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祖父の遺言
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久代さんのスムーズな仕切りで告別式も火葬も滞りなく済ませることができた。
父も親戚たちもこの告別式と火葬が無事に終わらなければ遺言書の開示が始まらないことがわかっているからだろう。
特にトラブルもなく祖父を送り出すことができて本当によかった。
祖父のお骨を胸に抱いて祖父の家に戻ると、祖父の依頼したという弁護士がすでに自宅の前で待っていた。
彼を見るなり、父が駆け寄っていって
「お前がじいさんが用意した弁護士か? さっさと中に入って遺言書を聞かせてくれ!」
と迫っていたが、その浅ましい姿に恥ずかしささえ覚える。
祖父が父に遺産など残すはずがないのに、どこまで期待しているんだろう。
「少し落ち着いてください」
「うるさい! お前はさっさとそれを仏壇に置いてくるんだ!」
そういうと父は、いの一番に家の中に入って行った。
「はぁーっ。本当に呆れるな、あの人は」
あんなのが自分の父親だと思うだけで恥ずかしい。
「あ、あの……」
「父が失礼しました。高沢弁護士ですね。どうぞ中にお入りください」
父の勢いに押されて立ち尽くしていた弁護士に一声かけて、私は祖父のお骨を置きに仏壇に向かった。
線香をつけ、手を合わせてから父たちのいる座敷に向かうと、待ちきれない様子の父が騒いでいる声が聞こえた。
「崇史はまだかーっ、本当にあいつはぐずぐずしやがって」
その声にため息しか出ない。
ほんの少しの間も待てないなんて呆れるな。
そのタイミングでスマホにメッセージが入った。
どうやら成瀬さんがもう近くに来てくれているようだ。
さすがだ。
<今からちょうど遺言書の開示が行われますので、お越しください>
送ったメッセージに既読がつくや否や、玄関に人影が見えた。
最高のタイミングだな。
すぐに出迎えに行くと、
「八尋さん。お待たせしました」
と笑顔の成瀬さんが立っていた。
その笑顔にゾクリとしてしまったのは、誰にも寄せ付けないようなオーラを放っていたからだろう。
あの高沢という弁護士を自分の相手ではないと言っていた通り、ただそこにいるだけで恐れ慄いてしまうほどのオーラを持った弁護士が自分の味方だというのは実に心強い。
「成瀬先生、今日はよろしくお願いします」
「ええ。お任せください」
頼もしさしか感じない成瀬先生の言葉に安心しながら彼を連れて座敷に向かうと、
「ほら、崇史がきたぞ。全員揃ったから早く遺言書を聞かせてくれ!」
と私の姿を捉えた父が大声をあげた。
しかし、高沢弁護士の方は私の隣にいた成瀬先生の存在にすぐに気づいたようだ。
「えっ、成瀬、先生……どうしてここに……」
震える声で尋ねてくるが、その質問に答える前に父が
「崇史、誰だそいつは? これから身内だけの時間だ。弔問客なら客間で待たせておけ」
と言ってきた。
「いいえ。この方は私がお願いしてきていただいた弁護士の成瀬先生です」
「はっ? なんでお前が弁護士を連れてきたんだ?」
「それはお祖父さんの遺言書の開示が終わればわかりますよ。さぁ、高沢先生。開示をお願いします」
そういうとみんなの視線が一斉に高沢弁護士に向けられた。
高沢弁護士は成瀬先生の前で注目を浴びることに緊張の面持ちを見せたが、それでも弁護士。
しっかりと封がなされた封筒を取り出すと、ゆっくりと口を開いた。
「は、はいそれでは皆さまがお揃いになりましたので、故・八尋史秀さまの遺言書を開示いたします」
その言葉に一気に座敷が静けさに包まれた。
「遺言者・八尋史秀は以下の通り、遺言する。
一、遺言者は、遺言者が所有する土地、不動産、預貯金全ての財産を孫である八尋崇史にのみ相続させるものとする。
二、遺言者は、遺言者が代表を務める会社エノーマス商事の後継者に孫である八尋崇史を指名する。
三、遺言者は、八尋崇史が会社の後継とならなかった場合は、直ちに会社を解散し、土地、不動産、預貯金すべての財産の相続を放棄させ、すべての財産を国に寄付するものとする。
四、遺言者は、遺留分権利者が遺留分侵害額請求をしないことを求める。以上遺言――」
「ふざけるなっ!! 崇史にすべての財産を渡した上に後継者もだと?! しかも後継者にならなかったら会社を解散して国に寄付だなんて、あのじいさんは何考えてるんだ!!」
「それが故人の意思です」
父の怒鳴り声に高沢弁護士は冷静に言葉を返した。
けれど、
「そんなこと認められるわけないだろうが!」
と父は怒りに満ち溢れていた。
「まぁまぁ、忠礼くん。落ち着きなさい」
祖父の遺言に期待していたのだろう父は荒れに荒れまくっていたが、祖父の弟に耳打ちされて、ニヤリと不敵な笑みを浮かべながら私に視線を向けた。
父も親戚たちもこの告別式と火葬が無事に終わらなければ遺言書の開示が始まらないことがわかっているからだろう。
特にトラブルもなく祖父を送り出すことができて本当によかった。
祖父のお骨を胸に抱いて祖父の家に戻ると、祖父の依頼したという弁護士がすでに自宅の前で待っていた。
彼を見るなり、父が駆け寄っていって
「お前がじいさんが用意した弁護士か? さっさと中に入って遺言書を聞かせてくれ!」
と迫っていたが、その浅ましい姿に恥ずかしささえ覚える。
祖父が父に遺産など残すはずがないのに、どこまで期待しているんだろう。
「少し落ち着いてください」
「うるさい! お前はさっさとそれを仏壇に置いてくるんだ!」
そういうと父は、いの一番に家の中に入って行った。
「はぁーっ。本当に呆れるな、あの人は」
あんなのが自分の父親だと思うだけで恥ずかしい。
「あ、あの……」
「父が失礼しました。高沢弁護士ですね。どうぞ中にお入りください」
父の勢いに押されて立ち尽くしていた弁護士に一声かけて、私は祖父のお骨を置きに仏壇に向かった。
線香をつけ、手を合わせてから父たちのいる座敷に向かうと、待ちきれない様子の父が騒いでいる声が聞こえた。
「崇史はまだかーっ、本当にあいつはぐずぐずしやがって」
その声にため息しか出ない。
ほんの少しの間も待てないなんて呆れるな。
そのタイミングでスマホにメッセージが入った。
どうやら成瀬さんがもう近くに来てくれているようだ。
さすがだ。
<今からちょうど遺言書の開示が行われますので、お越しください>
送ったメッセージに既読がつくや否や、玄関に人影が見えた。
最高のタイミングだな。
すぐに出迎えに行くと、
「八尋さん。お待たせしました」
と笑顔の成瀬さんが立っていた。
その笑顔にゾクリとしてしまったのは、誰にも寄せ付けないようなオーラを放っていたからだろう。
あの高沢という弁護士を自分の相手ではないと言っていた通り、ただそこにいるだけで恐れ慄いてしまうほどのオーラを持った弁護士が自分の味方だというのは実に心強い。
「成瀬先生、今日はよろしくお願いします」
「ええ。お任せください」
頼もしさしか感じない成瀬先生の言葉に安心しながら彼を連れて座敷に向かうと、
「ほら、崇史がきたぞ。全員揃ったから早く遺言書を聞かせてくれ!」
と私の姿を捉えた父が大声をあげた。
しかし、高沢弁護士の方は私の隣にいた成瀬先生の存在にすぐに気づいたようだ。
「えっ、成瀬、先生……どうしてここに……」
震える声で尋ねてくるが、その質問に答える前に父が
「崇史、誰だそいつは? これから身内だけの時間だ。弔問客なら客間で待たせておけ」
と言ってきた。
「いいえ。この方は私がお願いしてきていただいた弁護士の成瀬先生です」
「はっ? なんでお前が弁護士を連れてきたんだ?」
「それはお祖父さんの遺言書の開示が終わればわかりますよ。さぁ、高沢先生。開示をお願いします」
そういうとみんなの視線が一斉に高沢弁護士に向けられた。
高沢弁護士は成瀬先生の前で注目を浴びることに緊張の面持ちを見せたが、それでも弁護士。
しっかりと封がなされた封筒を取り出すと、ゆっくりと口を開いた。
「は、はいそれでは皆さまがお揃いになりましたので、故・八尋史秀さまの遺言書を開示いたします」
その言葉に一気に座敷が静けさに包まれた。
「遺言者・八尋史秀は以下の通り、遺言する。
一、遺言者は、遺言者が所有する土地、不動産、預貯金全ての財産を孫である八尋崇史にのみ相続させるものとする。
二、遺言者は、遺言者が代表を務める会社エノーマス商事の後継者に孫である八尋崇史を指名する。
三、遺言者は、八尋崇史が会社の後継とならなかった場合は、直ちに会社を解散し、土地、不動産、預貯金すべての財産の相続を放棄させ、すべての財産を国に寄付するものとする。
四、遺言者は、遺留分権利者が遺留分侵害額請求をしないことを求める。以上遺言――」
「ふざけるなっ!! 崇史にすべての財産を渡した上に後継者もだと?! しかも後継者にならなかったら会社を解散して国に寄付だなんて、あのじいさんは何考えてるんだ!!」
「それが故人の意思です」
父の怒鳴り声に高沢弁護士は冷静に言葉を返した。
けれど、
「そんなこと認められるわけないだろうが!」
と父は怒りに満ち溢れていた。
「まぁまぁ、忠礼くん。落ち着きなさい」
祖父の遺言に期待していたのだろう父は荒れに荒れまくっていたが、祖父の弟に耳打ちされて、ニヤリと不敵な笑みを浮かべながら私に視線を向けた。
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