欲しがる妹だったが、まさかの婚約者まで奪われてはさすがに許せない。 絶縁状を叩きつけたその足でど田舎村を飛び出したユキレラは、王都を目指す。 そして夢いっぱいでやってきた王都に到着当日、酒場で安い酒を飲み過ぎて気づいたら翌朝、同じ寝台の中には裸の美少年が。 「えっ、嘘……これもしかして未成年じゃ……?」 冷や汗ダラダラでパニクっていたユキレラの前で、今まさに美少年が眠りから目覚めようとしていた。 ※「王弟カズンの冒険前夜」の番外編、「家出少年ルシウスNEXT」の続編 「異世界転移!?~俺だけかと思ったら廃村寸前の俺の田舎の村ごとだったやつ」のメインキャラたちの子孫が主人公です

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

貧乏Ωの憧れの人

ゆあ
BL
妊娠・出産に特化したΩの男性である大学1年の幸太には耐えられないほどの発情期が周期的に訪れる。そんな彼を救ってくれたのは生物的にも社会的にも恵まれたαである拓也だった。定期的に体の関係をもつようになった2人だが、なんと幸太は妊娠してしまう。中絶するには番の同意書と10万円が必要だが、貧乏学生であり、拓也の番になる気がない彼にはどちらの選択もハードルが高すぎて……。すれ違い拗らせオメガバースBL。 エブリスタにて紹介して頂いた時に書いて貰ったもの

束縛系の騎士団長は、部下の僕を束縛する

天災
BL
 イケメン騎士団長の束縛…

親友だと思ってた完璧幼馴染に執着されて監禁される平凡男子俺

toki
BL
エリート執着美形×平凡リーマン(幼馴染) ※監禁、無理矢理の要素があります。また、軽度ですが性的描写があります。 pixivでも同タイトルで投稿しています。 https://www.pixiv.net/users/3179376 もしよろしければ感想などいただけましたら大変励みになります✿ 感想(匿名)➡ https://odaibako.net/u/toki_doki_ Twitter➡ https://twitter.com/toki_doki109 素敵な表紙お借りしました! https://www.pixiv.net/artworks/98346398

転移したら獣人たちに溺愛されました。

なの
BL
本編第一章完結、第二章へと物語は突入いたします。これからも応援よろしくお願いいたします。 気がついたら僕は知らない場所にいた。 両親を亡くし、引き取られた家では虐められていた1人の少年ノアが転移させられたのは、もふもふの耳としっぽがある人型獣人の世界。 この世界は毎日が楽しかった。うさぎ族のお友達もできた。狼獣人の王子様は僕よりも大きくて抱きしめてくれる大きな手はとっても温かくて幸せだ。 可哀想な境遇だったノアがカイルの運命の子として転移され、その仲間たちと溺愛するカイルの甘々ぶりの物語。 知り合った当初は7歳のノアと24歳のカイルの17歳差カップルです。 年齢的なこともあるので、当分R18はない予定です。 初めて書いた異世界の世界です。ノロノロ更新ですが楽しんで読んでいただけるように頑張ります。みなさま応援よろしくお願いいたします。 表紙は@Urenattoさんが描いてくれました。

処理中です...